出世したい―。

サラリーマンである以上、組織の上層部を狙うのは当然のこと。

だが、仕事で結果をだすことと、出世することは、イコールではない。

そんな理不尽がまかり通るのが、この世の中だ。

出世競争に翻弄される、大手出版社同期の2人。

果たして、サラリーマンとして恵まれているのは、どちらだろうか。


秋吉直樹(34歳)は同期の武田壮介から引き継ぎ、作家・西内ほのかを担当することになった。最初は不服だったが出世のためと割り切り、仕事に打ちこもうと決めた。



「想像以上の結婚式だったわ」

直樹と並んで歩くよう子が、ため息をつきながらしみじみ言った。

「そうだな。でもあれは派手すぎだろ」

つい15分前まで続いていた披露宴を思い出しながら、直樹も小さく言った。

今日は武田の結婚式だった。

会場は帝国ホテルで、参列者は400人近かった。友達の多い武田らしい結婚式だが、内容もまた、武田らしいものだった。

司会を務めたのは、民法キー局の男性アナウンサーだ。ゴールデンタイムの、番組と番組の間に挟まれる5分程度のニュース番組でニュースを読んでいるアナウンサーで、直樹も顔はなんとなく知っている男だった。

大して有名でないとはいえプロであり、普通の結婚式ではオファーできないような人物だ。

そんな人物が司会をしてくれたのは、ほかでもない石原部長の計らいだ。


強気の直樹が、コンプレックスを吐露する。

石原部長がそのアナウンサーを呼んだ経緯を詳しくは知らないが、どうやら部長もそのアナウンサーも小学校から大学まで同じ有名私立に通っていたらしい。

世代は違うが同じラグビー部に所属していたため、OB会などで顔見知りだったようだ。

さらに部長の幼馴染がテレビ局のそこそこの地位にいるらしく、そこからの口ききもあったのだろう。

武田を可愛がっている有名作家も数名来ており、祝いの言葉を述べていた。

「今までに行った結婚式の中で一番盛大で一番豪華な顔ぶれだったわ」

よう子がまた、「はぁ」とため息をつきながら言った。



「ここね、ずっと来てみたかったのよ」

帝国ホテルから銀座まで歩き、訪れたのは銀座プレイスにある『ラモ フルータス カフェ』。

豪華な食事を堪能した後で、さっぱりしたものが欲しくなったらしい。旬のフルーツを味わえるこの店に行こうと、よう子に誘われたのだ。

運良く座れた、銀座4丁目交差点を見下ろせる席。通りには、着飾った女性たちや、大きなスーツケースを引きずる旅行者たちがあふれている。

「直樹も2次会行こうよ」

2時間後に開かれる2次会。よう子は行くらしいが、直樹はもちろん欠席だ。

「なあ、石原部長って、社長になると思う?」

よう子の誘いには返事もせず、唐突に聞いてみた。

「何よ、突然。まだわからないけど、有力候補の一人には入ってるってみんな言ってるわよね」

「……だよなぁ」

石原部長が出世すれば、自動的に武田も出世していくだろう。それが直樹には、なんとも面白くない。

「俺さ、この前“辞表の書き方”でググっちゃった」

自嘲気味に言うと、よう子に驚いた顔をされた。

「でもさ、よう子知ってた?辞表って、公務員か企業の役職に就いてる人が書くものらしいぞ。俺たちの場合は退職願とか、退職届なんだって」

「え、そんなこと常識でしょう?直樹って小難しいことばっかり知ってて、常識的なことを知らないよね、たまに」

今度は呆れ顔で言われてしまった。

「で、まさか辞めないわよね?」

真顔で聞かれ、直樹は無言で頷いた。

転職や独立をまったく考えないわけではないが、やはり今の会社で頑張り、出世したいという思いは強い。

だが、最近は考えるようになってしまった。

やはり大人数の中から頭ひとつ飛び抜けるには、武田にとっての石原部長のような、フックアップしてくれる存在が必要なのかもしれない、と。

だが直樹は、自分が人から好かれるようなタイプでないことも自覚している。

時々、誰からも好かれる武田のような男が、無性に羨ましくなる。

男女問わず、年上からも年下からも慕われるような男。

例えば、直樹と武田が同じことを言ったとしても、武田の場合は好意的に取られたり、許してもらえたりするだろう。

だが直樹の場合は、人を苛立たせたり、裏があるのではと勘繰られたりするのだ。

人から好かれるのは、ひとつの才能だと直樹は思っている。

自分のような人間は、人から好かれようと媚びを売れば、余計に嫌われ馬鹿にされると、これまでの人生で学んだのだ。

だから直樹は、人から好かれることを早々に諦めた。

生まれつき運動神経がない人間は、どんなに頑張っても運動神経の良い人間より早く走ることはできない。

「ちょっと、何怖い顔してぼーっとしてるのよ」

よう子に言われて我に返った直樹は「いや、別に」と言葉を濁した。


武田と2人で飲むことになり、意外な言葉を告げられることに…!

武田の結婚式から2週間後、空腹に耐えられなくなった直樹は22時過ぎに会社をでて、ある店へ向かった。

よう子ともよく一緒に行く『十六公厘』だ。



冷えた生ビールとシュウマイで空腹を満たして帰ろうと思い、店に入った。すると、遠くから「秋吉」と名前を呼ばれた。

声の方に目をやると、武田がいた。

一人でビール片手にシュウマイをつついていたのだ。

「秋吉じゃないか。こっちに来いよ」

直樹はあからさまに嫌な顔をしたが、武田を無視して遠くの席に行くほど大人げないわけではない。

「おう。何で新婚が一人で飯食ってるんだよ」

そう言いながら、カウンターにいた武田の隣に座った。

「そうだ、結婚式ありがとな。だいたい毎日会食とか入ってるから、平日の夕飯作らなくていいって言ってるんだ。で、今日はたまたま会食がないから、一人で食べて帰ろうかと思って」

武田は、すでに相当飲んでいるようだ。少し顔が赤くなり、喋り方もいつもと違う。

直樹にもビールがくると、乾杯した。

こうして武田と2人きりで飲むのは、もしかしたら初めてかもしれない。

結婚式や新婚旅行の話を聞いたあとは、武田から引き継いだ作家・西内ほのかの話へと自然と移った。

「秋吉。お前、西内先生にあんまり失礼なこと言うなよ」

半分目が座りかけた武田に、睨むように言われた。どうやら直樹が思っている以上に、武田は酔っているようだ。

―面倒臭えな……。

そう思い、もう1杯ビールを飲んだら先に出ようと決めた。

直樹からは話も振らず、黙々と食べ進めた。さっきまで饒舌に喋っていた武田も、急に大人しくなった。

新たに注文したビールの3分の2を飲んだ頃、黙っていた武田が急にぽつりと言葉を出した。

「俺はな……死ぬほどお前が羨ましいよ」

思いがけない言葉に、直樹のビールを飲む手が止まった。

「は?何言ってるんだよ」

「だから、お前は人としてはダメだけど、それでも俺はお前が、死ぬほど羨ましく思える時があるんだよ」

目が座った顔のまま、武田はもう一度同じ言葉を言うのだった。


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武田が漏らした言葉の真意とは?