それもまた1つのLOVE。

愛してるとは違うけど、愛していないとも言えない。

あなたの身にも、覚えはないだろうか…?

翔平は学生時代からずっと高嶺の花だった衣笠美玲と、いつしか“特別”な関係となる。

美玲は突然婚約を宣言するも翔平を自宅に誘い、ふたりは一線を超える。しかし翔平の告白に対し美玲は「もう遅い」と言い放つのだった。

一方翔平は高校の同級生・奈々とも曖昧な関係を続ける。しかし翔平の煮え切らない態度が原因で、彼女ともついに音信不通となってしまう。



完璧な幻


美玲の結婚式に出席した数日後。

翔平が昼食を終えてデスクに戻ると、事務職の女性たちが雑誌を囲み興奮気味に話していた。

「このドレス綺麗!ヴェラ・ウォン、憧れちゃう♡」

「やっぱり、婚約指輪はハリー・ウィンストンだったね」

...また、誰かの結婚話で盛り上がっているらしい。

翔平の部門で事務職をしている女性のほとんどがアラサー。彼女たちの脳内は99%が「結婚」で占められていると思われ、こういった光景は日常茶飯事である。

他人の恋愛や結婚話で、よくもそんなに盛り上がれるものだ。

やれやれといった視線を送るが、次の瞬間耳に飛び込んできた名前は反射的に翔平を緊張させた。

「ほんと衣笠美玲って完璧。女の憧れだわ」

衣笠美玲。

翔平にとっても、彼女はずっと憧れの存在だった。

そう、美玲はいつだって完璧だった。人々の憧れを体現して生きる女。そう思っていた。

しかし...。

結婚式で垣間見た、初めて知る彼女の素顔が思い出される。

所詮は自分も、雑誌を見て盛り上がる女たちと変わらないのかもしれない。本当の彼女のことなど実際は何も知らず、幻に恋焦がれていただけ。

−あなたに、私の相手は務まらない。

あの夜彼女が翔平に投げつけた、高慢で冷酷なセリフ。

しかしその言葉は実に核心を突いていたことが、今になってわかるのだ。


美玲は結婚、奈々とも音信不通。ひとりになった翔平に転機が訪れる。

独身男が孤独を感じる時


美玲が結婚してしまっても、時は当たり前に過ぎていく。

翔平がただ単調に日々を繰り返すうち、空は完全に夏の模様になっていた。

朝からうだるような暑さの中オフィスフロアに到着すると、待ち構えていたように課長が歩み寄って来た。

課長は毎晩飲み歩いているような人で朝は大方、土色の顔をしているのだが、そんな中にもご機嫌であることが窺える。

「お、やっと来たか。部長が呼んでるから行ってこい...いい話があるぞ」

そう言われて、すぐにピンと来た。

翔平は自動車部門に所属しているが、タイのオフィスにそろそろ空きが出るような話があって、その際はぜひ自分が行きたいと志願していたのだ。

−ついに来たか。

商社に入社したからには駐在はぜひとも経験したいと思っていた。27歳という年齢も悪くない。

意気揚々と部長の元を訪れた翔平を部長は笑顔で迎え、大きく頷いた。

「おめでとう」

その言葉を聞いて、翔平は心の中でガッツポーズをする。

「希望通り、タイに行ってもらうことになった...正式な辞令は後日だが」

「ありがとうございます!」

早く海外に出たからいいというものでもないが、同期のあきらより先に駐在が決まったことも嬉しかった。なんとなく、先を越されたくないという気持ちがある。

高揚感に包まれる翔平だったが、しかし、部長がニヤリと笑って発した言葉で現実を突きつけられるのだった。

「一緒に行ってくれる相手はいるのか?いい人がいるなら、心決めた方がいいぞ」

一緒について来てくれる女性...

