男性から食事に誘われたら、必ずこう答える女がいる。

「メニューによります」

男をレストラン偏差値で査定する、高飛車美女ひな子が、中途半端なレストランに赴くことは決してない。

彼女に選ばれし男たちは、高飛車に肥えた彼女の舌を唸らせるべく、東京中の美食をめぐり、試行錯誤を繰り返す。

最近は強気な商社マン・慎太郎との『銀座しのはら』での告白に動揺したが、ひな子は初恋の男・裕太と赴いた『トロワフレーシュ』にて、彼への気持ちを再確認した。



―はぁ。

気づくとひな子は、このところ日に何度も溜息をついている。

仕事をしていても、友人と遊んでいても、何をしていても、急に裕太のことを思い出し、胸が切なく締めつけられるのだ。

―なんで私、こんな風になっちゃったんだろう...

モヤモヤが晴れない頭で、ひな子は裕太とこれまで訪れたレストランをこっそりと思い返す。

麻布十番の『たきや』、銀座の『竜介』、『かわむら』、広尾の『81』、そして先日の『トロワフレーシュ』。

これほどの名だたるレストランにひな子を連れ出してくれる、20代の男が他にいるだろうか。

しかも裕太は、財を手にして食に散財しているわけでもなく、女を口説くためにレストラン開拓をしているわけでもない。

ただ純粋に食を愛し、料理人が丹精込めて作った一皿一皿に真摯に向き合っているだけの、稀な男なのだ。

もともと“メニュー”で男を査定するひな子にとって、やはり裕太は特別な存在だと認めざるを得なかった。


恋を自覚したひな子に対し、親友・慶子の重大報告とは...?!

親友の結婚宣言。その破壊力


「へぇ......結局、ひな子はあの若者が好きだったのね」

久しぶりに会った慶子は感心するように頷きながら、琥珀色のシャンパンに口を付ける。

先日は女子会に突然恋人の俊介を連れてこられたため、二人は険悪ムードに突入していたが、今日は思い切ってひな子から銀座のシャネル屋上の『ル・ジャルダン・ドゥ・ツイード』に誘った。

とにかく、親友の慶子に裕太の話を聞いて欲しかったのだ。

以前は「同い年の男に惑わされるなんて!」と、裕太のことは散々非難されたのに、今日の彼女の表情は柔らかい。

「ひな子のツボは、やっぱりグルメな男なのかしら」

慶子は何やら可笑しそうに、クスクスと笑う。

「何よ...?」

「いや、昔からひな子が食いしん坊なのは知ってたけど、本当に食に釣られて男を好きになっちゃうなんて、何だか面白くて。でも、それって趣味が合うってことよね。いいじゃない」

ラグジュアリーな天空のテラスに、夏の爽やかな夜風がふわっと吹き抜ける。



銀座のど真ん中とは思えない優雅な空間は、なかなか素直になれないひな子の心も優しく包んでくれるようだ。

「ねぇ...」

慶子が意を決したような表情で、ひな子の顔を覗き込む。

「私たちも、収まるところに収まる時期が来たのかもね。男の人にチヤホヤされて、いろんなお店に連れて行かれるのも楽しかったけど、そんな時代もそろそろ終わりかも」

「そうね...」

「私、たぶん近々、俊介さんと結婚するから」

「?!」

サラっと重大報告をした慶子に、ひな子は驚きで言葉を失う。まだ付き合って数ヵ月しか経たないのに、いくら何でも早急ではなかろうか。

「どうせ、早すぎるって思ってるんでしょ。でもね、散々色んな男の人を見てきたから分かるの。俊介さんは、特別なの。ひな子にとっての裕太氏も、同じでしょ?」

胸を張ってそう言い切る慶子は、いつもより美しく見えた。いつまでもウジウジと溜息をついている自分とは、大違いである。

しかし裕太は今、香港在住なのだ。何か行動を起こそうにも、距離が遠すぎる。

「慶子はいいなぁ」

ひな子は思わず、らしくないセリフを口にしていた。

今すぐにこのチヤホヤ生活を手放すことは正直抵抗を感じるし、特に結婚願望が強いわけでもない。

しかし親友の結婚宣言というものは、やはり破壊力がある。ひな子は何となく、慶子と足並みを揃えたいような衝動に駆られた。

「あっ、でも」

しんみりとした空気とは一転、慶子が突然ニヤリと悪そうに微笑む。

「慎太郎さんが、ひな子を『東麻布 天本』に誘うって張り切ってたわ。お誘い、のる?のらない?」


超予約困難な鮨デートの誘い。ひな子はどうする...?

