それもまた1つのLOVE。

女性誌でライターをしている奈々は、高校時代に淡い恋心を抱いていた翔平と渋谷で再会する。

しかし彼はInstagramで華やかな私生活を公開している衣笠美玲と特別な関係にあることを知り心乱される。

翔平に誘われるがまま一線を超えた奈々は、ステディな彼・優一とも別れどんどん翔平にハマっていく。

しかしいつまでも煮えきらぬ翔平の態度に、不信感を持つようになり...。



無責任な男とズルい女


我に返った時、奈々は渋谷のスクランブル交差点に立っていた。

無意識に優一の元に向かおうとしていることに気がつき、その浅ましい考えに自分で自分を疑う。

優しい優一に甘えるだけ甘え、同棲の提案も、一度は承諾しておきながら自分勝手に翻意した。

きちんと将来を見据え、奈々の幸せを考えてくれていた優一。そんな彼を裏切ったのは自分だというのに、私は何をしようとしているのだろう。

喧騒は、孤独を際立てる。

すれ違う人と肩がぶつかり、足元がふらついた。これだけたくさんの人がいても、誰も自分を気にしていない。いよいよひとりになってしまった現実を、奈々は改めて痛感するのだった。


−今はまだ、考えられない。


そんな風に逃げた翔平の言葉を、黙って呑み込めば良かったのかもしれない。

そうすれば、少なくとも今夜はひとりにならずに済んだだろう。

目を合わせようともせず、面倒だという心の声がその表情から伝わってきても、見て見ぬふりをしていれば。

−俺も、奈々に逢いたかったよ。

翔平のその言葉に、嘘はないのだろう。それは、抱きしめられた腕の強さでわかる。ただしそれは、あの時あの瞬間の話。

それでも最初は、一瞬でも満たされれば幸せだった。

しかしその後に訪れる喪失感は、じわじわと心を蝕む。恐怖心から、奈々はつい答えを性急に迫ってしまったのだ。

一瞬の愛で満足できるほど、女は無欲でいられない。

奈々はしばらく立ち止まって逡巡していたが、踵を返すとJRの改札へと戻った。


一人になった奈々。月日は流れ3ヶ月後、彼女は何を思う?

