それもまた1つのLOVE。

愛してるとは違うけど、愛していないとも言えない。

あなたの身にも、覚えはないだろうか…?

女性誌でライターをしている奈々は、高校時代に淡い恋心を抱いていた翔平と渋谷で再会。しかし彼はInstagramで華やかな私生活を公開する美女・衣笠美玲と特別な関係にあることを知り心乱される。

翔平に誘われるまま一線を超えた奈々は、ステディな彼・優一と別れ翔平にハマっていくが、彼の無責任さにようやく気づき、優一の元に戻ることを決意する。



優しさは、強さ


「久しぶり」

先に来ていた優一がそう言って笑いかけてくれたとき、奈々は凝り固まっていた筋肉が緩むように、じんわりと心が温まるのを感じた。

優一は、再会の場所に『鋳物焼肉3136』を指定した。

昔から優一とのデートは焼肉ばかりで「色気がない」と不満に思っていたりもしたが、『鋳物焼肉3136』は一席ごとにパーテーションで仕切られ、モダンな内装がおしゃれなお店。

優一なりに気を使ったのだろうと思うと、そんな彼を愛しく感じる。

「奈々、ちょっと痩せたんじゃない?」

そんなことを言って、優一はまるで父親のように奈々の皿に次々肉を盛ってくれる。

彼の前で奈々は、何一つ無理をする必要がない。

しかしありのまま存在すれば良いという安心感は生ぬるくて、浸かっている時にはその幸せに気づけなかった。

「私、やっぱり優一がいなきゃダメ...」

小さく呟いた言葉に、優一は答えてくれなかった。

こっそり彼の表情を伺うと、唇を噛み、無理やり笑顔を保っているように見えて、奈々はそれ以上の言葉を紡げなくなってしまった。

彼の痛みに、心を抉られた気がして。

「本当にごめんなさい...」

優一は、いつも優しい。穏やかで、感情をぶつけたりしない。そんな彼を凡庸だと思っていた自分がいかに馬鹿だったかを、今になって思い知る。

優しさは強さであり、寛容は愛なのだ。

「もう、いいよ」

彼はそう言ったが、過去の過ちが消えることはない。

それでも再び自分を受け入れようとする優一の存在を、奈々は心底ありがたく思った。

彼を、絶対に裏切ってはいけない。今度こそ、もう二度と。


優一の元に戻った奈々。二人はついに、結婚へ。

女は愛されて強くなる


−半年後−

−健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか−

「はい、誓います」

『表参道テラス』内ガラス張りのチャペル。頭上から注ぐ光に包まれて、桜井奈々は今日、西嶋優一の妻となった。

今日この日を迎えるまで、世のカップルの大半がそうであるように、結婚式というセレモニーに対する熱量の違いから優一に対して不満が募ったこともあった。

「この結婚はやめた方が良いのでは」などと大げさに思いつめた夜もあった。

しかし優一の誓いの言葉はそんな不安を帳消しにする力強さで、奈々を穏やかな感情で包みこむ。

「おめでとう!」

祝辞とフラワーシャワーを浴びながら、優一の腕をとって歩く時、奈々はこれまでに感じたことのない幸福と安心感に酔いしれた。

奈々は今この瞬間、間違いなく幸せの絶頂にいた。

列席者の中に、自身も結婚式を間近に控える同僚のさゆみの姿を捉える。

彼女は大きく頷きながら瞳をうるうるとさせていて、奈々は思わず笑ってしまった。普段は強気でドライな彼女だけれど、こういう可愛いところがあるから憎めない。

特段美人でもないのに5人の男を手玉にとることができる理由がずっと不思議だったが、こういうギャップが男心を掴んでいるのかもしれない、などと思った。

「大丈夫?疲れてない?」

披露宴の間も、優一は常に奈々を気遣ってくれる。

彼の瞳に宿る優しさは迷いなく信用できるもので、奈々はその光を確認するたび愛される幸せを痛感するのだった。

