男性から食事に誘われたら、必ずこう答える女がいる。

「メニューによります」

男をレストラン偏差値で査定する、高飛車美女ひな子が、中途半端なレストランに赴くことは決してない。

彼女に選ばれし男たちは、高飛車に肥えた彼女の舌を唸らせるべく、東京中の美食をめぐり、試行錯誤を繰り返す。

最近は『Naveno-Ism』、『茶禅華』、『アピシウス』を訪問し、強気な商社マン・慎太郎との『銀座しのはら』デートに赴いたが...?



「ねぇ、僕と付き合ってよ。後悔はさせないから」

慎太郎は、揺るぎない自信を瞳に滲ませながら、まっすぐにひな子を見つめる。

『銀座しのはら』の料理に夢中で、これまでほとんど彼の顔を直視していなかったが、キリっとした眉に少し濃いめの整った顔立ちは、歌舞伎役者を思わせるような鋭さがある。

―あ...よく見ると、わりとキレイな顔...。

慎太郎はたかが2つ年上のサラリーマンということで、何となく斜め目線でしか評価していなかったが、少なくとも男気は感じられる気がした。

まだ知り合って間もない同年代の男に、これほどストレートに口説かれることもそうそうない。

ひな子はしばし気後れして言葉を失っていたが、慎太郎に手を握られていることに気づき、ハッとした。

「ちょっと、軽々しく触らないでよっ」

思い切り手を振り払ってやると、彼はニヤリと挑発的に笑う。

「これはこれは、失礼しました」

―食えない男...。

ひな子はこの慎太郎という男に、不本意にも心を搔き乱されていた。


慎太郎に心ザワつくひな子。しかし、突如訪れた念願の誘いとは...?!

しつこい商社マンに苛立つ女に訪れた、“初恋の君”の誘い


―何なのよ何なのよ、あの馴れ馴れしい男は...!

『銀座しのはら』での食事から数日経過しても、ひな子の心情はまだザワついていた。

ひな子を前にすると、大概の男たちは、その美貌と強気な態度に怯む。

だがあの男には、そんないつものスタンスなどお構いナシに、自分の不可侵領域に無遠慮にズカズカと踏み込まれたような気がするのだ。

慶子の情報によると、慎太郎は商社で働いているが、親はかなりの規模の輸入業を営んでいるとかで、ゆくゆくは経営者になると言っていた。

しかし、ひな子はもともと「ボンボン」という人種がそれほど好きではない。

親の威光で調子に乗っている男より、自分自身で道を切り開き、その力量で金を稼ぐ男の方がどう考えても魅力的であるからだ。

それにしても。

慎太郎はもはや、恋人きどりと言えるほど、夜中に「起きてる?」「今日も疲れたー」「はやく会いたい」なんてLINEを、ひな子の返信の有無にかかわらず送り続けていた。

ハッキリと言えることはただ一つ、彼は相当に遊び慣れた男に違いないということだ。

でなければ、これほど無謀にひな子にアプローチできるワケがない。慶子は「意外に真面目なのよ」などと言っていたが、きっと騙されているに決まっている。

―こんな男に、乗せられてたまるもんですか。

なかばムキになりながら、慎太郎のLINEトークラインを非表示にした。



そしてちょうどそのとき、意外な人物からの新着メッセージが届き、ひな子の頭は一瞬まっ白になった。

―ひなちゃん、元気ですかー

シンプルな文面から漂う、“あの彼”の飄々とした独特の空気感。

その相手は、ひな子に媚びることも、崇めることも、口説くこともしない唯一の男、裕太だった。

裕太は同い年で、去年まで外資系コンサルティングファームに勤めていた、もはやオタクと言えるほどグルメで、レストラン偏差値が異様に高い男だ。

“ひな子の初恋の君”と親友の慶子はよくからかうが、実際に裕太といるときは妙に緊張して大人しくなってしまい、ペースを乱されることも多かった。

だが、他のデート相手たちと比べても、彼と共にする食事の時間はたしかに充実していて、いつも以上に料理を美味しく堪能できていたのだ。

そして、何の前触れもなく突然香港の投資ファンドに転職すると言って東京を去ってしまった裕太だったが、どうやら東京出張が決まり一時帰国するという。

―仕事や会食が立て込んでいて、夜は1日しか空きがないのだけど、よかったらディナーでもどうかな。メニューはもちろん任せてね^^―

裕太のメッセージを目にした途端、ひな子の胸には甘酸っぱい思いがじんわりと広がった。


食のセンスが光る“初恋の君”。指定されたレストランは...?

センスが光る、“初恋の君”のレストラン選定


裕太から指定されたのは、内幸町の『トロワフレーシュ』だった。東京でも有数の高級ステーキの店だ。

最近流行りの新店の情報もさることながら、王道のレストランもまんべんなく網羅する裕太は、やはり食のセンスが感じられる。

ひな子がいつになく緊張しながら店に到着すると、ゆったりと広めのテーブル席には、すでに懐かしい裕太の姿があった。



「ひなちゃん、久しぶり!」

以前と変わらず、屈託なく微笑む裕太を前にすると、ひな子はやはり胸が締めつけられてしまう。もはや息苦しさすら感じるくらいだ。

「ひ、ひさしぶり...」

「ひなちゃん、今日のお洋服、夏らしくて可愛いね」

今日のひな子は、シフォン素材のシンプルな水色のワンピースにフェラガモのパンプスを合わせていた。今朝はこの服に決めるのに時間がかかり過ぎて、会社を遅刻しそうになったなんて口が裂けても言えない。

緊張で顔が強張りながらも、ひな子はそっとスーツ姿の裕太を観察する。

ゆるふわな口調や表情は変わっていないが、少し肌の色が浅黒くなり、痩せて大人っぽくなった気がした。

もともと20代の若者にしては物怖じするタイプではないが、さらに堂々とした男らしい風格を身につけたようにも思える。

「せっかくだから、久しぶりの本場の和牛ステーキをしっかり味わいたいな。前菜は少しずつ、軽めに用意してもらっても大丈夫かな?」

「うん、お任せするわ...」

さっそく運ばれた三歳処女牛の黒毛和牛サーロインとヒレ、短角牛サーロインなどの肉塊を前に、スマートに注文を済ませる裕太の横顔。ひな子はそれを、つい見惚れるように眺めてしまう。

『トロワフレーシュ』は、名物のステーキだけでなく、旬の食材を使った前菜も大いに魅力的だった。

イタリア産の赤肉メロンを使用した生ハムメロンに、北海道産毛ガニのカクテル。見た目も美しく本格的な味わいの前菜たちは、女心を絶妙に刺激する。

そして、とうとうひな子の前に、楽しみにしていた黒毛和牛のサーロインが運ばれた。



「火入れ具合が最高だわ...」

表面をカリッと焼き込まれた芳ばしい香りのサーロインは、舌にのせると驚くほど柔らかで、噛みしめると肉汁がふわりとほとばしる。

続くヒレも、遠火で柔らかく火を入れられており、しっとりとクセのない、赤身肉らしい上品で繊細な味わいは感動的だった。



「ひなちゃんと食事ができて、嬉しかったな」

「裕太くんに次に会えるのは、いつだろう...」

ひな子はそう言ってしまってから、あまりに無防備なセリフだったとひどく焦る。しかし、裕太はそんな自分に優し気な笑顔を向けて言った。

「帰って来るときは、必ず連絡するよ」

―私、やっぱりこの人が好きなんだわ...。

素直に溢れた恋心に、理由や理屈は一切なかった。


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裕太への恋心を自覚したひな子。しかし、超予約困難の“あの鮨”に誘いは断れない...?!