県が本年度策定した5年間の「第4次ニホンジカ管理計画」(2017〜21年度)で、シカの悪影響の拡大が懸念されている。これまでの積極的な捕獲で推計生息数は減少したものの、丹沢山地のシカによる山林環境破壊や農業被害は厳しい状況が続く。これまで被害がみられなかった地域にも影響が出始めている。 (原昌志)

 「依然として丹沢山地全体の植生回復に至っておらず、農林業被害も継続している」−。第四次計画は冒頭から、厳しい現状認識を打ち出した。二〇〇三年に第一次計画を策定後、相模原市の一部や厚木市、秦野市、伊勢原市など八市町村を「保護管理区域」に指定し、捕獲により個体数を減らしてきた。ただその効果はまだ見えてこない。

 捕獲数は二〇一二年以降、年間二千頭以上に増えた。捕獲場所を増やして狩猟期間を延長し、山岳部には「ワイルドライフレンジャー」と名付けた専門のハンターを投入した。これらの成果で、県内推定生息数は十年前に比べて三千頭ほど減り、現在は四千頭程度とみられる。

 半面、自然環境や農業被害の改善はいまひとつだ。シカに荒らされた山地の樹木や草地の植生の回復は一部地点にとどまり、全体では植生の密度が低下した部分が目立つ。「植生衰退は継続」の状態だ。

 野菜やイネなどの農林業被害も〇八年度以降は増加傾向で、一五年度は二千六百万円。シカの生息範囲も正確には把握できておらず、頭数が減少する中で農業被害が増える理由を分析しきれていない。頭数をもっと減らさなければならないレベルにあるのは確かという。

 また「保護管理区域」に隣接する平塚市や小田原市、南足柄市、箱根町など「分布拡大防止区域」の十二市町で、生息数が増えているのも不安要素だ。丹沢方面のほか、静岡、山梨県といった近隣県から移動してきた可能性が挙げられている。四次計画は、この十二市町の対策レベルを新たに「定着防止区域」に格上げし、県が直接捕獲に乗り出す方針を示した。

 県自然環境保全課の担当者は「人や自然と共存するためにシカの適正な個体数がどのくらいなのかは手探り状態。現状は多すぎるので、もっと捕獲を強化する必要がある」と話す。

◆周辺地域に影響拡大

 新たに「定着防止区域」に格上げされた箱根町では、町や関係機関も協力して対策に乗り出す。環境省箱根自然環境事務所によると、一九八〇年代からニホンジカの目撃情報はあったが、二〇一三年度になると、一部が国の天然記念物になっている「仙石原湿原」でもシカの活動を確認した。

 県内唯一の湿原で、ミズトンボ、トキソウ、オオミズゴケなど、県が絶滅危惧種に分類した希少植物も生息する。迫るシカの脅威に行政側の危機感は強まり、一七年度はまず侵入防止柵を湿原に設置する。環境省の担当者は「希少植物や景観は一度失うと取り戻すのは困難。未然防止を図りたい」と話す。

 箱根のシカは、DNA検査によって富士山・丹沢地域と、伊豆半島の個体群の両方に由来することが分かっている。北と南から入ってきた形だ。

 ただ箱根は国内有数の観光地のため、頭数を減らすにも銃を使った捕獲は難しいとされる。環境省などは、わなやおびき寄せる方法をはじめ、新たな手法の検討を提言している。

 箱根地域でシカの動向調査を続ける森林保全の市民グループ「小田原山盛(やまもり)の会」の川島範子副会長は「このままだと十年後にはシカが猛烈に増える懸念もある。生息密度が高い地点を把握して重点的に捕獲するなど、早めの対策で丹沢のようにならない可能性はまだある。より具体的な調査が必要だ」と訴えている。

<ニホンジカ> 草地がある森林地帯を中心に、さまざまな植生域に生息。イネ類やササなど多くの植物を食べる。全国的に分布を広げている。一産一子だが毎年出産することが多い。寿命はオスが10〜12年、メスは15〜20年。県内では丹沢山地のふもとから標高1600メートルの山岳地を中心に分布。1950年代前半のシカ猟解禁で一時は激減したが、その後の保護政策もあって逆に増えた。生息密度の高い地域では自然の植生が悪化し、裸地が出現するなど大きな問題となった。

 人里での農業被害も拡大し、厚木市では2007年度から市西部で侵入防止の電流柵を25キロに渡って整備。シカはヤマビルをひづめに挟むなどして運び、畑や登山道でのヒル被害も市町村を悩ませている。