「結婚=ゴール」なんて考えは、古すぎる。

東京の恋愛市場は、結婚相手を探す女で溢れかえっているが、結婚はゴールではない。そんなものは、幻想だ。

吾郎、34歳。長身イケメン、東大卒、超エリートの企業法務弁護士。

吾郎いわく、結婚をM&Aに例えるならば、M&A実施の調印式=結婚式であり、PMI(買収実施後経営統合)=結婚後の生活となる。東京婚活市場において、PMI軽視の風潮は非常に強い。

とか言いながら、ちゃっかり英里と結婚した吾郎。しかし、彼のアンチ結婚主義は変わらないようだ。

引き続き、既婚者たちの結婚生活を、彼独自の目線で観察していこう。



「やっぱり今の時代は、自分を切り売りしてあくせく働くより、人生の充実度を上げてハッピーに生きるのが優先だと思うんだよな」

南青山の『川上庵』にて、昭夫はすでに2時間、まるで言い訳のように、ひたすらこのセリフを繰り返している。

ここは酒のツマミも充実しており深夜に飲むには最適な店であるが、吾郎はそろそろシメの蕎麦をオーダーしたくてウズウズしていた。

同い年の昭夫は昔からの飲み友達で、某外資系証券会社に勤めて“いた”男だ。

数年前までの彼は、常にシワのない濃紺のスーツや艶のある革靴を身につけ、おろしたての白シャツをシャキッと姿勢よく着こなし、まさに“外資系証券会社の営業マン”を体現しているように見えた。

切れ長の目に鋭い眼光、自信あふれる立ち振る舞い、ジム通いで鍛え上げられたスマートな体躯は、男の吾郎から見ても尊敬に値し、良い刺激だったのだ。

だが、今や転職活動中という名のニートになった昭夫は、たるんだ身体にTシャツに短パン、安っぽいスリッポンを履き、見るも無残な姿に変貌していた。


イケてる外銀男が転落したきっかけは...?

華やかだった外銀男。転落のきっかけは「ボーナスゼロ」


昭夫の身体に徐々に脂肪が付きはじめ、瞳の光が濁り、その発言が妙に夢見がちになったのはいつ頃だっただろうか。

20代の頃の彼は、仕事も遊びもノリに乗っていて、多少度が過ぎたはっちゃけ具合が気になることはあれど、面白く魅力的な男だった。

明け方近い早朝から仕事をし、夜は連日接待や飲み会で、派手に港区の夜を謳歌する。

外銀は右肩下がりなどとよく言われるが、リーマンショックでピークは過ぎたものの、やはり普通のサラリーマンよりは格段に余裕があるように見えた。

寝る間も惜しんで働いて遊ぶ男というのはエネルギーに溢れており、さらに、稼ぎも見た目も良い昭夫は女にもよくモテた。

酒の席で強引に口説かれる女たちの、口では何やかんやと拒否しながら、まんざらでもなさそうに熱っぽく昭夫を見つめる眼差しを、吾郎はよく覚えている。



そして面食いの昭夫は、多くの女の中から読者モデルの美人OLを選んで結婚し、30歳で父親となった。

しかし、彼の華麗な人生の歯車は、このあたりから狂いはじめたように思う。

ある日、昭夫は会社の上司から呼び出され、その年のボーナスがほぼゼロであること、また確実だと思っていた昇進ができないことを知らされた。

実力主義の外資系証券会社でこのような通告をされるということは、実質「おまえは会社に必要ない」と言われているに等しい。

クビにはならずとも、それはすでに首の皮一枚で繋がっている状態とも言えるため、焦った昭夫は早々に転職活動を始めた。

しかし、そこで大きな障害となったのが、専業主婦となった嫁の一言だった。

―同じ業界で、同じ給料はキープしてくれなきゃ困る。間違っても、ベンチャー企業なんかに転職しないでよねー

男にとって、社会的に屈辱的な評価を受けたときのショックの大きさは測り知れないものがある。

そのうえ昭夫は、拠り所であるはずの家庭からもダブルパンチを食らい、徐々にその栄光を削がれていったのだ。

「別に嫁がなんと言おうと、お前のしたい転職をすればいいじゃないか。自分のキャリアだぞ?」

当時はそんな風に励ましたが、昭夫は苦虫を噛み潰したような表情を崩さず、嫁の期待に応えるのに必死だった。

吾郎はそんな彼に同情し、また女の尻に敷かれた惨めな状態に苛立ちを感じていた。しかし自身も既婚となった今では、気持ちが分からなくもない。

自分の選んだ女に自分を認めてもらえないのも、満足した暮らしを与えられないのも、酷く辛いだろう。きっと子どもがいれば尚更だ。

もう第一線で活躍はできぬと分かってはいても、昭夫は家族の期待に応えるべく、同業他社になんとか転職を決めた。

しかし非情なことに、彼は先週、とうとう今の会社も“クビ”になってしまったようなのだ。


職を失った男の、虚しい言い訳とは...?

病めるときも、健やかなるときも、夫婦は支え合う?


