広島と長崎の被爆者でつくる「我孫子市原爆被爆者の会」は、原爆投下直後の広島、長崎の両市街地で撮影された写真や、惨状を記録した絵のパネル六十六枚を、我孫子市に寄贈した。会員の高齢化で、所有を続けることが難しくなったためで、パネルを「核兵器の恐ろしさを知ってもらうことに役立ててほしい」と、市に期待している。(堀場達)

 写真や絵は、同会の初代会長が広島や長崎の関係者から譲り受けたとみられ、会でパネル化して、展示会などで利用してきた。内訳は、写真が五十六点、水彩画が十点。

 このうち、原爆投下の数時間後の一九四五年八月六日午前十一時ごろ、広島市中心部の御幸橋西詰めで撮られた写真では、避難してきたり、けがをして路上に倒れ込んだりする住民の姿が見られる。モノクロながら、極限状況下に追い詰められた人々の様子が、七十二年の時を超え、生々しく伝わってくる。

 我孫子市役所で今月二十五日、寄贈式が開かれ、会長の宮田将則さん(76)は「悲惨さや恐ろしさを後世に伝えるため、活用してほしい」と、星野順一郎市長に訴えた。市ではパネルの一部と市民から寄せられた折り鶴を八月七〜二十一日、市生涯学習センター・アビスタで展示する。

 同会は一九七九年四月に発足した。資料展示を中心に平和活動に取り組んできたが、当初の会員約百六十人が、現在は三十人にまで減るなど、高齢化が進んだ。