丸の内勤務の証券マン・江森(通称:えもりん)、30歳。おとめ座。

外見はプーさんそっくり、愛されキャラな男。好きな食べ物はハチミツ...ではなく、『ウルフギャング』のプライムステーキ。

港区生まれ、港区育ち、育ちのいい奴らは皆トモダチ。生まれながらに勝ち組な彼は、日本を代表するエリート・サラリーマンとして独身生活を謳歌している。

イケてるはずなのに拗らせ気味な男・えもりんは、周囲の結婚ラッシュに焦り、恋人探しに精を出す。しかし、真面目な損保OLとのデートにゲッソリと疲れ、CAの菜々子とのデートは19時解散となってしまった。



「えもりん、それは流石に脈ナシだろー」

悪友のハルが、電話越しに大笑いしている。サラサラの髪をなびかせて、腹を抱えている光景が目に浮かぶ。

「19時解散なんて、そのCA、絶対他に男いるよ。鮨だけ堪能したかったんだろうな」

「菜々子ちゃんは、そんな子じゃ...」

江森は辛うじてハルに反論するが、その声はどうしても弱々しく萎んでしまう。

17時の『鮨 たかはし』の予約に間に合うように仕事を大急ぎで切り上げた労力と、通常デートの軽く3倍の金額が印字されたクレジットカードの控え。

―ボクは一体、何をしているんだ...。

「まぁ、元気出せよ!これから西麻布で美紗と飲むから、お前も来いよ」

「西麻布......」

銀座で極上美女と高級鮨を味わうという上品極まりない時間を過ごしたあと、西麻布の地に赴くのは、正直テンションが上がらない。

しかし、菜々子に置き去りにされてしまった寂しさには、敵わなかった。


30歳。西麻布に向かう自分に、そろそろ嫌気がさす江森だが...?

そろそろ、西麻布なんか卒業したい


―結局、ボクは西麻布に舞い戻ってきてしまうのか...。

西麻布の交差点で一人タクシーを降り、江森は静かに溜息をつく。

物心ついた頃から...と言っては大袈裟だが、港区生まれの江森は、10代の頃からこの近辺でばかりウロウロと遊んでいる。

もちろん、学生時代の溜まり場は主に広尾のジョナサンで、年代とともに洒落た店を使い、遊びの幅も広がったから、別に西麻布が嫌いでも飽きたワケでもない。

女の子と色気のあるデートをするのも、カラオケで自慢の美声を披露するのも、お食事会でハッスルするのも楽しいと思う。

ただ、一応自分はそれなりのサラリーマンで、もう30歳になったのだから、そろそろ堅実な生き方がしたい。西麻布なんか卒業したい。そんな心の声が、最近やたらと疼くのだ。

―菜々子ちゃんみたいな美人で清楚な奥さんと、小さな幸せを見出す家庭を築きたい...

懲りずに菜々子との夫婦生活を妄想しながら、江森はハルに指定された『ジ イノセントカーベリー』に足を踏み入れた。



「あっ、えもりんだー♡」

よく響く声で江森を迎えたのは、化粧品会社に勤めるOLの美紗・27歳である。

「相変わらず、お肌プニプニだね♡」

ワザとらしいほどの満面の笑みを浮かべながら、美紗は人差し指でツンツンと江森の頬をつつく。長いネイルのせいで微妙に痛みを感じるが、そこは“プーさん”らしく、ヘラヘラとやり過ごす。

美紗はAKB48の一員のようなアイドル風の可愛い顔をした、港区女子的な人種だ。愛嬌があり、会話もうまく、女子招集能力も高い。飲み相手としては、なかなか楽しい女友達である。

だが、少々派手すぎるメイクや、いつも若干ズレ気味の人工的な薄茶色のコンタクトレンズにはどうも色気がない。

また、ヴァンクリのアクセサリーやルイヴィトンやセリーヌバッグなど、分かりやすいブランド品をこれ見よがしに身に纏う一方で、「これ、ユニクロなの」とプチプラの服を主張し、埼玉の実家住まいな点も、残念な感じがする。

