東京の女たちは今日も霊長類のごとく、笑顔の裏でマウンティングを繰り広げている。

だが、一部の女は気づき始めた。 マウンティングは、虚像でしかないことを。

果たして、その世界から抜け出した先には、どんな世界が広がっているのか。

東京でそれぞれの価値観で生きる、大手出版社に勤める麻耶(26歳)、港区女子・カリナ(27歳)、マウンティングとは無縁な女・玲奈(26歳)の3人。

麻耶は潤に振られて落ち込むが独身時代を謳歌しようと自分探しに奔走する。そんな時、ずっと連絡を絶たれていた潤からメッセージが来た。



―8年前。

私が下した小さな決断。

将来への漠然とした不安と根拠のない自信の間を、フワフワ行き来していた私が、辿り着いた場所。

それが正しかったのか、正しくなかったのかと考えながら、今でも私は、あの1日を思い出すことがあるー。





「お迎えの時間がそろそろだから」とそそくさと席を立ち早めに家路につく姉の背中を見送りながら、麻耶は早速スマホに目を通した。

ー麻耶、久しぶり。ずっと連絡取れなくて、ゴメン。

元彼・潤からの久々のLINEメッセージはそれだけだった。

「何これ…。私にどうしろっていうのよ。」

まだ食べ終わっていないサラダに手を戻し、ゆっくりと咀嚼しながら麻耶は考える。でも、こうして考えたって自分にはロクな考えが浮かんでこないのも実感していた。

潤は明らかに、ヨリを戻したがっているのか。それとも情で気まぐれに、メッセージを寄越してきたのか。

あれほど自分から潤に連絡を取っていたのに、いざこうして反応があっても先走るのは「それでどうすればいいの?」という困惑の気持ちだ。

謝り倒して潤とヨリを戻すのか。それとも、振り切ってこのまま「何か」を見つけに行くのか。


麻耶の決断とは

輝かしい未来への想像はやめられない




六本木駅から歩いて5分ほど。六本木1丁目駅にもほど近い、1階にコンビニやスーパーがある、大きなタワーマンションがある。

今夜はここでホームパーティだというので、麻耶は適当に持ち寄りワインでも買おうとスーパーに入った。

「この辺にしては割と安い…!」

荻窪の実家で母と一緒に連れ立って買い物に行くスーパーと、さして変わらない値段設定に麻耶はなぜか安堵した。

自分の脳内で、これならこの辺りで結婚してもそう違和感なく生活できるかも、という漠然とした未来を描いているのだ。

店内に陳列されたテーブルマットなどを斜めの視線で捉えた。まるで若い女が着飾ったように華やかなテーブルセッティングで客を迎える自分を想像する。



「もしかしたら、今夜、そんな生活をさせてくれる人と出会えるかもしれない。」

きっと、今から開催されるホームパーティに集まる若い女たちは、みなそんな期待を込めてこのタワーに集まってくるのだろう。

ぞろぞろぞろぞろ。自分のように、きっと都内の色々な場所から。

そんなことを考えながら、麻耶は一番手頃で、自分が飲みたいからと選んだ甘口のロゼのスパークリングワインを手に取りながら、すでにロビーで待っているというカリナからのLINEに目を通した。

ー今夜は多分、女の子10人くらい。21階の佐々木邸だよ。

ーそれっぽい子達もロビーにいるけど、全然可愛くない。私たちの圧勝。

ノリノリの顔で踊るうさぎのスタンプ

悪そうな顔のうさぎのスタンプ…。

あれ以来、カリナとはまたこうしてよく遊んでいる。

自分に対しては毒気が抜けたカリナだが、一方よく知らない女の子たちに対しての見下しっぷりはひどくなる一方だ。

この間などは食事会で店員の女性のアイメイクの濃さを散々こき下ろしており、さすがに男性陣にも引かれていた。

だが、そんな風にカリナが思いっきりアクの強い美女役を演じてくれることで、自分は若くて華やかにしては控えめなキャラに見える。

だから、麻耶にとって今のカリナは非常に都合の良い「遊び仲間」となっていた。

こんな生活が、楽しくないはずがない。

彼氏のいない生活は精神的にはキツイが、潤からのLINEに気安く飛びつくのはまだ時期じゃない。

麻耶は、潤のLINEには返事をせずに既読スルー状態を続けていた。


なぜか返信する気になれない麻耶。その理由とは。

浅はかなのは、自分でもわかっている。


カリナの待つロビーに通された麻耶は、思わず目を見開いてその豪華さを凝視してしまった。

センスの良いソファ。壁一面には、上から水が流れている。

カリナの隣に座りライトに照らされた水の流れをぼーっと眺めながら、誰かが迎えに来てくれるのを待った。
今の自分は、こうして誰かを待たなければあのエレベーターホールへ続く扉の向こうには入れない。

だけど、いつか自分はあの扉への鍵を持てる女になりたい。結婚でもいいし、自分の力で頑張るのも良いかもしれない。

「ごめんね、さ、行こっか。」

人の良さそうな男性が、麻耶とカリナを迎えに来てくれた。立ち上がり、ついていこうとした瞬間スマホが光る。

ーやっぱりもう一回ちゃんと話し合おう。俺もよく確認しないで一人で切れてて、悪いと思ってる。今度『フィオレンツァ』で、食事でもしながらさ。都合の良い日、教えて。



『フィオレンツァ』は、麻耶と潤が付き合い始めた頃に「付き合って2週間記念日だね」などと言いながら訪れた想い出の店だ。

トスカーナの郷土料理が楽しめる人気のリストランテで、有名な「本当のカルボナーラ」を食べてみたいと、パスタには目がない麻耶がリクエストしたのは、もう何ヶ月前だろうか。

「もう一回ちゃんと、話したい」

そんな風に潤から連絡を受けても、二人の想い出のレストランに思いを馳せてみても、

自分がこの重厚な造りで外界から遮断されたような建物の住人になってみたいという強烈な思いを止めることは出来なかった。

もし、全てががトントン拍子に進み潤と来年あたり結婚ということになったとしても、本当に心から幸せだと言えるのかどうかが、自分でも断言できないのだ。

ふと、このレジデンスに住んでいるのであろう家族連れとすれ違う。子供は3歳くらいだろうか。母親と父親の間に挟まれて手をつなぎ、楽しそうにキャッキャとはしゃいでいる。

母親の方は、化粧っ気はないが驚くほどキメの細かい肌をしていた。対して夫は浅黒い肌でいかにも遊んでそうな外見だが、それがなんだというのだろう。

以前は「遊んでそうな男」は自動的に恋愛対象にはならなかったが、こんな風に都会のど真ん中で豊かな生活をさせてくれる夫が他人からどう見られようが、今の自分はきっと気にしない。

また、スマホが鳴った。

ーそれか、今からでも会って話そう。今どこ?

潤からは立て続けにメッセージが来ている。

彼は怒っている時はテコでも動かないが、自分から動いた時に相手を待つのは苦手なのだ。

麻耶は一連のメッセージには返信をせずに、ホームパーティが開催される部屋の前に立ち、扉が開かれるのを待った。

静寂な内廊下に、少しだけ人の喋り声や音楽などのノイズが漏れる。

麻耶はリップを塗り直し、スマホをバッグの奥底にしまいながら部屋の中へ入っていった。


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8年後、34歳の麻耶は果たしてどうなっているのか。