広島が72回目の「原爆の日」を迎えた6日、町田市の市生涯学習センターで原爆体験者の話を聴く催しが開かれ、小学生ら約50人が参加した。

 語ったのは、市内の被爆者でつくる「町友会」会長の神戸(かんべ)美和子さん(79)=写真。

 あの日の朝、7歳の神戸さんは広島市内の自宅にいた。「空が赤紫色に光るのを見ました」。体中に刺さったガラスの破片を、母が必死に取り除いてくれた。

 顔面が焼けただれた同級生、黒焦げの子を背負う女性…。自身も頭髪が抜ける後遺症に。転校先で「『ピカちゃん』と呼ばれて遊んでもらえず、悔しかった」と声を振り絞った。被爆を公にするかどうか悩んだが、「原爆のない世界のために」と決心したという。

 熱心に聞いていた6年生の富田みくさん(12)は「被爆者の苦しみ、悲しみが分かった。悲劇を繰り返さないよう、次の世代に伝えたい」と話した。 (栗原淳)