相模原市緑区の知的障害者施設「津久井やまゆり園」の事件から一年を迎えるのを前に、二十四日に市内で開かれた追悼式。園関係者や元職員、障害者ら約六百七十人が参加し、亡くなった十九人の冥福を祈るとともに、差別のない社会に向けた思いを新たにした。 (梅野光春、加藤益丈)

 「ご冥福を祈るばかりです」。事件で入所中の娘が植松聖(さとし)被告(27)に襲われて重傷を負った藤沢市の野口宣之さん(77)は神妙な表情を浮かべた。式典では沈んだ表情の遺族を多く目の当たりにし「犠牲者の遺族がかわいそうでならない」と、今も消えぬ深い悲しみに思いを寄せた。

 「事件報道を見るたびに植松被告への憤りが増している」。長男(17)に知的障害があり、家族で津久井やまゆり園に献花に訪れたこともある相模原市緑区の藤田杉人さん(48)は硬い表情で言った。被告が今も犯行を反省する姿勢を示さないことに「言葉もない」と怒りは収まらない。「人の心の中にある差別意識はなくなっていないように感じる」とも話し、事件の根深さへの不安を口にした。

 「複雑です」。一九六四年に同園ができた当時に職員だったという藤沢市の伊藤弘志さん(72)は苦渋の表情を浮かべた。「地域に根差した施設を目指したが、地域で育った子が事件を起こしたのが一番ショック」と、今も事件の衝撃から抜けきれない様子だった。

 障害者の自立支援をする「CILくにたち援助為(えんじょい)センター」(東京都国立市)代表を務める東京都町田市の殿村久子さん(61)は、式典中から涙が止まらず、会場を出たときも目をはらしていた。「手を合わせて『やりたいこともあったろうに、悔しかったよね』と伝えた。どうして殺されたかも分からないまま死んでいったのが悲しい」と言葉を詰まらせた。

 脳性まひのため車いす生活を送る自分と犠牲者が重なり、事件直後は電車に乗るのも怖かったという。今は、これまで通り生きていく決意を固めている。「障害のある人も胸を張って地域で生きていけることを示したい。事件を無駄にしないためにも」

 脳性まひで自立生活センター「HANDS(ハンズ)世田谷」理事長を務める東京都世田谷区の横山晃久(てるひさ)さん(62)も電動車いすで会場に駆けつけた。「障害者のように手がかかる者は死んでもいいんだ、と考える人は少なくないのではないか。弱者を切り捨てる社会全体に問題があると思う」と語った。

 事件から一年となり風化を懸念する声もあった。

 「忘れない『7・26』」と書いたプレートを付けた電動車いすで参加したのは、横浜市神奈川区の杉田勇さん(74)。左足が不自由ながら、障害者施設を回って紙芝居を読むボランティアを続ける。「障害者施設でも『何の日付?』と聞かれる。こうした追悼行事を含め、事件の記憶をとどめるのは大事だ」と話した。