「美人で優秀な姉と、できの悪い妹」

幼いときから、2人はこう言われてきた。

妹の若葉(わかば)と、姉の桜(さくら)は3歳差の姉妹。27歳と30歳になった今、その差は広がるばかりだ。

美貌、学歴、キャリア、金、男…全てを手に入れた姉と、無職で独身の妹。

人生に行き詰まった妹は、幸せを掴むことができるのかー?


エリート夫と結婚した姉の桜は、超美人な上に高学歴で、しかも弁護士。そんな姉に対し、司法試験浪人中の妹・若葉は、劣等感に苦しめられていた。

若葉は2度目の司法試験に臨むも不合格。パラリーガルとして姉の事務所に就職したが、そこでイケメン上司、滝沢に出会い…。



−滝沢先生には気をつけろ、って一体どういうこと…?

姉からLINEをもらった、あの日。すぐに詳細を聞いたものの、また今度話してあげる、と素っ気ない返事が来ただけだった。

そうなるともう、気になって仕方がない。翌日の朝、気づけば私は滝沢の仕草やら行動やらを観察していた。

−問題があるとするなら、女か、お金か、もしくは、生い立ちよね…?

けれど、いくら彼を観察したところで、何もわからない。

唯一わかったのは、彼にはあまり女っ気がないらしい、ということ。同僚の女の子たちが、そんな噂をしているのをたまたま耳にした。

そうして、滝沢の事を目で追うようになってから数日が経つと、いつの間にやら私は、「弁護士」として働く滝沢が眩しくてたまらなくなっていたのだ。

夢を諦めると決めたはずなのに、滝沢を見れば見るほど、「私もあの仕事をしたい」という気持ちが心の奥底で渦巻いてしまう。

−本当に、パラリーガルのままでいいのかな…

日に日に、今の自分に対する疑問が膨らんでくる。

そんな私に転機が訪れたのは、それから1週間後のことだった。



「はぁ…お給料日まで、あと何日だろう…」

その日のお昼休み、デスクの上で手作りのお弁当を広げた私は、思わずため息をついてしまった。

社会人生活をスタートするためにオフィスにふさわしい服や靴を新調し、何かとお金がかかった上に、就職したといってもお給料がもらえるのは1か月以上先。私の懐は、日増しに寂しくなっている。

すると突然、後ろを通りがかった滝沢がお弁当を覗き込んできた。

「おっ、神崎さん、お弁当?美味しそうだなぁ〜。いつも作ってて偉いよな。朝作るの、大変じゃない?」

いきなり褒められて驚いた私は、しどろもどろになりながら答える。

「いえ、料理だけは昔から得意な方なので、お弁当も作るのが好きなんです…」

節約のためにお弁当を毎日作っている、だなんて言いたくなくて、咄嗟に言い訳をした。

無邪気な顔で「へえ〜じゃあ夕飯もいつも自炊してるの?」と聞いてくる滝沢に、曖昧に頷く。

すると彼は、何かを閃いたように目を輝かせて、こう言ったのだ。

「じゃあさ、たまには外食して気分転換もしたいでしょ!夜メシでも食いにいかない?」


滝沢からの突然の誘いに、若葉は…?

