医者を好み、医者と付き合い、結婚することを目指す。

そんな女性たちを、通称「ドクターラバー」と言う。

日系証券会社の一般職として働く野々村かすみ(28)も、そのひとり。

彼女たちはどんな風に医者と出会い、恋に落ち、そして生涯の伴侶として選ばれてゆくのだろうか?

医者とドクターラバーたちの恋模様は、一筋縄ではいかないようだ。

かすみは、慈恵医大の内科医・城之内(34)と初デートに行くが、病院からの呼び出しですぐにお開きになってしまう。再び城之内からデートに誘われるも、またドタキャンされてしまうかすみ。そんな折に同期のタケルからも飲みに誘われ、秘かに彼のことが気になっていたかすみは、そのまま一夜を共にしてしまう。

同期の里帆からは、「一緒にいて幸せになれる人を選んだ方がいい」と言われるが…。



仲のいい同期の彼女を検索してしまう、哀れな女心


「あれ、今日タケルは来てないの?」

里帆の問いに、尋ねられた同期が答える。

「何か用事があるらしいよー」

かすみはその会話を背中で聞きながら、そっとため息をついた。

真夏の土曜の夕方。二子玉川の川原に、会社の同期10数人ほどで集まっている。

1週間ほど前にFacebookイベントで招待が来た「同期★BBQ」に、タケルはすぐさま「不参加」を押していた。いつも同期の集まりには参加するタケルにしては、かなり珍しいことだ。

それを知った時、かすみは思わずタケルのFacebookページにとび、「友達」一覧から検索をしてしまった。以前に聞いたことがある、彼女の名前を。

―確か、誕生日は夏だって言ってたような…。

それらしき女性がしぼりこまれ、アイコンが表示される。

素直で優しそうな、控えめな笑顔。タケルが好みそうな、家庭的な雰囲気の子だ。

かすみの胸が、急にどくどくと波打ち出す。

その子のプロフィールページにとんでみる。やっぱり誕生日はバーベキューの日、つまり今日だった。

思い出しながら、かすみは再びため息をつく。日はすっかり暮れ、同期たちはきゃっきゃと花火に火をつけ始めていた。

里帆にいたっては、両手に2本ずつ花火を持ってはしゃいでいる。かすみはひとりだけイスに座り、その様子をぼーっと眺めていた。

タケルとはあれ以来、会っていない。


落ち込むかすみに訪れた、まさかの出会いとは…?

タケルと一夜を明かしてから、まだ1週間。しかし、かすみにはもう、1ヶ月にも感じられていた。

タケルからのLINEが鳴らない日々に、焦燥感だけが募ってゆく。それでも絶対に自分から連絡できないのが、かすみなのだ。

―でも、こういうものだよね。

ざわざわする気持ちを、自分の言葉で紛らわそうとしてみる。

―1度そんなことがあったからって、数年つきあった彼女とすぐ別れるわけない。ましてや、今日は誕生日なんだし。

そうそう、と無意味にうなずいてみる。

―でも、もしかして…遊びだった?

不安な気持ちとともに、この前の里帆の言葉がよみがえる。

“タケルは、いい奴だよ。だけど、恋愛でもいい男だとは限らない”

再び胸の奥で、ざわっと強い風がふく。

―信じたい。でも、信じられる根拠がない。

夜の川原にチラチラと踊る花火の光を見つめながら、かすみはずっと考えていた。



ドクターラバーの永遠の憧れ、降臨。


「かすみ、明日ひま?素敵な人を紹介したいから、お茶につきあってよ」

里帆からバーベキューの帰り道に誘われ、かすみは気を紛らわせるならとふたつ返事でOKをした。

時間ぴったりにシャングリ・ラ ホテルの『ザ ロビーラウンジ』に到着すると、すぐに里帆がかすみを見つけ、「こっち」と手招きをしてきた。向かいには感じのよい、ひとりの若い女性が座っている。

