―私、年内に婚約するー

都心で煌びやかな生活を送る麻里・28歳は、ある日突然、こんな決意を固めた。

女の市場価値を冷静に受け止めれば、20代で結婚した方が絶対お得に決まっている。

掲げた目標は“今年中にプロポーズされる”こと。

麻里は本気の婚活を決意するが、晴れて恋人となった優樹は結婚に前向きでない。そんな中、KY男・和也に結婚前提の告白を受け、ついに一線を超えそうになる。

寸止めで思い止まった麻里だが、優樹が意地悪な元カノと密会する姿を目撃してしまう。



「はじめまして。レイコです」

ショックで固まる麻里には全くお構いなしに、あの意地悪な元カノは、優樹と腕を組んだまま自己紹介を始めた。

「やだ、麻里さん。まさか優樹を尾行してたの?別に、心配することなんて何もないのに......」

彼女はわざとらしいくらいに親切そうな声を出すが、その表情は完全に麻里を見下している。

レイコと名乗った元カノは、相当に美しい女だった。

くっきりと整った目鼻立ちはエキゾチックで、黒いロングヘアは艶々と輝いている。細いピンヒールに支えられた脚は長くまっすぐに伸びており、身長約175cmの優樹を少し越すくらいの長身だ。

そして何より、一目で上等なものと分かるムートンコートに、エトープのケリーバッグという高飛車とも言えるアイテムをさらりと纏う風格があった。

30歳外銀女子のド迫力を前に、麻里はただ呆然と立ち尽くすしかできない。

「麻里ちゃん、誤解しないで。レイちゃんとは、本当に仕事の相談が......」

―レ、レイちゃん...?

焦りながらも元カノを愛称で呼ぶ優樹の声で、麻里ははっと我に返る。修羅場は慣れているはずだが、この屈辱的な状況には耐えられなかった。

「麻里ちゃん、待って...!麻里ちゃん!!」

気づくと麻里は、駆け足でその場から逃げていた。自分を引き留める優樹の声が、背中に小さく響いていた。


元カノ・レイコからの思わぬ反撃。麻里はどう立ち向かう...?

ド迫力の外銀女子からの、挑戦状


―優樹くん、まだあの人と連絡とってたんだ...。

自宅に戻った麻里は、つい先ほどの衝撃的な場面が頭から離れず、一人胸を痛めていた。

しかし、自分だって人のことをとやかく言える立場でない。麻里こそ、昨晩は和也と一線を超えるところだったのだ。

今年も残すところあと少し。クリスマスも目前と迫っているというのに、この皮肉な状況に、麻里はほとんど心が折れかけている。

―優樹くんと年内婚約なんて、もう絶対に無理だわ。いや...最初から、そんな可能性ゼロだったのかも...。

心の弱った麻里は、焦った優樹が何度も寄越す電話にも、和也からのLINEにも応える気になれなかった。

そして、もう何もかも投げ出してしまいたいような気分になったとき、スマホがまたしても振動した。そこには知らない携帯番号が表示されているが、麻里は何となく、その正体が予想できた。

「...もしもし」

「麻里さん、レイコです」

案の定、優樹の元カノの声だった。身構えていたにも関わらず、全身にピリッと緊張が走る。

「どうやって、私の番号を...」

「そんなの、とっくの昔に控えてるわ。ねぇ、話したいことがあるの。明日の夜、少し時間作ってくれる。あなた十番に住んでるのよね。21時過ぎに『アリエ』のカウンター席で待ってるわ」

レイコは有無を言わさぬ口調で、麻里が返事をする前に一方的に電話を切ってしまった。



翌日、麻里は言われた通りに『アリエ』にやってきた。

ここは星の数ほどある麻布十番のレストランの中でもトップクラスのモダンフレンチであるが、21時以降はワインバーとして気軽に利用できる。

おずおずと店内を覗き込むと、カウンター席には一人でワイングラスに口をつけるレイコの姿があった。

「来てくれたのね、ありがとう」

ベージュのパンツスーツに、華奢なアクセサリー。昨日のゴージャスな印象とは少し異なり、今夜のレイコは会社帰りの控えめな装いだが、その迫力は全く変わらない。

美貌にも頭脳にも恵まれ、一般庶民の5倍も10倍も稼ぐ女が持つ、独特のオーラ。

「話って、何でしょう...」

「単刀直入に言うわね。優樹と別れて欲しいの」

レイコは背筋をピンと伸ばし、正面を向いたまま、いつもと変わらぬ強気な口調で言った。


年上の外銀女子のド迫力。しかし、その素顔は...?

