2017年、東京での“当たり前”な出会い方。

それはお食事会でも“友人の紹介”でもなく、デーティングアプリだ。

しかしオンライン上での出会いに、抵抗感を示す人は未だ少なくない。今まで難なく自分の生活圏内で恋人を探してきた男女なら、尚更のことだ。

商社で秘書として働く、桃香(30)もその内の一人。

―デーティングアプリって流行っているみたいだけど、私には必要ないわ。

そう思っていたある日のこと、憧れの先輩・奈緒が「いいね!」していた「東カレデート」をダウンロードする。そこで気になる彼・雅史とメッセージのやり取りをしながら、以前食事会で出会った明人との仲を深めるが、ある事実を知ってしまう。



「桃香ちゃん、大丈夫?」

スマートフォンを気にする桃香に、明夫が優しく問いかける。

その通知は、「東カレデート」で知り合った雅史からのメッセージ受信を告げるものだった。おそらく来週約束している食事の件だろうが、明夫と一緒にいる今、それを見るわけにもいかない。

「うん、大丈夫」

そう言いながらも、心の中では気になって仕方なかった。

「桃香ちゃんは、モテそうだよね。初めて会った時も、びっくりしたもんなぁ。やっぱり大手商社の秘書をやるような子は違うな、って」

明夫の口調が少し拗ねたように聞こえるのは、気のせいだろうか。彼は酔っているのか、前回会ったときよりも饒舌だった。

「桃香ちゃん、あのさ…」

テーブルで盛り上がっている聡子たちをちらりと見ながら、桃香の耳元に口を寄せてくる。

―この人、真面目な会計士のフリして……。実はかなりの遊び人!?

無表情を装いながらも、内心はドキドキだった。「ギャップ」というのは、一番恋につながりやすい。しかし明夫がささやいた言葉は、桃香の予想を覆すものだった。

「実は、聡子ちゃんのことが気になっていて。今、彼氏いないんだよね?」


予想外の言葉。そしてさらなる事実が桃香を追いつめる!?

「……うん。いないはずだけど」

桃香はそう声を振り絞り、飲みかけだったワインを口に含んだ。

「そっか。良かった」

明夫は心から安心した口調でそう言い、何とも言えぬ気持ちになった。



「今日は楽しかったわね」

帰りがけにタクシーに乗り込むと、聡子は満足げに言った。たしかに夏空の下でのバーベキューは開放的な気分になって楽しかったが、明夫の最後の一言で、ウキウキしていた気持ちは一気に吹っ飛んだ。

「桃香、明夫君といい感じだったじゃない」

「やめてよ、彼は聡子狙いでしょ」

桃香は少し語気を強めて言ったが、聡子はそれには取り合わない。

「あーあ…。それにしても、いい出会いって本当ないわね。ねぇ、今度外銀の人と飲むんだけど、桃香も来てくれる?」

「外銀の人と食事会?そうねぇ……」

最近の食事会では、20代半ばで出会った人と偶然また一緒になることが多い。こうやって、いつまで出会いを求め続けるのだろうか。

しかしそれに構わず、聡子はこう続けた。

「亜美も誘ってみようかしら。4対4なのよね」

聡子はそう言って、亜美にLINEした。

「亜美、NGだって。……え!?」

すぐに来た返信を見て、聡子はひどく驚いている。どうしたの、と聞くとスマートフォンの画面を差し出してきた。

―実は結婚することになったの♡だから食事会は行けなくて。ごめんね!また改めて報告するね!