−この幸せを、絶対に離さない。

優一の隣で、奈々は何度もそう胸に誓った。



−3年後−

「奈々、俺今日かなり遅くなるよ」

朝、メイクをしていたら、優一が玄関から叫ぶ声が聞こえた。

結婚して3年経つが、ふたりの間にまだ子どもはおらず、奈々は現在も結婚前と同じ女性誌でライターをしている。

奈々もあと10分で家を出なければならないから、メイクを続行したまま大声で応える。

「わかった!」

新婚...とは、いつまでを指すのか定かではないが、結婚して1年が経つ頃までは、優一の帰宅が遅くなるのが気になっていた気もする。

本当に仕事なの?とか、途中で電話してね、とか束縛めいたことを言ったこともあったように思う。

しかし3年も経てば、遅くなる理由を問うこともなくなった。それは信用とも言えるし、自信の表れとも言える。

ありのままを愛してくれる男の存在は、女を強くするのだ。

−この幸せを、絶対に離さない。

何度となく繰り返した誓いも、結婚が生活となり、幸せが日常に紛れゆくにつれ片隅へと追いやられていった。

それは決して、奈々が薄情だからではない。優一への関心がなくなったわけでもない。

ただ、誰しも聖人君子ではいられない。それだけのことだ。


結婚して3年。強くなった奈々が、思いがけず翔平と再会して...

それも1つのLOVE


その日の夕方、奈々は丸の内に赴いた。

秋号で丸の内OLのスナップ企画をやることになり、誌面に登場してくれそうな女性を5、6名スカウトする、というミッションがあるからだ。

仲通りを歩く女性をひたすら吟味するが、17時を過ぎてもアスファルトから立ち上る熱気で意識が朦朧としてしまう。

ぼんやりと眺める視線の先で、ブリックスクエアの『ジョーマローン』から出てくる女性に目が留まった。

胸がVに開いたネイビートップスにオフホワイトのひざ下コクーンスカート。無造作なまとめ髪が小慣れており、すらりと伸びた脚が美しい。

合格、と心を決め、声をかけようとその女性に近寄ったときだった。

「あれ、桜井?!」

すでに懐かしい響きを持つ奈々の旧姓を呼ぶ声に、驚いて立ち止まる。

それは、無条件に胸が高鳴る声だった。...奈々が、ずっと抗いようなく惹かれていた男の声。

「なんで、翔平がここに...」

日焼けをしているせいか、異国の地で年月を重ねた貫禄か。翔平は駐在でタイに行ったらしいと、風の噂で聞いていた。

3年ぶりに見る彼は以前より男らしく奈々の目に映って、湧き上がる感情を抑えるように、奈々は慌てて目をそらした。

「それはこっちのセリフ。まさか、桜井に会えるなんて」

一方の翔平は、興奮を隠そうともせず奈々に満面の笑みを向けてくる。

「会議があって、今日明日で一時帰国してるんだ。奈々は、まだ仕事?せっかく会えたんだ、食事でも行こうよ」

翔平は3年前、無責任な態度で奈々を傷つけた。それなのに一切の悪びれも見せない。呼び方も、絶妙なタイミングで“奈々”に変えて誘ってくるのだった。

しかしそういう翔平の狡さを、今となっては冷静に分析することができる。もう、バランスを失って恋に溺れていた昔の奈々とは違うのだ。

ありのままを愛してくれる夫がいるという絶対的な安心感が、奈々に女としての余裕と自信を与えてくれていた。

だから翔平の誘いは今、奈々の心にただ単純に心地よい刺激として響く。

「そうね...」

奈々は、左手薬指のリングを触りながらしばし逡巡する。今日、夫・優一は、帰りが遅くなると言っていた。

「ご馳走してくれるなら、いいわよ」

わざと高飛車に、できるだけ熱を感じさせない涼しい目をして、言った。

そして、これまでと違う反応に驚く翔平の表情を、こっそり確認する。

戸惑ったように笑う彼を、奈々は「好きだ」と思った。

-Fin.