「まぁ俺は、こんな業界からはそろそろ“卒業”だよ。今後は人生をもっとハッピーに...」

昭夫はハッキリと“クビ”と口にしたわけではないが、遠まわしにプライベートの充実をしつこくアピールし、会社を辞めた明確な理由を語らぬことで、吾郎にはだいたいの予想がついてしまう。

「人生ハッピーはいいが、具体的に次の仕事はどうするのか決めてるのか?嫁さんは大丈夫か?」

ついに確信に触れると、彼は一瞬押し黙り、店員を呼び止めて蕎麦を注文した。

「俺さ、最近サーフィン始めたんだよ。自然に触れるって最高だぜ。教えてやるから、吾郎も今度一緒に行こうぜ。それでさ、知ってる?某アパレル会社って、波のいい日は仕事中でもサーフィン行けるんだって」

昭夫は理想のライフスタイルと仕事の両立を実現すべく、そのアパレル会社への転職を狙っているそうだ。

どうせなら湘南へ引っ越し、東京砂漠を離れて海辺でゆったりと生活するのは子育てにもプラスになるはずだと主張する。

聞こえの良い話ではあるが、吾郎と目を合わさずに淡々と語る昭夫からは、前向きな気配は感じられない。

「...へぇ、あの嫁さんも、海辺の生活には賛成なのか?」

「いや......アイツに言うと色々面倒なことになるからさ。全部決まったら報告するつもりだよ。東京で見栄まみれで生活するよりも、湘南でのんびり暮らす方が絶対いいに決まってるじゃん?」

「...まさか、お前が会社辞めたことも、嫁さんは知らないのか...?」

昭夫はそれには答えず、しばらく無言で蕎麦をすすり、今度はワーク・ライフ・バランスが人生にとっていかに重要であるか熱弁をふるい始めた。

“仕事はほどほどに、人生ハッピー論”というのは、成功者が語るからこそ説得力のあるもので、一歩間違えば惨めな言い訳にしか聞こえない。



吾郎は本気で昭夫の精神状態と財政状況が心配になるが、自分がこれ以上食い下がったところで、良いことは一つもないと判断し、ひたすら聞き役に徹した。



「なぁ、俺がもし何かやらかして職を失って、例えばラーメン屋になったらどうする?」

「えっ、何よ急に。吾郎くん、ラーメン屋さんになりたいの?」

吾郎の突然の発言に、英里はケラケラ笑いはじめる。

「本当に変な人なんだから。でも吾郎くんがラーメン作るなら、私は看板娘になれるかな」

実際に職を失ったらどうなるか分からないが、とりあえず妻が笑ってくれるのは嬉しかった。

「病めるときときも、健やかなるときも...」という結婚式の誓いの言葉が、ふと吾郎の頭をよぎる。

続きは「喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」だったはずだ。

これを実践できる夫婦は、果たしてどれだけ存在するのだろうか。素朴な疑問だった。


▶NEXT:7月30日 日曜更新予定
念願の子宝。しかしそれは、夫婦の終着点ではなかった...?


【これまでの結婚ゴールの真実】
vol.1:小遣いより高い保険料と毎月増えるルブタン...ポンコツ嫁に怯える夫
vol.2:夢のタワマン移住が裏目に...?豊洲カーストが生んだ、ボス猿嫁の実態
vol.3:妻への生活費を渋る商社マン。駐妻が直面した、ケチ夫の貧困恐怖
vol.4:妻の過去という「パンドラの箱」。知らぬが仏、女の裏の顔は...
vol.5:愛され妻の秘密。結婚願望ゼロ男を落とすため、プレゼン資料まで作る女
vol.6:月40万円でも足りない生活費。見栄っ張りな元モデル外銀妻の実態
vol.7:ルンバより低い、夫の家庭内カースト身分。自虐男の賢きサバイバル
vol.8:吐き気がするほど夫が嫌い?「旦那ツワリ」に巻き込まれた男の苦悩
vol.9:年収1千万の夫から貰う生活費はたったの7万円...?専業主婦は遠い夢
vol.10:「家事は女の仕事」温厚な会計士の意外な一面。我慢ならぬ妻は…
vol.11:「内助の功」破れたり。ワンマン経営者が妻を見限った、些細な事件
vol.12:酒に月30万?日本の悪習「飲みにケーション」が、家計を圧迫
vol.13:「商社マンじゃ勝てない...」夫のスペックで戦うマウンティング妻
vol.14:番外編:アンチ結婚主義者・吾郎がプロポーズを決断した、ある理由
vol.15:あえての“別居婚”で掴んだ幸せ。子連れ再婚を果たした、39歳の女
vol.16:DINKSはもう古い?エリート女が専業主婦に徹する理由
vol.17:嫁が寝るまで、帰りたくない。朝4時までTSUTAYAで過ごす夫
vol.18:駐妻フィーバー!異国で夫を支える妻が知った、イケナイ蜜の味
vol.19:“昼顔”でも“あなそれ”でもない。完璧な幸せに、自らヒビを入れる妻の狂気