多くの女性を苦しめる、 “結婚”という二文字。

高望みをしているわけではない、普通の幸せが欲しいだけ。

しかし出会いに溢れているはずの東京で、それはなかなか手に入らないのである。

自称・丸の内にゃんにゃんOLの本田咲良(27)は、ひょんなことからビジネススクールに通うことに。

授業が始まり、同期の由利の他に、さおり、翔平、賢治という仲間に出会い、論理的思考を学び始める。習ったことを当てはめてみたところ、ビジネススクールが意外にも婚活にピッタリだと気いた咲良と由利。

咲良はクラスメイトの翔平が気になりだすが、さおりという強力なライバルが現れ、やきもきする。

そんな咲良に、さらなる悩みの火種が。以前お見合いを断られた祐一から「会いたい」という連絡があったのだ。

断られた理由をどうしても知りたかった咲良は、祐一に会いに行くが、その現場を翔平に見られてしまい…



―あんな偶然を花島さんに見られるなんて……。安っぽいドラマみたいだわ。

昨夜、お見合い相手の祐一と一緒にレストランから出たところで、偶然にも花島翔平に会ってしまった。咲良は思わず視線を逸らしてしまったため、何となく祐一との関係を悟られた気がする。

ブルーな気分のまま、グーグルマップを頼りに、雑居ビルの多い場所を彷徨う。

今日は、花島翔平主催の勉強会。場所は秋葉原だった。

ようやく探していた場所に辿りつき、恐る恐る重厚な鉄製のドアを開けると、そこにはヴィンテージ風の空間が広がっていた。咲良は思わず、感嘆の声をあげる。

ここは翔平が立ち上げを手伝ったというベンチャー企業のワーキングスペースで、今日は貸し切りにしているらしい。

高い天井は、剥げた塗装の下からレンガが見えていて、梁が剥き出しになっている。エアープランツやガジュマルなどの不思議なグリーン。真ん中には、スチームパンク風の配管パイプが脚に使われた、大きなテーブルが置かれていた。

―ブルックリンにあったカフェに似てる…。素敵…!

翔平は手慣れた様子で豆を挽き、皆のためにコーヒーを淹れてくれていた。近くのサードウェーブ系コーヒーショップから定期的に届けられる豆だそうだ。

「今日は一応貸し切りにしてあるので、皆さん、思う存分集中してレポートに取り組んで下さい」

お洒落な空間にうきうきしながら、咲良は今までに習ったことを総動員して、無心でレポートに取り組んだ。


咲良は思わぬ形で、自分の人生を振り返ることに・・・?

お昼時になると時間が勿体無いだろうと、近所のパン屋さんから焼き立てのパンが届けられた。フカフカのバンズに色んなお惣菜がはさまっている、家庭的な味わいだ。パッケージも素朴で可愛いらしく、皆からの評判は上々だった。

お店のコンセプトからパッケージデザインまで、ここを拠点としているメンバーでプロデュースしたものだそうだ。

翔平は、この近所の公立中高一貫校の一期生で、同級生には地元の中小企業の跡取りが多いらしい。

彼らはそれぞれ地域の振興のために活躍しており、それを目の当たりにしていた翔平は、証券会社からベンチャーキャピタルに転職したとのことだった。

咲良はその話を聞きながら、自分の人生について振り返った。

戦後に不動産事業を興し、一代で財を成した祖父は、初孫である咲良に後を継げと言ってくれていた。

あの世代の人が、男女分け隔てなく女孫である咲良を後継者にするというのは、今になってみれば先進的な考えだったとわかる。

バブルが弾けた後でも何とか持ちこたえていた実家の不動産会社だったが、咲良が小6の時には完全に傾きかけ、6年通った愛着のある私立小学校から一人だけ去ることになってしまった。

その後会社はなんとか巻き返すことができたものの、咲良は自分の希望よりも、手堅くて無難な方を選択する慎重派になってしまったのである。

あの時の家庭の混乱へのトラウマから、既に従弟に後継者の座を譲ってしまっている。

―私の周囲にも、こんな仲間がいたら違う道もあったのかもしれない…そしたらおじいちゃんの期待にも応えられたかも知れないのに…。

咲良は、翔平とその周りの仲間たちがとても羨ましくなった。



その後、翔平があげていたFacebook投稿の話題になった。

昨夜、銀座で社会起業家による創業スタートアップセミナーが開かれていたらしい。さおりが来ていたと聞いて、咲良は心がざらつくのを感じた。

「橋本さん、勉強熱心で講師の人も感心してたよ」

さおりはNPO法人の女性に化粧品を提供したり、フェアトレードを採用するよう会社に働きかけているようだ。

それを聞いていると、研修後にも二人には続けて会う理由があるように思えた。

―このまま、二人はいい関係になっちゃうのかな…

胸がきゅっと締め付けられる。そして様々な不安を振り切るように、1人なって一心不乱に手を動かし続けた。



レポートに集中していると、外はすっかり日が暮れて、最後は翔平と二人きりになった。

―こんなチャンス、絶対にない!ご飯に誘ってみようかな…?