本当に自分勝手だが、そう言われてふと頭をよぎったのは、奈々だった。

しかしその奈々とも、もう音信不通となっている。

美玲の結婚式の日、どうにも虚しい気持ちになって奈々にLINEを送った。しかし1週間が経っても既読にならず、愛想をつかされたのだな、と悟るほかなかった。

これまで奈々に送るメッセージの文面に頭を悩ませたことなどなかったし、既読を確かめたこと、返事を待ったことなどもちろんない。

しかし投げたボールを受け取ってもらえない消化不良感というのは、想像以上に居心地が悪かった。

モヤモヤした気持ちを抱えるのも面倒で、奈々の存在を頭から追い払っていたが、「ついて来てくれる女性はいないのか」と聞かれて思い浮かんだのは、奈々が自信なさげに自分を見上げる、あの顔だった。

「短くても4〜5年は頑張ってもらうことになるからな」

翔平が悩んでいると思ったのだろうか、部長が覚悟を促すようにたたみかける。短くても、帰国するのは4〜5年後…その間に、同期のあきらをはじめ、周りは続々と結婚していくだろう。

そう考えると急に、身体の芯がひんやりと冷える気がした。

独り身を孤独に感じたことなどなかったが、異国の地に単身乗り込むことを思うと、そばで支えてくれる女性がいてくれたら...と思わずにはいられなかった。


自分勝手に奈々を恋しく思う翔平。しかし彼女はすでに別の道を選んでいた?

それぞれの道へ


「それじゃ、翔平の駐在内示と...独身街道に乾杯」

同期のあきらは、彼らしい憎まれ口とともに祝辞を述べた。

黙っているのもいやらしいと思い、同期のあきらには内示を受けたことをすぐに報告した。

予想通り飲みにいくぞということになり、渋谷の得意先に行っていた彼になぜか翔平が呼び出され、つい先ほど宮益坂の『ネオビストロシナプス』で合流したのだった。

「いや、まだ2、3ヶ月は日本にいるわけだから、その間に見つかるかもしれないだろ」

そんな風に応戦してみるが、現実味のない話であることはわかっているから声に力が入らない。

あきらもそんな翔平の戯言は取り合わず、「いや、正直羨ましいよ」と本音を漏らした。

彼もずっと駐在希望を出しているが、なかなかポジションが空きそうにないのだと前に話していたことがある。

あきらは何もかもを手に入れているような男だが、こればかりは運だから仕方ない。

「あきらの結婚式には必ず帰国するよ」

彼は、かねてから交際していた局アナと婚約中だ。少し前に、帝国ホテルで盛大なパーティーをすることになりそうだ、と自慢にしか聞こえない愚痴を聞かされていた。

なんだかんだ言っていても、あきらのことだからすべてそつなくこなし、翔平が帰国する頃には父親になっているのかもしれない。

時は容赦なく、当たり前に過ぎていく。その間に少しずつ、自分も周囲も変わっていくのだ。



店を出た後あきらはすぐにタクシーを拾ったが、翔平は少し歩きたい気分だった。

急に訪れた人生の転機に高揚したり焦ったりする心を、夜風に当たりながら落ち着けたかったのかもしれない。

あてもなくふらふらと、スクランブル交差点までやってきた時だった。...目の前に、見覚えのあるシルエットを捉えて目が離せなくなったのは。

−奈々!

声をかけようとして、咄嗟に声を殺す。

前方から少しずつ近づいてくる、その小さな影の隣には、彼女に寄り添うようにして歩く男の姿があったからだ。

奈々に気づいたのは、翔平だけだった。

彼女は隣の男に話をするのに夢中で、彼はそんな彼女の話を笑顔で聞いている。

−奈々があんな風に、自分に夢中で話すことなどあっただろうか。

過去10年以上に及ぶ記憶の中に、そんなシーンは一つも見当たらなかった。

翔平は自らの気配を消し、ただ無言でふたりが通り過ぎるのを見送った。


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番外編Ⅰ:奈々とヨリを戻した男・優一の、それも1つのLOVE。