広島に原爆が落とされた際の「残り火」とされる灯をともし続けている東輪寺(とうりんじ)(さくら市)で、広島と長崎の原爆の日にあたる六、九の両日、境内にある「平和の鐘」をつく集いが開かれた。終戦から七十二年の夏、住職の人見照雄(しょうゆう)さん(70)は「二度と戦争はあってはならない」と静かに語る。 (北浜修)

 平和の鐘をつく集いは、県内の市民団体でつくる実行委員会が寺に協力し、二〇一四年から始まり、今年で四回目。これまでは八月六日だけだったが、今年は六、九の両日実施した。

 九日、境内では長崎に原爆が投下された午前十一時二分に合わせ、参加者約三十人が黙とう。人見さんに続き、参加者らが一人ずつ鐘をつき、人見さんは「核廃絶に向けて、半歩でも一歩でも前進することを願う」とあいさつした。

 住職として檀家(だんか)を回る中で、太平洋戦争で亡くなった人々の遺影などに接する機会が多く、平和への思いを強くしていったという。

 やがて、広島の原爆の残り火を全国各地で分け合い、ともす活動があることを知り、〇〇年八月に宇都宮市内であった分灯式に参加。以来、寺では十七年、灯籠の灯をともす火袋(ひぶくろ)やランプなどで、残り火をともし続けている。

 〇六年には、近所の男性が、つり鐘(高さ百四十センチ)を寄贈。〇八年には、鐘をつるす架台も整備し、訪問者らがつくことができるようになり「平和の鐘」と呼ばれるようになった。

 人見さんは毎日、午後五時ごろ、平和への願いを込めて鐘をつく。「核廃絶と戦争のない世界に向け、これからも広島の残り火をともし、(市民団体と)協力して鐘をつく集いも続けていく」と思いを強くしている。