咲良が思い切って翔平を食事に誘うと、あっさりOKをもらった。

2人は岩本町から歩いて、神田の『ヒマラヤテーブル』に向かうことにした。



チキン・チリ・ベリーホットとチャパティが運ばれてきて、料理をビールで流し込むと、辛さの次に爽快感が来る。今日一日の疲れも流されていくようだった。

―勢いで誘ったはいいけど、昨日の件、なんて言おう?

咲良がさまざまな考えを巡らせていると、新しい客の気配がした。振り返るとそこには、まさかの人物がいた。


翔平のまさかの行動に、唖然とする咲良

―なんでここに、橋本さんが!?2人ってもう気軽に呼び出せる間柄なの?

いつの間にか、翔平は橋本さおりを誘っていたらしい。2人で食事に…とは言っていないが、咲良は空気を読まない翔平にモヤモヤしていた。

改めて乾杯するタイミングで、さおりは咲良に、お互い下の名前で呼び合おうと提案してきた。

「そういえば、咲良ちゃん…!昨日デートしてたでしょ♡」

相変わらずさおりは、咲良の痛いところを嫌なタイミングで突いてくる。

「デートというか、まぁ……」

「すっごい格好よくて、ちょっと年上?私すごい好みだったかも!羨ましい」

「さおり、人の彼氏を横取りするなよ」

「あ、いや…。あの人は彼氏というわけじゃなくて……」

二人は意外そうな顔でこちらを見た。一応、嘘は付いていない。彼氏を通り越して婚約者になるかもしれないだけだ。

「……2人こそ、昨日一緒だったってことだよね?」

咲良が恐る恐る言うと、さおりと翔平は目を合わせて不思議そうな顔をした。

「セミナーの打ち上げのこと?あれ?私たち、疑われてる?」

二人は全力で否定して、大笑いした。

―やっぱり、ただ仲いいだけかな…?

咲良は、色々悩んでいたことが一気に解決した気がして、拍子抜けしてしまった。

「それより話は変わるけど、仕事の話してもいい?咲良ちゃんのところって繊維商社だけど雑貨はやってるのかな?ポーチとか」

「うん、やってるよ。うちの部署、雑貨とかライフグッズ専門なの」

「じゃあ、フェアトレードの製品とかって心当たりある?」

「あー……」

咲良は前回の展示会のことを思い出した。

最近は人件費の高騰が激しく、ものづくりを東南アジアにシフトする必要に迫られている。展示会では、新興国の伝統技術を使ったフェアトレード商品の提案もしていた。

さおりは、咲良の勤める商社に依頼したいと考えているそうだ。

「じゃあ、ちょっと上司に話してみるね。私なんかが役に立てるかちょっとわからないけど……」

「うん。お願いします。……咲良ちゃん。前から思ってたけど、その“私なんか”って止めた方がいいよ」

「うん……?」

「みんなそんな風に思ってないから、もっと自信持って!」

「ありがとう…。嬉しい」

さおりの思ってもみなかった評価に、咲良はじんとしてしまった。

「今日は咲良ちゃんと一緒って聞いたから来たの。翔平が二人は合いそうだって言っててね」

翔平の方を振り返ると得意げに頷いていた。

「人と人をくっつけるのが好きなんだよね」

翔平を誘ったのに、なぜかさおりと仲良くなってしまった。食事を終えると早々にお開きになったが、とても充実した時間を過ごすことができたので、咲良は満足だった。



翔平主催の勉強会、そしてその後のさおりとの食事に刺激を受け、咲良はすっかりやる気に満ち溢れていた。

帰宅してシャワーを浴び、レポートに取り組もうとデスクに座ると、ふとYou Tubeの動画が目に入った。歌に合わせて猫が躍っている動画で、鼻歌を歌いながら見ていると、ふとレポートのアイディアが閃いた。

―これだ!

みるみるうちにアイディアが膨らみ、咲良はわくわくしながらレポートに向かった。

そして月曜日の朝、会社に「休みます」と病欠の連絡を入れ、咲良はずっと机に向かい続けて、仕事の合間を縫ってはレポートに取り組み、木曜日の夜中の11時50分にギリギリでレポートを送信することができたのだった。

―ようやく、ビジネススクールの授業が身になってきたかも……。

咲良はどきどきしながら、レポートの評価を待つことになった。


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咲良のレポートの評価は?そして咲良と由利の仕事と恋の行方は?