要は、“女性”としての評価は低いのだ。

しかも、江森に会うたびに頬の肉をつまみ、腹を触り、拳を見て「メロンパンみたい♡」などと言ってイジり倒そうとするから、帰る頃にはいつも微妙に胸にザワつきが残る。

「おまえ、鮨食べてきたんじゃないのか?よく食うな...。また太るぞ」

驚きと呆れの混じった表情でハルに見つめられ、江森はハッとする。

鮨でお腹は満足していたはずなのに、A5ランクのブランド肉を目の前に並べられたため、知らぬ間に箸がどんどん進んでいた。

「えー!いいな!どこでお鮨食べてきたの?もしかして...デート?」

「コイツ、狙ってるCAの子と『鮨 たかはし』に行って、19時に解散させられたんだって」

「ウケるー!ってか、お鮨行きたい!えもりん、次は美紗を連れてって」

お前みたいな港区女子なんぞ、絶対に銀座の鮨になんて連れて行くものか。江森はその言葉を飲み込んで、プーさんらしく温和に微笑むに留めた。


美人CA、菜々子の本性が明らかになる...?

知りたくなかった。憧れの彼女の、エグめな真実


「え?その菜々子ってCA、美紗、知ってるかも」

酔った江森が菜々子の儚くも色っぽい美しさについて延々と語っていると、美紗が突然そんなことを言い出した。

「え?まさか、お友達...?」

「ううん。友達の友達。でも、何度か会ったことあるよ。たしかに清楚美人だよね」

同じく酔いで顔を少し赤らめた美紗は、さり気なくハルにもたれかかりながら、記憶を探るように考え込んでいる。

そう。この女は昔から、ハッキリ口に出さずとも、イケメン商社マンのハル狙いなのだ。

「彼女、たぶん彼氏と同棲中だよ。外銀か外資コンサルのエリートらしいけど、結婚してもらえないから、彼をキープしながら他を探してるって聞いた。私も、誰かイイ人がいたら紹介してって頼まれたもん」



「え...でも菜々子ちゃん、彼氏は半年くらいいないって言ってたよ...」

「高級なお鮨奢ってもらったデート相手に、彼氏いるなんて言えなくない?きゃはは」

頭を鈍器で殴られたような衝撃が江森を包み、美紗の甲高い笑い声が遠のいていく。

同時に、菜々子に抱いていた幻想が、頭の中でガタガタと音を立てて崩れていった。

「しかし、世間は狭いよなぁ。えもりん、良かったな。深入りする前に真実が知れて」

ハルが美紗の腰に手を回しながら、涼しい顔で言う。

なぜこの二人は、自分の前で微妙にイチャついているのか。

普段だったらすぐにツッコミを入れるところだが、ショックが大きすぎる江森には、なんとか相槌を打つので精一杯である。

「そ、そうだね...」

そもそもハルの言う通り、東京は狭すぎるのだ。誰も彼もが知り合いで、意味不明な人脈がいたるところに流れている。

どうせ脈ナシならば、菜々子のことはいっそミステリアスなまま、美しい印象で終わりたかった。江森はこれでもロマンチストなのだ。エグい真実など、知りたくはなかった。



「美紗、また連絡するね」

ハルは美紗を家に連れて帰るのかと思いきや、『ジ イノセントカーベリー』を出ると、思いのほかアッサリと彼女をタクシーに乗せた。

美紗は不服そうに唇を尖らせながら、恨めしそうにハルを見つめて去って行く。

「一緒に帰らなくてよかったの?まさか、ボクに気を遣った...?」

「いや、いいんだ。俺、結婚することになってさ」

性懲りもなく軽々しく結婚発言をするハルに、江森は大きく溜息をつく。

「もうその手には乗らないぞ。また思いつきで適当なこと言って...」

「いや...後輩がさ、デキちゃったんだよね」

「は...?デキちゃったって、まさか、お前の子ども...?」

蒸し暑い、真夏の西麻布のど真ん中。

まるで悪戯が見つかった子どものように照れ笑いを浮かべるハルを前に、江森は完全に凍りついた。


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