外資系ラグジュアリーホテルの広報という彼女とは、取引先から誘われたゴルフで知り合った。プライドは高そうだが、眉を下げて笑った時の柔らかい雰囲気に、すぐ魅了されてしまった。

広報担当というだけあって空気の読み方は秀逸で、聞き時・話し時を完璧にわきまえている。一つ一つの所作にも、知性だけでなく女性らしさもが滲み出ている。


あくまでも次の仕事へ繋げる為の接待ゴルフだ。ひたすら取引先の相手をおだてて、気持ちよくする事だけに専念する。そんな自分を冷ややかに見つめる彼女の目が悔しくてたまらない。

帰り際、「次は2人で。」と誘ったのは、どうしても名誉挽回しなければと、男のプライドが許さなかったからなのだ。

「お酒はワインが得意です。」と言った彼女を思い返して頭に浮かんだ店は、品川にある『Aroma Classico(アロマクラシコ)』だ。銀座一丁目の現代的イタリアンの店『Aroma Fresca(アロマフレスカ)』の系列であるこの店は、フレスカの対極であるクラシカルなイタリア料理を提供してくれる。

日を改めてデキるところを見せようと、リベンジの夜に向けて気合いが入るのだった。


オフィスが多く、デートエリアのイメージが薄い品川を、敢えて選んだのにも理由がある。港区や銀座などいかにも狙い過ぎた場所だと、硬派な彼女は警戒して喜ばないだろうと想像出来たからだ。

約束の20時ぴったりに店に入ると、すでに彼女は席に通されていた。すきっと背中を伸ばして待つ姿が、彼女らしくて素敵だ。

「オフィス街の真ん中に、こんなスタイリッシュなお店があるなんて知りませんでした。」ゴルフの時よりも、少し和らいだ表情の彼女にほっとする。


今夜は、『Aroma Classico』の名物スペシャリティを含め、あらかじめ注文に目星をつけておいた。ワインに詳しい彼女のために、一皿ごとにぴったりのワインを持ってきてほしい、とも伝えてある。

一皿目は、「あか牛の炙り サラダ仕立て」。程よい薄さの赤身肉は、噛み締めるたび肉の旨味が染み出るようだ。片面を炙っているので、食欲をそそる香りが口に広がる。


続いて注文したのはボリュームたっぷりの「バーニャカウダ 青森産無農薬ニンニクで」。紅芯大根やアンディーブなどの珍しい野菜は、彩り豊かで華やかだ。

白ワインと合わせて2人でシェアすれば、野菜の瑞々しさが、オフィス街の蒸し暑さを忘れさせてくれる。

仕事の話が対等に出来る彼女との食事は、想像以上に心地よくて楽しかった。相手のグラスが空きかけるベストタイミングで、次の一杯をと手をあげる。

「いつもこんな完璧なエスコートをするんですか?」彼女からのプライベートの話題に心踊るも、「もちろん、相手によりますよ」とさらりと交わしておいた。賢そうな彼女の目がじっとこちらを見るので、内心どぎまぎしてしまう。


そして彼女も思わず感嘆のため息をついて笑顔になったのは、この店の名物スペシャリティ「処女牛のビステッカ」。

牛の銘柄は限定せず、ベストな状態を仕入れる霜降りサーロインは、じっくりと時間を掛けた丁寧な火入れによって、まるでレア肉のように艶やかだ。

「すごくタイプです。」
色っぽく赤ワインを飲む彼女の一言に、一瞬驚いたが、どうやらこの店に対して向けられたものらしい。そうはいっても、ゴルフの時とは異なる彼女からのまなざしに、名誉回復もあと少しだと気合いを入れ直す。


ワインが進み、彼女の口から出た言葉は……

最後の一皿に注文していたのは、「雲丹と茄子のスパゲティ」。パスタとリゾットのラインナップが豊富なこの店だが、オープン当初からファンの多いのがこのパスタだという。

とろりとした茄子のソースにはスパゲティが良く絡み、ふんだんに盛られた北海道の生雲丹のおかげで、とても贅沢な気持ちになっていく。雲丹の風味に、〆の一杯で用意していたシャンパンがピッタリ合う。

彼女の口から「はぁ、幸せ……」という言葉が漏れた。この組み合わせも彼女の“タイプ”なはずだと、確信があったのだ。

デザートワインを注文しようか、もう一軒バーへ向かおうか…随分葛藤したものの、スマートな彼女とは別れ際もスマートに、と思い直した。


店を後にし、彼女を送るタクシーを止めようと通りに立つと、決して隙を見せなかった彼女が、少し恥ずかしそうに「また会えますか」と呟いた。

思いがけない言葉にドキッとしたのはもちろんだが、ひとまずのリベンジ成功に、ほっと胸をなでおろすのだった。

ガードが固めな女性の心を揺さぶりたい夜は、甘過ぎない街で、あえて押しすぎず、エスコートに徹するのがおすすめだ。