東京電力福島第一原発から南西に約160キロ離れた鹿沼市の前日光牧場では、2011年の原発事故以後、牧草の放射性物質を検査する必要があり、放牧期間を短くせざるを得ない状態が続いている。期間の短縮は牛の成長に影響する。さらに、早春の良質な牧草を牛に与えられないという事情もある。 (小川直人)

 前日光牧場は標高約千三百メートルの自然豊かな横根高原に、一九七一年に開設された。和牛と乳牛計二十五頭が、起伏のある牧草地を元気に駆け回る。「放牧の前後で体重が百キロ増える牛もいたが、今はそこまでにはならないね」。牛たちの姿を眺めながら、管理組合長の横尾光広さん(40)は話す。

 事故後の一二年度は牧場の利用を自粛。牧草地を掘り返して上下の土を入れ替えるなどの除染工事をして、一三年度にようやく放牧の再開にこぎ着けた。

 牧草の放射性物質の検査は放牧牛が食べる前の春先に実施する必要がある。事故前は、新たな牧草が伸びる五月に放牧を始めていたが、現在は土壌分析や検査により、六月中旬にずれ込む。今年は六月十四日だった。十一月中旬ごろまで続く放牧期間は、一カ月半ほど短くなる。

 牛はストレスの少ない環境で過ごすことで体重を増やすため、放牧期間の短縮は成長を左右する。春先に新たに伸びる牧草はやわらかく牛も好んで食べる。これらが食べられなくなることも影響が大きいという。

 前日光牧場の牧草は、放射性物質の基準を毎年クリアし続けているが、国の方針に沿って検査は当面続く見込みだ。

 牛は放牧地を自由に動き回って草をはむ。ふんは肥料となって雪解けする春には新芽が伸び、また牛が食べる。長年続いてきた好循環は、土壌の上下を入れ替える除染工事でリセットされてしまった。

 「除染後、牧草の状態はまだ安定していない。今後、良くなるか悪くなるのか分からない」と横尾さんは心配する。事故前は四十を超えていた牧場の頭数は二十〜三十程度に減った。それでも牛が立派に育つという良い結果を出せれば、生産者が牧場に預ける頭数は回復するとも考えている。

 検査の間、牛が放たれない牧草地では、野生のシカが代わって良質な牧草を食べているという。シカは牧草地の柵をなんなく跳び越える。鹿沼市の担当者は「早春の牧草地内で大量のシカのフンが見つかっている」と指摘する。県によると、シカの分布域は県北部や南西部で、じわじわと広がりつつある。

 横尾さんは「牛たちがいればシカは近づかない。検査の方法が変わり、できるだけ早く放牧が始められるようになれば」と願っている。