薄れていく影


―3ヶ月後―

翔平にはもう連絡しない。

その誓いを、奈々はどうにか守っている。

最初の1週間こそスマホの奴隷と化し、LINE通知音が鳴るたび期待と落胆を繰り返したが、消耗しきった自分がバカバカしくなる頃には、翔平の影も薄まった。

あれほど執着していたのが嘘のように。「物理的に会わない」というのは、苦いだけとなった恋煩いに最も効く薬のようだ。

翔平の一挙一動に振り回される日々は刺激的で、ある種の中毒性があった。

彼に愛されたい一心で自己犠牲だとも思わなかったが、心の平穏を取り戻した後に振り返ってみると、不必要に無理をしていたとわかる。

そういう心持ちになってからは、むしろ優一と過ごした平和な日々を思い出すことが増えた。穏やかで安定した日々を、恋しいと感じるようになった。

刺激というのは、甘いもので満たされているからこそ欲するのだ。

−優一さんと別れたら、後悔するわよ。

以前さゆみにそう言われ、当時は反抗的に受け取っていたけれど、今となっては彼女の言葉に反論する言葉など見つからない。



「戻りたいなら、戻ればいいのよ」

ランチタイム。夏バテ解消と称して食べにきた『翔山亭』のビフテキ丼をペロリと平らげた後で、対面に座るさゆみが、奈々を諭すようにして切り出した。

「え?」

何のことか心当たりはあるのだが、奈々は気づかぬふりで聞き返す。

「え?じゃなくて。優一さんのところに戻りたいなら戻れば、って言ったの。いつでも帰って来ていいって、言ってくれたんでしょ?」

確かに、家を出て行く奈々に、優一はそう言ってくれた。

しかしだからといって、翔平とうまく行かなかったからやっぱり優一、というのはさすがに虫が良すぎる。

「...そういうわけには、いかないわよ」

優一は翔平との一件を知らない。とはいえ、そんな図太い真似はできないし、したくなかった。

奈々は、別れを切り出した時の、優一の苦しげな表情を忘れていない。

彼を深く傷つけた。その事実が消えない以上、素知らぬ顔で前と同じ関係に戻ることなどできない。

首を振ってうつむく奈々に、さゆみは小さくため息をつく。そして、神妙な面持ちでこんなことを言うのだった。

「奈々が不幸だと、困るのよねぇ...私だけ幸せになったら、申し訳ないじゃない?」

何を言っているのか理解できずに目をしばたたかせていると、さゆみは奈々をまっすぐに見つめ、思いがけぬ言葉を口にした。

「私、結婚することにしたの」


さゆみが結婚?!そして、沈黙していた優一が動く。

幸せに向かう女


「...へ?!」

あまりにも突然の結婚発表に、間の抜けた声が出てしまった。

「け、結婚って...誰と?!」

さゆみには、彼氏が5人いる。

そういう意味では候補者がいないわけではないが、どの相手も決め手に欠けるからこそ5人と関係を続けているのだと思っていた。

「ほら、前に話したでしょ。デーティングアプリで出会った弁護士」

「ああ...」

頷いてみるものの、さっぱり記憶にない。そもそも5人もいる上に、度々メンバーが入れ替わるから把握できないのだ。

「えーっと...、おめでとう」

定型文のように答えたら、さゆみに「何だ、その気のない祝辞は」と指摘されてしまった。

「...さゆみは、その彼で幸せになれるの?」

決して、意地悪を言うつもりはない。ただ、これまで奔放に恋愛を楽しんできたさゆみが心を決めた理由を知りたかった。

「もちろんよ。だって彼、間違いなく結婚向きだもの」

さゆみは、迷いなく答える。そして彼女は鼻をツンと上に向け、悪戯っぽく笑った。

「私、幸せになるって決めてるの」



「...綺麗だなぁ」

週末の夕刻。西日が射し込みはじめた家でひとり過ごしていた奈々は、衣笠美玲のインスタグラムに投稿された写真を見て、思わずため息を漏らした。

彼女は今日、アンダーズ東京で結婚式を挙げたらしい。

支度中やプロによる撮影のオフショットなどが早々に投稿されていて、その全てに目を奪われる。

迷いなく幸せに向かう女は美しい。

それはさゆみも然りで、結婚を決めてからの彼女は時々、ハッとするほど輝いて見えた。不要となった4人の男とも、綺麗さっぱり別れたらしい。

衣笠美玲を妬む発言をすることもなくなり、そんなさゆみの変化を目の当たりにするたび、奈々は自らの手で手放してしまった結婚向きの男・優一のことを思い出してしまうのだった。

彼は今、どうしているのだろう?

今もひとりでいるのだろうか?

そんな風に思いを馳せたとき、ベッドに置かれたスマホが2回、鳴った。

画面には、LINEのポップアップ通知が2件。

「え...」

何気なくタップした指が、思わず震えた。1分差で届いたメッセージは、1つは優一から、そしてもう1つは...翔平からだったのだ。

意図的にではない。無意識に先に開いたのは、優一のトークルームだった。

−久しぶりに、食事でもどうかな?

その言葉は、渇ききっていた奈々の心に水を注ぐように沁み入る。

優一を恋しく思う気持ちを、奈々はもう認めていた。しかしどの面下げて自分から連絡してよいものかと思っていたのだ。

彼がもう一度手を差し伸べてくれるなら、もう二度と離さない。...離してはいけない。

−私は、幸せになる。

奈々はそう、自分に言い聞かせる。

そして、翔平のトークルームを右フリックし...削除ボタンを押した。


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美玲にも奈々にも愛想をつかされてしまった翔平。無責任な男の、行く末