鋼のエリート女の、知られざる弱さ


「......3年よ。私、優樹と3年も付き合ったの」

レイコは変わらず前を向いたまま、静かに語り始める。

「だからね、急に現れたあなたみたいな女に優樹のことを盗られるのは、どうしても嫌なの」

エラそうな口調ではあるが、冷静に聞けば、レイコのセリフはただの負け犬の遠吠えだ。

しかし、プライドの高そうなエリート美女が、何かしらの決意をもとに感情を剥き出しにした姿は、なぜか心打たれるものがある。

「......私、あなたと別れたって、優樹くんに騙されてたんですか?」

「そうよ......って言いたいけど、それは違う。優樹はちゃんと私と別れたわよ。彼は今、会社で出世できるかどうか、もしくは転職するかどうか微妙な年次なの。その相談に乗ってたの。一応、私は業界の先輩だから。それに...」

レイコの声が、少しだけ震える。



「彼、あなたとの結婚を真剣に考えてるみたい。その相談もされたわ」

「うそ...。じゃあ、どうして、そこまで...」

「分かってるわ。私のこと、惨めな女だって思うでしょう」

自嘲気味に笑いながら、レイコはやっと麻里の方を向いた。その切れ長の大きな瞳が、少しだけ潤んでいるように見える。

きっと優樹は、この鋼のような女の内に潜む弱さに気づいてはいないだろう。

「それに、元カノに仕事や新しい彼女との結婚を相談するなんて、本当に馬鹿で甘い男でしょ。でも、それが優樹なの。私はそんな彼が好きなの。優樹を理解してあげられるのは、絶対に私しかいないって思ってる。」

レイコの言わんとすることは、麻里にもよく分かった。

これほど完璧な男はいないと一目で恋に落ちた優樹だが、時間が経つにつれ、当初の印象とは違う彼の内面に振り回されることは何度かあった。

しかし目の前にいる女は、3年も付き合って結婚してもらえないにも関わらず、プライドを投げ捨ててでも、彼を失いたくないと必死なのだ。

「あなたは、優樹の表面的な魅力に惹かれたんでしょ?責めるつもりはないけど、それは優樹だって同じよ。若くて可愛くて、守ってあげたいと思わせる魅力もあって...。でも、それがあなたの本性なの?」

「......」

本心を見透かすかのような問いに、麻里は返事ができない。

「あなたに結婚を迫られて優樹は困ってたけど、期待に応えるつもりらしいわ。でも、優樹を幸せにできる自信がないなら、プロポーズは絶対に断って欲しい」

レイコは一気にそこまで言うと、戸惑う麻里には見向きもせず、「私の話は以上よ」と小さく言い捨て、瞬く間にお会計を済ませて店を出ていってしまった。

結局、世の中惚れた者負けなのだろうか。

彼女の不器用な姿は、種類は違えど、いつでも麻里の元に駆けつけ、話を聞いてくれる和也の存在を思い出させた。

一人になった麻里は、何となくスマホに視線を落とす。そこには、優樹からのLINEが届いていた。

―麻里ちゃん、昨日は本当にごめん。きちんと誤解を解きたいし、大事な話もしたいんだ。来週末のクリスマス・イヴは一緒に過ごしてもらえませんか?−

きゅっと胸が締めつけられるのも束の間、続いてタイミングよく、和也からの着信が表示される。

「麻里、来週、イヴの日に会えない?」

「え...?」

何の前触れもなく、和也は唐突に言った。

「俺、とりあえず待ってるから。連絡なかったら、もう潔く諦めるよ。じゃあ」

一方的に切られた電話を眺めながら、麻里はブレブレの自分の思いに、とうとう決着をつける時期が来たことを実感していた。


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ついにプロポーズに踏み切った優樹と、麻里の年内破局を願う和也。その結末は...?!