終戦の二日前、山武市の旧国鉄成東駅で米軍の空襲を受けた貨車が爆発し、亡くなった犠牲者らを追悼する献花式が十三日、JR成東駅の慰霊碑前であった。JR東日本関係者や松下浩明市長ら約二十人が出席した。

 JR東日本によると、一九四五年八月十三日午前、駅に停車していた高射砲や弾薬を積んだ貨車が米軍機に攻撃され、火災が発生した。駅員や将兵が消火作業に当たり、安全な場所に列車を移動させようとしたところ、十八分後に弾薬貨車が爆発。駅員十五人と将兵二十七人の計四十二人が死亡した。殉職した駅職員には、十四歳を含め未成年九人がいた。

 十三回忌に当たる五七年八月、住民や鉄道職員らによって慰霊碑が建立された。献花式はJR東日本千葉支社が二〇〇九年から毎年開いており、今年で十一回目。

 この日は、同社の西田直人千葉支社長が「私たちにできるのは、犠牲者のご冥福をお祈りし、平和の尊さや戦争の悲惨さを伝えていくことだ」とあいさつ。出席者が慰霊碑前の祭壇に花を供え、爆発が起きた午前十一時五十八分に一分間の黙とうをささげた。 (丸山将吾)