医者を好み、医者と付き合い、結婚することを目指す。

そんな女性たちを、通称「ドクターラバー」と言う。

日系証券会社の一般職として働く野々村かすみ(28)も、そのひとり。

彼女たちはどんな風に医者と出会い、恋に落ち、そして生涯の伴侶として選ばれてゆくのだろうか?

医者とドクターラバーたちの恋模様は、一筋縄ではいかないようだ。

かすみは、同期の里帆と参加した食事会で、慈恵医大の内科医・城之内(34)と出会う。彼から初デートに誘われるも、病院からの呼び出しですぐにお開きに。その後再びデートに誘われるが、またもドタキャンされてしまう。

そんな折に同期のタケルからも飲みに誘われ、秘かに彼のことが気になっていたかすみは、そのまま一夜を共にしてしまう。しかしその後タケルから連絡がなく、悩んでいたところに、城之内から再びデートの誘いを受けるが…。



待ち焦がれた男からの、今さらすぎる連絡。


―今日、19時に『モルソー』で待っているね。楽しみにしてる。

お昼頃に城之内から届いたメッセージを再び開き、かすみの気持ちはそわそわし出していた。

―あと2時間後ね…

病院近くの六本木ではなく目黒のお店を予約してくれた辺りに、城之内の「今日は退席しない」という意思が伺え、かすみは嬉しく思う。

メッセージを閉じてスマホを机の上に置いた瞬間に、ヴー、とバイブ音が鳴る。かすみは再びスマホを手に取った。

―今日の夜、ちょっと会えない?

タケルからだった。

かすみは驚きのあまり、思わず画面を裏にしてスマホを机の上に置く。心臓のバクバクという鼓動が、耳の方まで聴こえてくる。

何で?という期待と、今さら、という失望が交互に心を行き来する。あの夜から、約2週間ぶりの連絡だった。

その空白の期間、かすみはずっと悩み続けていた。城之内との約束だけをわずかな拠り所として、何とか日々を過ごしてきたのだ。

―よりによって、今日なんて…

このまま約束どおり、城之内と会うか。それとも、タケルに会いに行くか。

かすみの心は豪雨の中を進む船のように、ぐらぐらと大きく揺れていた。


迷いの末、かすみが選んだのは…?

2年後のかすみの結婚式。新郎の、胸の内。


城之内です。

チャペルの重々しい扉が開き、かすみがお義父さんと姿を現したとき。

僕の胸は、苦しいような、この上なく幸福なような…何とも言いがたい感情であふれました。

あの時、意を決してもう一度連絡して、本当に良かった。

2度もドタキャンをしてしまったし、もう返事すら来ないかもしれないと思っていましたが、彼女は約束どおり来てくれました。

3度目のデート。僕とかすみは、ようやくそこから始まりました。

かすみは知れば知るほど、ずっと一緒にいたいと心から思える女性でした。

控えめで、自己主張は強くない。けれど人のことをちゃんと見ていて、自然に気が遣える。

1度かすみは、「自分には誇れるものがない」と自信なさそうに言っていたことがありました。

でも彼女は、同期の里帆ちゃんや僕など、周囲の人間をとても大切にして日々を過ごしています。どうしても自分中心になりがちな人が多い世の中で、僕は彼女の生き方そのものを、とても尊敬しています。

同僚の浅見は、「一般OLより、医者特有の相談にのれるような看護師の方がいいんじゃないですか」と言っていましたが、僕はかすみでよかったと心から思っています。

彼女、同棲を始めてから毎朝僕より早く起きて、手の込んだ朝食を作ってくれたりするんですよ。

そういう愛らしい努力が、僕を一層、愛妻家にさせてしまいますね。



結婚式に参列した、タケルの胸の内。


かすみがヴァージンロードを歩きながら、参列席にいる僕と里帆の前を通った時。

一瞬、かすみと目が合ったような気がしました。

僕はその時どんな表情をしていたのか分かりませんが、おそらく笑顔だったと思います。今、かすみの幸せを心から願えていますから。

ただ時折、一瞬頭をよぎることはあります。

あの時のタイミングが違ったら、今、この結末は変わっていたのだろうかと。

2年前の夏。熱帯夜だったのを覚えています。

女性として何となく意識はしていたものの、ずっと友人関係を築いてきたかすみと、一線を越えた夜。

そこから2週間くらい、僕はかすみと連絡を取りませんでした。


タケルがかすみに連絡をしなかったのは、なぜ?

煮え切らずに機を逸した、哀れな男


その時点では、勢いだったのか好きだからなのか、正直分からなかったから。一旦時間をおいて、自分の気持ちを見定めようと思いました。

ちょうどその頃、彼女の誕生日も重なっていて。お祝いとして旅行も計画していたし、それが終わるまでは連絡をしないと決めました。

でも男って、煮え切らないものですよね。

誕生日が終わっても結論を出せなかった僕は、とりあえず勢いでかすみに連絡しました。会ってから、考えようと思ったんです。

彼女からは、ものの数分で返事が来ました。
「ごめん、会えない」と。

かすみとの長いつきあいで、何となく悟りました。今日会えないのではなく、もう男と女としては会えない、という意味だと。

僕は多分、遅すぎたんですね。

そこから数ヶ月、かすみとはほとんど話しませんでしたが、同期の集まりをきっかけに、また普通の状態に戻れました。何事もなかったかのように。

時間は、自分のタイミングでは流れてくれないものですね。

逃してはいけない一瞬を見送ってしまったら、その後の道は大きく違ってしまう。もう二度と、交わらないこともある。

それでも、あの夏の夜。

一瞬だけ、かすみと通じ合ったような気がしたのは…僕が少し、感傷にふけっているだけでしょうか。





参列者からお祝いの言葉とフラワーシャワーを浴びながら、かすみと城之内は腕を組み、チャペルの階段を一歩一歩降りていった。

かすみが里帆のところに着くと、里帆は弾けたように笑い、「おめでとー!」と叫びながらフラワーシャワーをわっとかけてきた。

ありがとう、と微笑みながらそちらを向くと、里帆の隣に佇むタケルと目が合った。

タケルはニカッと笑い、「おめでとう」と優しくフラワーシャワーを投げてきた。かすみも、笑顔で返す。

―もしもあの時の決断が違ったら、結末は変わっていたのかな。

ヴァージンロードを歩いた時に、一瞬そんな考えがよぎったことを、思い出す。それでもかすみは、城之内を選んだことを後悔することはない。

タケルを会社で目にした時、あの夜を思い出して胸が疼くことはあった。

しかし、城之内の元に行くことを選んだ瞬間に、かすみはもうタケルの方を向かないことに決めたのだ。

相手の本心を知ることなど、不可能に等しい。ならば恋をして誰かを選ばなければいけない時、何を基準に決めればいいか。

かすみにとってそれは、その瞬間の相手への想いではなかった。

それは花火のように、一瞬目を奪うほどに輝いたとしても、すぐに消えてしまうものかもしれないからだ。

相手をどれだけ信じられるか。長い人生を共に過ごし、愛情を注ぎ続ける相手として、かすみは信頼できる人を選んだのだ。

そして今かすみは、城之内と満ち足りた日々を過ごしている。

ふと、隣を歩く城之内を見上げる。かすみの視線に気づくと、幸せそうに笑いかけてくれた。

城之内の後ろに広がる青空は、どこまでも澄んでいる。あんなに苦手だったはずの夏の空が、今のかすみには爽やかに輝いて見えた。

―誰かといて幸せって、きっとこういうこと。

かすみは城之内に向かって、微笑んだ。


―Fin.