県の文化財保護審議会が3日開かれ、県重要文化財に国指定史跡の古代寺院跡「山王廃寺(さんのうはいじ)」(前橋市総社町)から出土した、粘土などを軸に盛り付けた塑像(そぞう)を含む破片「塑像群」と、女性の「塑像頭部」を指定するように県教育委員会に答申した。審議会は「奈良の法隆寺五重塔の塑像に遜色ない優れた造形で、極めて重要な歴史的意義を持つ資料」と高く評価した。 (菅原洋)

 指定されるのは、前橋市が市内の総社歴史資料館に所有する神将像の破片を含む四千八十四点などの塑像群と、高崎市が市内のかみつけの里博物館に所有する全長約九センチの女性の塑像頭部一点。

 前橋市の塑像群は一九九七、九九年度、市が回廊の南西に埋納された土坑から発掘した。高崎市の女性塑像頭部は五九年、市内の個人が山王廃寺で採集し、二〇一三年に市へ寄贈。この塑像と一連の女性塑像は前橋市の塑像群に含まれる。

 山王廃寺は七世紀後半、ヤマト王権と密接に関係し、東北経営や新羅(しらぎ)遠征で功績があった有力豪族が建造した氏寺とされる。国分寺に準じる高い格式が与えられた。出土品のうち、緑釉(りょくゆう)陶器などは国重文に指定されている。

 塑像の思想は仏教美術とともに日本に伝わり、指定される塑像は八世紀前半に中央から派遣された仏師が制作したとみられる。塑像群は一部に彩色の痕跡が残り、人物や仏像の他に山岳や塔なども含む。

 発掘調査では、「放光寺」と記した瓦が出土し、山王廃寺の正式な名称は高崎市の国特別史跡「山上碑(やまのうえひ)」にも記載がある放光寺が定説という。

 審議会の審議委員で、県立歴史博物館の右島和夫館長は「塑像群は火災に遭って固くなり、埋納されたために残った。県内でほとんど出土しない高い価値がある」と説明している。

 指定されると、県重文は二百十三件となる。