「はじめまして」と、かすみは女性と挨拶を交わす。

すかさず里帆が、「私が定期的に通っている産婦人科クリニックがあって。そこの院長の奥様の、ゆかりさん」と紹介をしてくれた。

「里帆さんとはときどき、夫と3人でご飯を食べに行ったりするの」

ゆかりがおっとりと笑う。そのやわらかい笑顔は、周囲を優しい気持ちにする不思議な魅力があった。

里帆もそんなゆかりをきらきらとした瞳で見つめ、「私の憧れで、目標の人なの」と嬉しそうに言う。

ゆかりの年齢は、30歳過ぎくらいだろうか。まさに開業医の奥様らしく、上品で優雅な雰囲気のただよう女性だった。

高飛車な雰囲気は決してなく、むしろ謙虚にさえ見える。このような真に洗練された女性こそがドクターに選ばれるのね、とかすみも納得する思いがした。

「お医者さんとの結婚生活って、実際のところどうなんですか?こんなこと、院長の前だと聞けないけど」

里帆は興味津々といった様子で、ゆかりに質問をする。

「そうね、3年ほど経つけど。いいことも悪いこともあるわね」


ゆかりの意外な正体…!


医者の妻が語る結婚と、彼女の意外な正体


「結婚して何よりよかったのは、夫が本当に優しいところ。内科医は誠実で優しい人が多いって言うけど、本当よ」

ゆかりの言葉を聞いて、かすみの脳裏に城之内の優しそうな笑顔がよぎる。

「生活面では、どこでも暮らしていけるし収入も安定しているから、不安がないこと。あと、親や親戚がとても喜んでくれたから、少し親孝行になったかな」

少しバツが悪そうに笑いながら、ゆかりは続ける。

「大変なのはやっぱり、忙しいところ。お医者さんって意外と自分の健康はそっちのけだから、妻は体調管理をしてあげるのが大切なの」

ゆかりはそう言って、少し困ったように笑う。

「私は毎日彼より1時間早く起きて、グリーンスムージーを作っているの。でも、本当は早起きが苦手なのよ」

うう、と里帆がうめく。1ヶ月に1回は会社に遅刻する里帆からすれば、かなり至難の業だろう。

「1年前に開業してからはまだいいけど、大学病院に勤めていた頃は、当直やつきあいの飲み会で、もっと家にいなかったの。寂しく思うこともあったかな」

そう言ってゆかりは、少し遠くを見ながらほほ笑んだ。

「私ね、夫と結婚する前にもたまたま内科医とつきあっていたの。彼も忙しくて、そしていい人だったわ」

ゆかりの言葉に、里帆がえっ、と身を乗り出して聞く。

「そんなにお医者さまとつきあえるなんて!元彼さんとは、どこで出会ったんですか?」

抜け目ないんだから、とかすみは里帆を横目で見る。

「当時私は、慈恵医大でアルバイトをしていたの。そこで出会った彼と2年半くらいおつきあいをしたんだけど、彼の海外留学がきっかけで別れてしまったのよ」

え、と再び里帆の驚く声が、横から聞こえてきた。

「まさか…城之内さん、っていう名前では、ないですよね?」

里帆の問いに、ゆかりは目を丸くする。

「…何で彼を知ってるの?」

驚き合う2人にかすみはついていけず、どういうこと?と里帆に耳打ちする。

「3人でお食事した時、海外留学で彼女と別れたって言ってたよ。かすみ、タケルのことでショックを受けてて、ちゃんと話聞いてなかったでしょ」

声を潜めながら説明する里帆に、そうなんだ、とかすみはあいづちを打った。

―もしかして初デートの時も、ゆかりさんのことを思い出していたのかな。

城之内が少し寂しそうに笑っていたのを思い出す。

かすみの表情を見て、ゆかりは何かを察したようにやわらかくほほ笑んだ。

「彼、本当にいい人よ。最後まで私のことを考えに考えて、あえて“待ってて”って言わなかったの。留学がなかったら、結婚してたと思う」



―今週の金曜日、会えませんか。

城之内から連絡が来たのは、その日の夜だった。

―2度もドタキャンして誘える立場ではありませんが、よかったら。

かすみが既読にして少し経ってから、追加のメッセージが送られてくる。律儀な人、と自然とほほ笑んでしまう。

数分ののち、かすみは城之内に「ぜひ」と返信した。前向きに、幸せな恋をつかみたい。素直にそう思えている、自分がいた。

城之内との約束の金曜日に、タケルから連絡が来るまでは。


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次週、最終回。かすみが選んだ相手とは…!?