昨秋の公式戦以来、驚きのマウンドだった。六回までに5点差をつけられ、もう1点もやれない場面で、4番手投手として送り出された。小菅勲監督は「台所事情も苦しかったので」と明かしたが、延長十五回まで9イニングを1失点に抑え、大逆転の舞台を整えた。

 入学時は投手だった。しかし、185センチ、89キロの恵まれた体格と打撃力を見込まれ野手に転向。今大会は決勝までに五割を超す打率を残し、4番としてチームをけん引してきた。しかしチームの窮地に、最後の切り札としてマウンドに上がった。

 投手としての練習は、ほとんどしていなかった中での緊急登板。心の整理がつかないまま、ブルペンでは立ち投げで20球を投げただけ。それでも「自分しかいない」と開き直った。帽子を飛ばす躍動感あふれるフォームから、威力十分の直球と相手を幻惑するチェンジアップを投げ込み、最後まで霞ケ浦打線に的を絞らせなかった。

 与四死球は七つを数え、再三、サヨナラのピンチに立たされたが「1イニングずつ丁寧に、と心掛けた。バックを信じて投げた」。思い切り腕を振り続け、好守にも助けられて最少失点で切り抜けた。

 「きょうはベストピッチだったけど、甲子園では野手として活躍したい」。一試合分、138球を投げ抜いた右腕をアイシングしながら、二年生の主砲は夢舞台へ思いをはせた。 (越田普之)