プロ野球の世界では、数億円を稼ぐスター選手がいる一方、毎年100人を超える選手が戦力外になります。2021年に戦力外通告を受けた元中日ドラゴンズの三ツ間卓也さん(29)は、第二の人生として“イチゴ農家”を目指し、新たな一歩を踏み出しています。

■きっかけはコロナ禍に始めた家庭菜園…セカンドキャリアに選んだのは“イチゴ農家”

 2022年5月、神奈川県海老名市にある「かながわ農業アカデミー」で講義を受けていたのは、元プロ野球選手の三ツ間卓也さん(29)です。

農業アカデミーの指導員: 「(三ツ間さんは)素朴というか、フレンドリー。もっと活躍出来たらよかったのにね、プロ野球で」 三ツ間さん: 「泣いちゃいますよ、そんなこと言われたら」

 三ツ間さんは、プロ野球選手を夢見て独立リーグから、2015年にドラゴンズに入団。

最初は、二軍の試合にだけ出場が許される「育成選手」という立場でした。

しかし、1年で支配下契約を勝ち取ると、在籍6年間で主に中継ぎ投手として77試合に登板しました。

一流選手になれば、数億円という破格の契約を結ぶプロ野球の世界ですが、毎年100人を超える選手が戦力外に。野球にのめり込んだ生活から一転、平均20代後半から第二の人生が始まります。

 三ツ間さんが選んだセカンドキャリアは、イチゴ狩り農園を開くこと。なぜイチゴだったのでしょうか。 三ツ間さん: 「コロナで(2020年の)プロ野球開幕が遅れ、自宅待機が長かったので、家庭菜園でイチゴやったのがきっかけ」

コロナ禍で家庭菜園を始めた三ツ間さんは、プロ野球が再開した後もイチゴの栽培を続けました。 妻の法子さん: 「ナイターが終わって帰ってきても、ベランダに直行。真夜中に電気をつけて作業しているのを見て、本当に好きなんだなって。人生をかけて家族のためにも挑戦してくれるってことなので、全力で応援したい」

 横浜での新規就農を目指し、家族も連れて神奈川に移り住みました。寝室には、三ツ間さんが入団して最初に袖を通した、背番号206のユニホームが掛けられています。

三ツ間さん: 「いまの気持ちは(ドラゴンズ入団時に)似ている。来年の(イチゴ農園)開業が支配下登録みたいなイメージで、がむしゃらに、そこにたどり着くかの戦略を練っているところ」 三ツ間さんは、いま農家を目指す“育成選手”です。  この日は、農業学校で収穫が終わったイチゴの株の整理。推定年俸300万円から始まったプロ野球生活ですが、今は貯金を切り崩しながら農業を学び、夢を追いかける日々です。

三ツ間さん: 「子供もいるので、冷静に安定した職がいいなって思っていたんです。でも、もう一回チャレンジする機会を妻にもらえたので、人生かけて家族の運命も背負ってイチゴに懸けようと」

■「人生をかけて横浜に来ている」…次なる夢を実現させるため懸命に農地を探す

 着々と準備を進める三ツ間さんですが、いま大きな課題に直面しています。 三ツ間さん: 「いま農地探しの大きな壁に当たっています。法務局行って(土地を)調べて、そのお宅にピンポン(インターホン)して、どうかっていうのをやっています」

関東で育った三ツ間さんが、首都圏での集客を見越して目をつけたのは横浜でした。この日は、学校が終わると地主さんのもとへ。 三ツ間さん: 「1回嫌がられたんですけど、もう1回。そこじゃないとダメなんです。今日は、どこまで喋れるかな、全部聞いてくれたらいいんですけど」

20分後に、訪問先から出てきた三ツ間さん…。 三ツ間さん: 「キツイっす。気持ちが折れるってより、悔しい。チャレンジせずに妥協した場所で開園しても、何十年と見通してやるので、悔いが残るかなって。本気で人生をかけて横浜に来てるので、やりたい」

イチゴにかける第二の人生。野球を離れた三ツ間さんの次の挑戦は、始まったばかりです。