勝利まであとアウト一つまで追い詰めた九回表。3連打で同点に追い付かれた後、山下投手(三年)のスライダーを相手の主砲に左前適時打され、逆転を許した。「もう少し厳しいコースにミットを構えていれば、三振に打ち取れたかもしれない」。150球の熱投を演じたエースの女房役は、自身を責めた。

 昨夏の甲子園はベンチに入れず、ボールボーイでグラウンドに立った。「来年こそ絶対にプレーする」と誓って筋力トレーニングに励み、「山下の投球が良くても、捕球できなければ意味がない」と投球マシンを使った特訓もした。五島卓道監督(63)も「チームで最も練習してきた選手」と認める。

 この日の試合、立ち上がりに1点を奪われたがマウンドに駆け寄り「山下が打たれても後悔はない」と鼓舞。その後は140キロ台の直球と鋭い変化球が武器のエースから、本来の調子を配球で引き出し、終盤までアウトを積み重ねた。

 4番打者としては、2点を先行する四回裏2死二塁の場面で気を吐いた。「峯村(主将)がつないでくれたチャンスを生かし、チームに勝利を呼び込もう」とバットを振り抜き、左翼席に2点本塁打をたたき込んだ。ただ、最後は相手の粘りに一歩及ばなかった。

 目前だった勝利は、五島監督の甲子園通算10勝目になるはずだった。「次こそ必ずプレゼントしてほしい。そして全国制覇を成し遂げてほしい」。努力家の背番号2は、涙とともに夢の大舞台を去った。 (山口登史)