演歌歌手のMIKIYO(みきよ)さん(年齢非公表)が、地元の浅草で月一回の路上パフォーマンスを開始してから十一月で百回の大台を超えた。東日本大震災の影響で歌う場がなく、やむなく始めたが、今では本気モード。「五輪・パラリンピックに向け、浅草を盛り上げたい」と意気込んでいる。 (井上幸一)

 祝日の二十三日午後三時すぎ。振り袖にたすきを掛けたMIKIYOさんは、芸人のプッチャリンさん(69)、寅(とら)さん姿の俳優、轟(とどろき)銀次郎さん(33)と雨降る繁華街に繰り出した。来年の五輪・パラリンピックにちなむ新曲「東京夢舞台」(日本コロムビア)を流し、踊りながら歩く。外国人がカメラを向け、子どもたちが寄ってくる。花束を渡す熱烈ファンも。「みきよちゃん!」と声が掛かる。

 午後四時半からは、場外馬券売り場近くのギョーザ店の軒先で歌謡ショー。「第百弾!!」のめくりを置き、持ち歌や「狙いうち」などの懐メロをノリノリで歌う。取り囲んだファンは踊り出すなど大盛り上がり。「おかげさまで百回目」と報告した。

 大阪府生まれで、中学時代に浅草へ。メーキャップ、ヘアメークの仕事を経て、二〇一一年三月二十五日に、ご当地ソング「ふたり浅草〜桜の隅田川〜」で歌手デビュー。しかし、二週間前に発生した東日本大震災後の自粛ムードで、歌う場所が失われていた。

 そんなとき、プッチャリンさんが路上に誘う。同年九月から、ギターを抱えて街頭に立ち始めた。やがて、店先を貸してくれる店が現れ、アンプを使ってカラオケで歌えるように。肩を組まれたり、電話番号を聞かれたり、路上らしいハプニングもある中、応援してくれる人が増えてきた。

 五年ほどたち、「疲れてきたからやめよう」とプッチャリンさんが言い出したが、断固反対。「CDを売ろうとの『不純』な動機で始めたけど、人とのつながりができ、みんなのために歌いたいとの思いが強くなった。自由で、何が起こるのか分からないのが面白い」と、MIKIYOさんは路上愛を語る。

 十は英語で「テン」なので、「百点(ひゃくてん)」の語呂になる百十回を新たな目標に掲げている。十二月は十五日、一月は五日に浅草の街に姿を見せる予定だ。 (井上幸一)

◆手弁当のファン 活動支える

 MIKIYOさんの路上パフォーマンスを支えるのは、手弁当で映像を撮ったり、横断幕や機材を準備したりするファンの人たち。10回を超えたあたりから、黒坂友義(ともよし)さん(73)=北区=と、松田平治さん(45)=横浜市=は、赤い誘導棒を手に交通整理をする役目を担っている。

 「いろいろ経験でき、友達ができた。みきよちゃんたちには、早くビッグになってほしい」と黒坂さん。「これまで、一度も事故がない。100回を迎えられ、交通整理を続けてきて良かった」と、松田さんは笑顔を見せた。