亜美の彼はペアーズで知り合った弁護士で、付き合ってまだ半年しか経っていないはずだ。最初から「結婚前提で付き合っている」と言っていたが、まさかこんなに早いとは思わなかった。

「亜美、早くない?」

聡子も同じ感想だったようだ。その後、二人は無言のまま家路に着いた。

一緒に食事会に繰り出していたメンバーが、次のステップに着実に進んでいる。

―まさか結婚するなんて、思わなかった。

翌週末は、雅史とのデートがある。亜美の話を聞いて、もしかしたら自分もアプリで出会った人と結婚するのかもしれない、と思うと不思議な気持ちだった。


「東カレデート」で知り合った2人目・雅史とのデート


雅史とは、ミッドタウンの『ニルヴァーナ ニューヨーク』でランチの約束をしていた。この店のスパイスの効いたサラダを、シャンパンとともに食べるのが雅史は好きらしい。

雅史と亜美は、共通点が多かった。会社は違うが二人とも商社勤務で、生まれも育ちも東京。「東カレデート」のメッセージからLINEに移行した後、やり取りは自然と盛り上がった。

しかしこの間の秀一のように、「会ったらがっかり」ということも考えられなくはない。無駄な期待はしないようにと言い聞かせながら、店に向かった。


盛り上がったLINE。実際に会った雅史の印象は?

予約の名前を告げると、すでに雅史は店に着いていた。

「桃香さん?」

麻の白シャツにハーフパンツというカジュアルな装いの雅史は、写真で見るより数倍格好良かった。雅史もそれは同じようだったようで、会った瞬間、素直な調子でこう言った。

「いやぁ、こんな綺麗な人にお会いできるなんて、驚きました」

初対面の女性にも物怖じしない自信に満ちた態度、シンプルだけどセンスの良い私服。桃香の勤める商社にもよくいるタイプで、初めて会った気がしない。

シャンパンで乾杯し料理が運ばれると、そこからお互いを探る会話が始まった。しかし、思いがけず会話は弾まない。「共通点探し」を、LINEで済ませてしまったからだろうか。それでも何とか盛り上げようと努力するが、二人の会話は少しずつずれていく。

雅史が好きだというテニスの話を、桃香は全く分からない。逆に旅行好きな桃香がする話に、雅史はあまり興味がなさそうだ。無言を回避するかのように埋められていく言葉の数々が、どんどん上滑りしていくのを感じた。

―いい人なのに、何でだろう……?

そして食事が終わり、「お茶でも」と雅史が誘ってくれたので、気を取り直して近くのカフェを何軒か巡った。しかし不運なことに、どこも満席だった。店を探している途中、徐々にお互い無言になっていく。

夏の昼下がり、この間買ったばかりの白いブラウスが汗で湿っていくのを感じた。気合いを入れて履いてきた9センチのピンヒールで歩くのも、そろそろ限界だ。桃香は、勇気を振り絞って言った。



「今日は、やめとく?」

そう提案すると、雅史も少しほっとしたように、「残念だけど、そうしようか」と同意した。

足が限界だったので、青山通りでタクシーを拾った。

「桃香ちゃん、今日はありがとう」

タクシーに乗る間際、雅史はそう言って微笑んだ。「ありがとう」のあとに続く言葉はない。

もう会うことはないだろうと、お互い感じているのだろう。何らかのつながりがあったらお世辞でも「またね」というが、彼とはそういう関係でもない。もう会わないと決めた以上、それは言ってはいけない言葉のような気がした。

「こちらこそ、ありがとう」

桃香はそれだけ言って、タクシーに乗った。



―共通点が多ければいいってことでもないわね……。

奇妙なことに、残念な気持ちよりさっぱりした気分のほうが勝っていた。アプリで出会うことに抵抗がなくなってきたのだろうか。会ってみて駄目だったら後腐れなく別れられる、というのは悪くない。

「色んな人とデートできるから楽しいわよ」と言っていた亜美の言葉を思い出す。

―せっかくだから、「東カレデート」でしか会えない人と、デートしてみよう。

外堀通りを走るタクシーに乗りながら、桃香はそんなことを考えていた。

▶NEXT:7月26日水曜日更新
最終回。アプリでの出会いに慣れてきた桃香の選択とは?