「結婚=ゴール」なんて考えは、古すぎる。

東京の恋愛市場は、結婚相手を探す女で溢れかえっているが、結婚はゴールではない。そんなものは、幻想だ。

吾郎、34歳。長身イケメン、東大卒、超エリートの企業法務弁護士。

吾郎いわく、結婚をM&Aに例えるならば、M&A実施の調印式=結婚式であり、PMI(買収実施後経営統合)=結婚後の生活となる。東京婚活市場において、PMI軽視の風潮は非常に強い。

とか言いながら、ちゃっかり英里と結婚した吾郎。しかし、彼のアンチ結婚主義は変わらないようだ。

引き続き、既婚者たちの結婚生活を、彼独自の目線で観察していこう。



吾郎は昔から、「親バカ」という人種がとことん嫌いだった。

そもそも「子どもが欲しい」なんて願望も皆無であるし、ただ小さいだけで何を考えているか分からぬ人間を可愛いと思うこともほとんどなく、むしろ恐い。

自分が既婚となってからは、「いつかは覚悟しなければならぬかもしれん」なんて薄っすらと思い始めたものの、やはりまだ抵抗は拭えない。

そんな吾郎に対して、「子どもはイイ」と唯一神のように我が子を称えたり、頼んでもいないのにスマホで写真を披露したりする親たちは、とにかく苦手である。

「人は、親になって初めて一人前の人間になるのよ」

なんてエラそうに語り始めた専業主婦の女友達には、異論を唱えて激しい口論となり、泣かせてしまったことすらある。

だが、吾郎は本気で理解不能なのだ。

子どもを持つことで優越感にひたり、それを正義のように振りかざし、他人に押し付けようとする親たちが。


息子が産まれたばかりの男友達。その意外な反応は...?

いかにも“イクメン”ぶりそうな自分大好き男の、意外な反応


そんな経緯もあって、吾郎は健一から「久しぶりに飲もう」と連絡を受けたときは、気が進まなかった。

彼は同い年で、社会人になってからの遊び仲間だ。

某外資系メーカーのマーケターを務めている、おちゃらけた面白い男であったが、結婚5年目にして嫁から猛烈なプレッシャーを受けたらしく、半年ほど前に父親となった。

健一はもともとお喋りで騒がしく、我の強いところがある。要は“自分大好き男”で、いかにも“イクメン”ぶりそうな奴なのだ。

そんな奴だから、きっと会えばウンザリするほど子どもの自慢話をされるに違いないと、吾郎は覚悟していた。



指定された広尾の『七鳥目』に赴くと、健一はすでにカウンター席についており、一人ビールを煽っていた。

去年の秋にオープンしたばかりという焼鳥店は、落ち着いた日本料理屋のような佇まいで、かつ、適度なカジュアルさと品がある。子持ち男のチョイスとしては、なかなかセンスが良い。

「よう、吾郎。久しぶり。結婚おめでとう!」

健一に満面の笑みで迎えられ、吾郎は「お?」と目を見張る。

彼はもともと少しぽっちゃりしたガタイの大きな豪快な男であったが、顔回りの脂肪がとれ、すっきりとしていた。さらに身体にチラと目を向けると、以前よりかなり引き締まっている。

シャープになったクセのない醤油顔は意外に整っており、イイ男風味を醸し出している。

「おう。お前のとこも出産おめでとう。てか、痩せたか?」

「ああ、最近マメにジムに通って、ダイエットしてるんだよ」

男も30歳半ばになると、急にブクブクと太り、オヤジ臭く老ける奴が多い。

そんな中、健一の若返ったような精悍さに吾郎は小さな感動を覚える。ストイックな男は嫌いじゃない。ましてや、彼は父親になったばかりなのだ。

「どうよ、結婚生活は?お前みたいなヒネくれ者が結婚するなんてなぁ。奥さん、よっぽどデキた人なんだろうな」

健一はからかうように毒づくが、爽やかな笑顔と口調に嫌味は感じない。

吾郎はこの友人にさほど変化がないことに内心ホッとしながら、じっくりと火を入れられ、旨みの詰まった香ばしい焼鳥を味わう。

「まぁ、俺は意外と順調だ。お前こそ、どうだ?父親になった気分は?」

子どもの話題は苦手ではあるが、吾郎も一応大人である。意を決して近況を尋ねると、意外な答えが返ってきた。

「まぁ...赤ん坊は可愛いよ。男の子なんだけどさ、俺、どちらかと言えば息子が欲しかったし...」

健一は急に歯切れが悪くなったように、ボソボソと呟く。

「でもさ...、一つ明確に気づいたことがあるんだよな。俺は、子どもが産まれたからって何一つ変わらないし、むしろ、俺の人生は“子どもがすべて”には成り得ないって、痛烈に実感したよ」


“子どもがすべて”と思えないのは、無責任発言...?