「劇場型の鮨」と名高い、超予約困難な鮨の名店


裕太への恋心を自覚し、慶子の結婚宣言に焦りながらも、ひな子は自分を奮い立たせるように、ルブタンのピンヒールを鳴らしながら『東麻布 天本』に向かっていた。

慶子に予告された通り、あの強引な商社マン・慎太郎から誘いを受けたときは少し迷った。

しかしどんな理由を並べてみても、この超予約困難店、かつ、今東京で最も注目されていると言っても過言でない『東麻布 天本』の誘惑には抗えなかったのである。

「ひな子ちゃん、今日も可愛いね!やっぱり君に会ってもらうには、とっておきのお店の予約を取らないといけないんだね」

京都の割烹を思わせるような清廉なカウンター席で待ち伏せていた慎太郎は、お馴染みのキザっぽい笑みを浮かべている。



「そうよ、このお店だから来たのよ。お誘いありがとう」

唯一気楽なのは、この男の前では、もう猫を被る必要はないことである。ひな子はフンと鼻を鳴らし、嫌味ぽく答えてやった。

しかし『東麻布 天本』の臨場感溢れる雰囲気に、すでに興奮を隠せない。店主の天本氏の生き生きした笑顔にも心踊らされた。

さっそく本日のスペシャルな素材の数々を披露され、ひな子は改めて、「劇場型の鮨」として名高いこの店の意味を知る。

ボタン海老や本マグロ、コハダや金目鯛など、天本氏がネタの持ち味や産地を詳しく説明するたびに、客の歓声が上がるのだ。店と客が一体となって盛り上がるという形態は斬新で、新しい感動を覚える。



「美味しい!」

脂のたっぷりのった千葉県銚子産の金目鯛を口にしたとき、ひな子はつい金切り声のような歓声をあげてしまった。

続くサバや天然真鯛、大トロなども、素材の味を存分に生かしたピュアでインパクトの強い味わいだ。



さらに、目の前で焼かれるカマスやのどぐろも、皮目は香ばしく身はふっくらとしており、至福の食感が口の中に広がる。

そして鮨だけでなく、名物のメレンゲ入りの玉子焼きも、デザートのように甘く繊細な味わいであった。

あまりの感動の連続に、ひな子は慎太郎の存在すら朧げに、その芸術的な味に没頭してしまう。



「慶子ちゃんから聞いたけど、君、好きな人がいるんだってね」

「...は?」

慎太郎の意外な発言に、ひな子は一気に現実に引き戻される。

「君みたいに極上に可愛い子に限ってさ、手に入らない男を追いたがるよね。悔しいなぁ。でも、僕は諦めないから」

「...あっそう」

「その彼、香港にいるんでしょ?遠距離なら、まだ僕にもチャンスあるよね」

ワザとらしいくらいにニコニコと笑う慎太郎を横目で眺めながら、ひな子は胸に沸々と好奇心が湧くのを感じる。

これまでは、港区おじさんのような年上の人種に散々美味しいものをご馳走されてきた。しかし自分が28歳となった今、同年代の男たちも大人になり、充分に成熟しつつある。

裕太の存在はたしかに特別ではあるが、これからは“メニュー”を通して、こうして若い男たちを物色するのも興味深い。“コレ”と決めた男は恋人に昇格させ、満足すれば結婚したっていい。

―私が慶子みたいに潔く落ち着くのは、きっと、まだまだ先なのね...。でも、私は私だわ。

「うーん、メニューによるわよ。次のお店も、しっかり考えてちょうだい」

気づけばひな子は、いつものセリフを口にしていた。

―Fin