超一流のプロ野球選手だけが出場できる米メジャーリーグのオールスター戦。今年の夢の一戦で延長十回に決勝弾を放ち、MVPにも選ばれたカノ選手(マリナーズ)の右腕には、越谷市の小さな野球防具メーカーが作ったエルボーガードが巻かれていた。メーカー名は「ベルガードファクトリージャパン」。日本での知名度は低いが、メジャーでは多くの選手が愛用する知る人ぞ知るメーカーだ。

 同社は、八十年ほど前に東京で創業した防具メーカーが前身。自社製品のほか、大手メーカーと提携して、相手先ブランドによる生産(OEM)を中心に事業展開してきたが一度、倒産。その後、復活させた永井和人社長(56)は「米国では日本の大手メーカーより人気がありますよ」と話す。

 永井さんが入社したのは二十歳のころ。所属していた草野球チームの監督がベルガード社の前身の会社と取引がある印刷会社の従業員だったのが縁で採用され、職人として歩み始めた。

 大手メーカーのOEMを手がけていたことから東京ヤクルトスワローズで活躍した古田敦也氏の防具の製作にも携わった。古田氏の構え方や動きに合うように設計や素材を変えるなど工夫を凝らした。永井さんをはじめ、選手の要望に応えられる同社の職人の技術力は高く評価された。

 メジャーリーグに広まったのは、二〇〇一年のイチロー選手の移籍がきっかけだ。永井さんと知り合いだったイチロー選手のトレーナーが移籍先のマリナーズの選手らにベルガード社の防具を紹介。品質の高さが選手から選手へと口コミで伝わり、じわじわと海の向こうでベルガード製品が広がっていった。

 だが、メジャーリーガーからも評価されるほどの技術力がありながら、経営は悪化。大手メーカーが人件費の安い海外に生産を移したことでOEMは縮小し、一二年に会社は倒産、永井さん含め職人らは解雇されてしまう。

 そこで、永井さんは新たに会社を設立。熟練の職人三人に声を掛け、破産管財人からブランドを買い取って、倒産から四カ月後には早くも「ベルガード」を復活させた。

 その後、永井さんはそれまでのOEMから、自社ブランドの「ベルガード」製品を中心に事業展開する方針へと転換。メジャーだけでなく、韓国のプロ選手や国内での取引も少しずつ増え始めた。

 復活から五年。今ではメジャーリーグの八球団の四番打者がベルガードの防具を愛用する。「いつか世界一の防具メーカーに育てたい」。世界一の称号を目指す選手ら同様、永井さんの夢もメジャー級だ。 (西川正志)

<ながい・かずと> 東京都中野区出身。小学生のころから野球に親しむ。中学卒業後は新設された都立高校に進学。仲間と野球部創設に奔走するが、近隣住民の反対にあい、断念。この経験もあり、ベルガード社を復活させた現在を「野球部創設を目指した高校時代のように毎日が楽しく、わくわくしている」と話す。