“父親”を言い訳に、“男”を妥協したくない


「こういう言い方って、誤解を招きそうだし、無責任に聞こえるかもしれないけどさ...」

親バカの道を進むと思われた友人の想定外の反応は、吾郎の好奇心をたっぷりと刺激してくれる。

健一は酒で赤らんだ顔を微妙に歪め、自分の心情をうまく表現できる言葉を探しているようだ。

「なんつーの、たしかに子どもは可愛いんだよ。小さいし、フニャフニャ柔らかいし、俺に似てる気もするし、それなりの感動はあるよ。

でもさ、ホラ、よくドラマとかで観る“俺はもう、この子に人生を捧げる!”みたいな大袈裟な歓喜はなかったね」

「ほう...」

健一いわく、子どもが産まれる前は、むしろ今よりテンションが高かったらしい。

彼のようなお祭り好き男にとって“父親になる”というのは人生の一大イベントであり、ドラマで言えば最大の見せ場のように思っていた。

流行りの“イクメン”を気取るべく、ベビーカーや子ども服の買い物にも拘り、オムツ替えや入浴の練習までした。

これまで散々仕事や遊びに精を出し、それなりに成果を出して来たのだから、次のステージで精力をを注ぐべきは“子育て”である。そう信じていた。



しかし健一は、待望の赤ん坊をその腕に抱いているとき、ふと思ったそうだ。

「なんか...自分の息子とはいえ、所詮は別の人間だって気づいちゃったんだよ。俺は俺、子どもは子ども。みたいな。こんなこと、腹を痛めた嫁に言ったら殺されると思ったけど...」

子どもには、これまで感じたことのない深い愛情も湧いた。それは間違いなく“父親の歓び”的な温かさをもたらしたが、しかし、それ以上でも、それ以下でもない。

「俺、たぶん人生に疲れてたんだ。仕事は楽しいけど、自分よりデキる奴はいくらでもいるし、ああ、俺レベルだとこの辺が限界だ。そろそろ父親になって、しっぽり落ち着いた人生送るのもいいなぁなんて」

しかし健一は、子どもと自分の人生が一体ではないと実感し、父親となったことで、むしろ“一人の男”としての自分を強く意識するようになった。

“親”であることを理由に、何かを妥協するような男にはなりたくない。

良き父親にフォーカスしたところで、それだけでは自分の人生は満たされない。子育てに手を抜くつもりではないが、仕事にだって、これまで以上に手は抜けないのだ。

「でも驚いたのが、あれだけ子どもを欲しがってた嫁が、同じこと言ったんだよ。“この子は大切だけど、人生のすべてだとは思えない。はやく仕事に戻りたい”って...。夫婦って、不思議だよな」

この話は、吾郎にとって非常に感慨深いものであった。

子どもを持つのが素晴らしいだろうことは、偏屈な吾郎にもそれなりに理解できる。

しかし現代の東京において、子どもが産まれたからといって、必ずしも“父親”や“母親”に徹する必要もないのだろう。

「こんな話は反感買いそうで、吾郎くらいにしかできないけどな」

「いや、お前はカッコイイ父親だよ。子どもも悪くないって、初めて思ったよ」

お世辞ではなく、本心だった。考え方は家庭それぞれ自由であるが、少なくとも吾郎にとっては、希望のある話であった。

―Fin.

【これまでの結婚ゴールの真実】
vol.1:小遣いより高い保険料と毎月増えるルブタン...ポンコツ嫁に怯える夫
vol.2:夢のタワマン移住が裏目に...?豊洲カーストが生んだ、ボス猿嫁の実態
vol.3:妻への生活費を渋る商社マン。駐妻が直面した、ケチ夫の貧困恐怖
vol.4:妻の過去という「パンドラの箱」。知らぬが仏、女の裏の顔は...
vol.5:愛され妻の秘密。結婚願望ゼロ男を落とすため、プレゼン資料まで作る女
vol.6:月40万円でも足りない生活費。見栄っ張りな元モデル外銀妻の実態
vol.7:ルンバより低い、夫の家庭内カースト身分。自虐男の賢きサバイバル
vol.8:吐き気がするほど夫が嫌い?「旦那ツワリ」に巻き込まれた男の苦悩
vol.9:年収1千万の夫から貰う生活費はたったの7万円...?専業主婦は遠い夢
vol.10:「家事は女の仕事」温厚な会計士の意外な一面。我慢ならぬ妻は…
vol.11:「内助の功」破れたり。ワンマン経営者が妻を見限った、些細な事件
vol.12:酒に月30万?日本の悪習「飲みにケーション」が、家計を圧迫
vol.13:「商社マンじゃ勝てない...」夫のスペックで戦うマウンティング妻
vol.14:番外編:アンチ結婚主義者・吾郎がプロポーズを決断した、ある理由
vol.15:あえての“別居婚”で掴んだ幸せ。子連れ再婚を果たした、39歳の女
vol.16:DINKSはもう古い?エリート女が専業主婦に徹する理由
vol.17:嫁が寝るまで、帰りたくない。朝4時までTSUTAYAで過ごす夫
vol.18:駐妻フィーバー!異国で夫を支える妻が知った、イケナイ蜜の味
vol.19:“昼顔”でも“あなそれ”でもない。完璧な幸せに、自らヒビを入れる妻の狂気
vol.20:「“クビ”になった」と妻に言えない。栄光を失った外銀夫の虚しい逃げ道