どの家庭でも当たり前のように食べているカレー。日本で初めて発売されたカレールウは愛知県の会社が発売し、広めていました。  お邪魔したのは、愛知県稲沢市に本社を構える「オリエンタル」。

オリエンタルの星野恭徳(やすのり)さん: 「こちらは昭和20年に発売されました、日本最古のカレールウになります」 日本ではじめて発売された、家庭用の即席カレールウ。戦後まもなく、昭和20年(1945年)に発売されました。

星野恭徳さん: 「当時はカレーといってもまだ高値の花で、百貨店やちょっと高級なレストランでなければ食べられなかったと聞いております。こちらの商品があって、日本のカレー文化の拡大に一役を担ったんじゃないかと自負しております」

戦後、食べるものも満足に得られなかった時代に、一般家庭には手の届かなかったカレーを作りました。つまり、ご家庭のカレーの歴史はオリエンタルが作ったのです。

星野恭徳さん: 「祖父の星野益一郎が中心となって開発しております。小麦粉や砂糖を取り扱う業者をやっておりました」  オリエンタルの創業者・星野益一郎(ほしの・ますいちろう)さん。

今回、取材に応対してくれた恭徳さんの祖父にあたります。 当時、名古屋港は全国でも有数の小麦の受け入れ港で、あたりには多くの製粉場があったといます。益一郎さんも名古屋駅の近くで小麦粉や砂糖を扱う業者をしていました。

そんな中、ある出来事がありました。 星野恭徳さん: 「近所の奥様が戦争で旦那さんを亡くされて途方に暮れていたそうで、スパイス・香辛料を商売上たくさん抱えておられたそうで、それをどうにかしてあげようというのもありまして、そのスパイスを買い上げて」

ご近所の奥様を助けようと、益一郎さんは大量の香辛料を一手に引き受けたといいます。そして…。 星野恭徳さん: 「うちの祖父はハイカラだったものですから、西洋文化にも憧れがあったんだと思います。小麦粉とスパイスを混ぜればカレールウになるだろうという発想から、戦後すぐ、栄養価も高いカレーを普及していこうと」

その後、苦労を重ね、小麦粉とスパイスを合わせた粉末のカレー粉の発売にこぎつけました。

名古屋港があったことで小麦を、名古屋のご近所への助け合い精神からスパイスを、名古屋に住んでいた益一郎さんのハイカラさ、この3つの偶然が重なり、おうちで誰もが食べられるカレーが誕生していました。  日本の家庭にカレーを普及させたオリエンタルは、発売からおよそ80年、今もなおカレー文化を広げています。ホームページにはカレーを使ったお手軽レシピが並んでいます。

特に自慢の一品を作ってもらいました。その名も「牛肉タマタマ」。「タマタマ」というのは玉ねぎと卵のことで、これに牛肉、粉末カレーを使います。

フライパンで炒めて、仕上げに粉末のカレールウを入れるだけ。見たことがあるようでなかった組み合わせです。

(リポート) 「ご飯が欲しくなります!めちゃめちゃ美味しいですね」 粉末のカレールウは分量を自由に調整できるので、アレンジの幅が広がりやすいのが強みだといいます。 星野恭徳さん: 「これからも地元に愛されるような商品づくりに努めてまいりますので、今後ともご愛顧いただければ」  名古屋、そして日本にもカレー文化を広げたオリエンタルですが、世界にもその味を広めています。 2004年には台湾に出店し、お店の味を気に入った現地の台湾人夫婦が、この店でフランチャイズを行うことにしました。奥さんの姉もカレーに魅了され、もう一店舗フランチャイズを追加し、現在は2店舗を展開しています。

台湾での人気メニューは「とんかつカレー」。

台湾はスペアリブをたたきのばした料理を食べる習慣があり、台湾の人々の口にあったのではないかということです。