「監督やコーチ陣から自分の足りない部分をたくさん教わった。本当に勝ちたかった」。試合後、甲子園の切符を手にできなかったエースは上ずった声で話した。

 延長十五回、「ひるまずいこう」とインコースに投げ込んだ球が真ん中に。勝ち越しを許す手痛い一打を浴びた。

 中学三年の時、高橋祐二監督に誘われ、入学を決めた。強豪校でピッチングを学び「甲子園のマウンドに立つ」という思いを胸に野球部の門をたたいた。

 課題だった精神面を鍛えるため、三年間、トレーニングを重ねた。走り込みで自分と向き合い、監督やコーチからは投球時の気持ちの入れ方について指導を受けた。

 「霞ケ浦のエース」としてマウンドに立ち、一球一球、気持ちを込めて投げた。決勝は一人で投げきりたい気持ちを胸にしまい込み、二枚看板の斎藤康徳投手(三年)と交互に登板した。高橋監督は「投手陣はよくやっていた」と二人をねぎらった。

 「甲子園には行けなかったが、恩返しできる場所は、そこしかないと思う」と卒業後のプロ入りを思い描く。 (山下葉月)