高鳴る胸の鼓動


滝沢の突然の誘いに、佳樹の顔を思い浮かべて、固まってしまう。上司とはいえ、2人きりで食事に行くとは佳樹には言いづらい気がした。

すると滝沢が、同じチームの同僚弁護士を呼び止めた。

「先生、今夜空いてる?いつものあの店、行かない?神崎さんも連れて」

−なんだ、2人きりじゃないんだ…

ホッとすると同時に、ほんの少しだけ寂しさが胸に宿る。

それでも、滝沢と仕事終わりに食事に行くのは初めてのことだ。その日の午後は、いつになくソワソワしてしまった。





「どう?ここの上ロース、美味しいだろ?じゃんじゃん食べてよ」

「…はい!」

滝沢と同僚弁護士が連れてきてくれたお店、麻布十番の『三幸園』は、昔ながらの庶民的な雰囲気が漂う、老舗の焼肉店だった。

2人はここのお店の常連なのだろう。店員と親しげに会話をしながら、美味しそうにビールを飲み、手際よく肉を焼いて口に放り込んでいく姿に、思わず笑みがこぼれてくる。

すると滝沢が「やっと笑った」と嬉しそうな顔をした。

「最近の神崎さん、ちょっと暗い顔をしてたから。いつも考えごとをしてるっていうか…だから笑ってほしいなって。いやぁ〜笑顔が見られてよかった」

不意にそんなことを言われたので、思わず頬が赤くなってしまった。

たしかにここ数日の私は、自分が今のままで良いのか悶々と考えていたから、暗い表情をしていたのかもしれない。

彼は、そんな私を元気づけようと、こうして焼き肉に誘ってくれたのだろうか。同僚弁護士と楽しそうに話している滝沢の顔をそっと見つめながら、胸がドキドキと高鳴った。

店を出るころには22時になっていた。2人にお礼を言って、麻布十番駅に向かって歩き出した私を、滝沢が呼び止める。

「神崎さん、高田馬場だよね?俺と方角同じだから、タクシー乗っていかない?近くまで送るよ」



タクシーに揺られながら、私は滝沢に向かってぺこりと頭を下げる。

「…ありがとうございます、今日連れてきてくださって。楽しかったです、とっても」

すると後頭部席のソファに身を沈め、窓の外を眺めていた滝沢がおもむろに言った。

「神崎さんって、司法試験受けてたんでしょ?」

「…え?」

顔を上げると、いつになく真面目な顔をした滝沢が隣にいた。


滝沢が若葉に打ち明けたこととは…?

イケメン弁護士の、知られざる過去


「早稲田のロー出身だし、お姉さんも…それからお父さんも弁護士だから。大変だよな、あんな凄い人たちが身内にいるなんて。プレッシャーとか、凄かったんじゃない?」

「…はい。小さい頃から絶対弁護士にならなくちゃって思って、頑張ってきたつもりだったんですけど。結局、2回受けてダメで、諦めました。だけどそもそも親は、東大に落ちた時点で、とっくに私のこと見放してたんですけどね」

言いながら、自分が情けなくなってくる。

私はこれまでの人生で、両親を3回も失望させたのだ。はじめは東大受験、その次は最初の司法試験不合格。そして極め付けは、今回の試験にも落ちた挙句に弁護士への夢そのものを諦めたということだ。

両親にその決心を告げた時、父が私に心底呆れたような目を向けたことは忘れられない。それから母が「桜は、こんなに苦労しなかったのにね…」と呟いたことも。

そんなことを思い返していると、隣に座っている滝沢が、流れゆく窓の外を見つめながら呟いた。



「そうか。それは大変だったな…俺も親でそれなりに苦労したから、よく分かるよ、神崎さんの苦しみ。まぁ、俺の親は神崎さんみたいな凄い親じゃなんだけどね」

姉が「気をつけろ」と言った彼の問題とは、家族関係のことなのだろうか。そんな考えが頭をよぎり、恐る恐る聞いてしまう。

「どんなご両親だったんですか」

しかしその質問に対する滝沢の答えは、想像を絶するものだった。

「普通の親だったけど、突然2人とも事故で亡くなってさ。俺が大学1年の夏に。そのあと色々なことがあって…」

−ご両親とも、亡くなっている…

返す言葉が、見つからなかった。

滝沢は一橋大学出身で、在学中に旧司法試験を突破している。大学1年の夏に両親が亡くなったということは、その後に旧司法試験の勉強を始めたということだろう。

きっと経済的に困窮していたから、法科大学院に行かずに旧司法試験を受けるという、ハイリスクな選択をしたのだ。

言われてみれば滝沢は、それなりに稼いでいるはずなのにあまり華美なところがない。

−なんて立派な方なんだろう…

いつも爽やかで明るい滝沢の意外な半生を知って、目から涙が溢れそうになってしまった。

今までずっと、毒親のもとに生まれた自分の境遇を呪っていた。けれど少なくとも私は、両親とも健在で、金銭的な苦労も大学院を修了するまでは皆無だった。

同時に、滝沢のことをまるでワケありの男とでも言わんばかりに嘲った姉に、無性に腹が立ってくる。結局姉は、私を振り回して面白がっているだけに違いないのだ。

−もっと、滝沢先生のことを知りたいなぁ…

家についてソファに横になりながら、気づけばそんな思いで胸がいっぱいになっていた。

その時、スマホが震えた。電話に出ると、いつになく興奮した佳樹の声が、耳に飛び込んできた。

「若葉、俺…留学が決まったよ。ハーバードの大学院に、2年間だ」


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佳樹の突然の留学に、若葉が決断したこととは…?