工場の数が二十三区で四位を誇る、ものづくりの街・葛飾区の東立石に「土に還(かえ)る」をうたう革製品の工房がある。町工場だった家を借りて二〇一〇年に開業した「革栄(かわざかえ)」。作業机の前には、ペンチなどさまざまな工具が並ぶ。

 「土に還す」ために、すべて天然素材を使う。植物からできるタンニンで革をなめし、接着材は動物の皮を煮出した膠(にかわ)。膠は天然で腐るため、冬に作って冷凍しておく。「世界で僕にしかできないと思います。でも難しいことではなく、昔の職人は皆やっていたんです」

 高校を卒業し、故郷の北海道旭川市を出た。「三十五歳でビルを三つ建てて左うちわ。金持ちになるのが夢」だった。札幌、大阪、東京と大都市を転々とし、多い時で三千人を企業などに派遣する人材派遣会社を三年間経営したが、「人を使うのは向いてない」と〇四年にたたんだ。

 会社を閉める前年、何の気なしに買った革財布も人生を変える契機になった。「味わいがあるなあ…」。小学六年の頃を思い出した。電動のこぎりで木製のジグソーパズルを作ったところ、「将来は職人さんだね」と先生がほめてくれた。

 図書館に通って本を読みあさり、実物を見て学んだ。「天然皮革」と表示があっても薬品や仕上げ材が天然でないこともある。「本物」を目指して革製品を作っていた時、決定的な出来事があった。

 まだ上手とは言えない製品をいくつか買ってくれた男性が〇八年に亡くなり、火葬の際、愛用の革製品を棺(ひつぎ)に入れられなかったと聞いた。有害物質が出るなどの理由だった。「革製品は一生使える物だし、天国にも持って行ってほしい」と考え、本格的に天然素材にこだわり始めた。

 それから二年かけ、「総天然素材」の革製品を完成させた。手間がかかり、作れるのは月に二十〜三十点。年間の売り上げは、かつての夢を実現するのにはほど遠い約三百万円にすぎない。それでも、趣味のオートバイを通じて知り合った妻と二人で暮らしながら、これからも天然にこだわっていく。

 「お金はあれば使うと思うけど、家族が暮らせればそれでいい。ものづくりの文化が根付いている葛飾区から、『天然』というブランドを広めていきたい」 (中村信也)

<革栄> カードケース5000円、財布3万〜4万円台、トートバッグ7万8000円など(いずれも税抜き)。8割が注文生産。8月10〜16日午前10時〜午後9時(最終日は午後6時まで)に渋谷区の東急百貨店渋谷駅・東横店南館8階で受注・即売会が開かれる。製品の詳細はホームページで。