騙されたのは女か、それとも男か?
「恋」に落ちたのか、それとも「罠」にはまったのか?

資産200億の“恋を知らない資産家の令嬢”と、それまでに10億を奪いながらも“一度も訴えられたことがない、詐欺師の男”。

そんな二人が出会い、動き出した運命の歯車。

200億を賭けて、男と女の欲望がむき出しになるマネーゲームはやがて、日本有数の大企業を揺るがす、大スキャンダルへと発展していく。

男が最初の駒に選んだのは、令嬢・神崎智(かんざき・とも)の部下だった。智はジワジワと追い詰められたように見えたが簡単には騙されず…平穏な日々が戻るかに見えた。しかし、智の夫の秘密が詐欺師に再びチャンスを与え、詐欺師が勝負をかける日がやってくる。

智が仕事での大舞台を迎える夜、2人の関係が大きく動き出す…?



―小川さん…。

待っているかもしれないと予想はしていたけれど、今、一番見たくなかった男。その男が運転席から降り、私の目の前に立つ。

タキシードを脱ぎ、ラフな私服に着替えた彼は、言った。

「大成功でしたね。お疲れ様でした」

その能天気な笑顔に、数時間前に殺したはずの苛立ちが…どうすることもできず、こみ上げてきてしまう。

そう、数時間前。

認めたくはないけれど…私がどうしても勝ちたかった今日というこの日、この場所で。よりにもよって、この彼に助けられてしまったのだ。



ー3時間前ー

「2番テーブル、3番テーブルのお客様、着席完了です」

「今、最後の12番テーブルのお客様、リムジンから降りられました。これで全てのお客様が会場に入られたことになります」

我が社、兼六堂の新商品お披露目パーティーの開演まで、あと15分。

スタッフ用の無線から流れてくる、各部署の報告が慌ただしくなってきた。パーティーの進行は専門の広告代理店のスタッフに任せているため、何かトラブルが起きない限り、私の出番はないだろう。

そう思った時、父が近くのスタッフを、手を挙げて呼ぶのが見えたかと思うと、イヤフォンから、神崎さん、と私を呼ぶ声が聞こえてきた。

「社長が、話したいことがあるそうです。今、いかがでしょうか?」


父である社長の前で…詐欺師が思わぬ言葉を口にする。


「少し、待って下さいと伝えて。5分以内には行きます」

スタッフにそう言ってから、私は会場を見渡す。父の元に行く前に、どこにも不備はないか、もう一度チェックしておきたかった。

元採石場跡地である、この地下の会場は戦時中、日本政府の米の貯蔵庫として使われていたこともある空間で、通常の温度はワインセラー並に低い。

空調を効かせているとはいえドレスアップした薄着の女性ゲストたちが寒そうではないか、松明とキャンドルの炎しかない室内の薄暗さで、ピンヒールの足元が危うくなった方がいらっしゃらないか、各テーブルをチェックして回る。

―大丈夫そうね。

このパーティーのテーマは『アラビアの王の宴』、『千夜一夜物語』。会場の石壁にはプロジェクションマッピングを手配した。

アラベスクと呼ばれる、モスクの壁面などにある幾何学的模様と、千夜一夜物語の登場人物たちが、クリムトの絵画を思わせるような金や黒を基調にしたタッチで映し出されている。

王の従者に扮した、カフタンと言われる衣装を着てサーブに回るスタッフ達とすれ違いながら、私は入り口に1番近い末席、父がいるはずの関係者席へと歩いた。

関係者席は、父のために空けるように言われていたので、そのテーブルだけは、誰が座るのか私は把握していなかったのだが。

―お父さんの横は…小川さん?

今日の突然の登場にも、声をかけられたあの言葉にも呆気にとられたのに、今度は父と談笑している。つくづく小川さんには驚かされてばかりだ。

父は、随分と機嫌が良さそうに小川さんと談笑していて、私が「社長」と呼びかけるまでこちらに気がつかなかった。

「神崎さん、忙しいとこ悪いね。ちょっと人を紹介しておきたくてね」

父は私を、仕事中に「娘」と呼ぶことはない。知らない人なら、ただ、社員と社長の会話にしか見えないだろう。苗字が同じであることに疑問を抱かなければ、だけれど。

「新しく入ってもらった弁護士事務所の小川さんだ。小川さん、彼女はこのイベントの総責任者の神崎さん。

小川さんは、代表の田川さんの代わりに今日は来てくださったそうだ。田川さんから、自分よりパーティー栄えするスタッフを送る、と言われたんだが、確かに華やか過ぎるくらいの美男子だよな。

だがお話していると、実に面白い。アーティストの権利問題にも強いそうだから、今後、広告の出演交渉の時などは、頼りにするといい」

父の饒舌な紹介が終わり、私が「はじめまして」というべきだろうと迷っていたその隙に、先に小川さんが口を開いた。

「社長、実は私、神崎さんとは一度食事をさせて頂いたことがあるんです」

「食事?君と…神崎さんが食事とは…」

父は珍しく、本当に驚いたような顔をして私に説明を促したが、私にも小川さんの返答は予想外で、言葉に詰まってしまった。

部下の恋人だということを話すのは富田に悪い気がしたし、ましてや小川さんを疑って調べてしまった失敗や、小川さんに混乱させられた情けない一連のやりとりを、父にこんな場所で説明できるわけはない。

「神崎さん、どうした?」

どう答えるべきか迷ったまま黙っていると、小川さんが言った。

「神崎さん、多分、私のことを気遣って黙ってくださっているんですよね。社長に私からお話させて頂いてよろしいですか?」

申し訳なさそうなその口調に、父の視線が小川さんに向き、小川さんも父に向かって話しはじめた。

「実は、私は、神崎さんの部下の女性とお付き合いさせて頂いておりました。その恋人が、神崎さんを大変尊敬していて、何度もお名前を聞いているうちに一度お会いしたくなって、3人でお食事をさせて頂いたことがあるんですよ。

神崎さんは、私の立場を考えてくださって、社長の前でそれを言ってもいいものかどうかと、言葉につまられたんだと思います。

でも社長、ご安心ください。御社の優秀な社員の方に、私、先日バッサリとフラれまして、関係を解消されてしまいました」

最後は自虐的に笑った小川さんに、一拍遅れて父が豪快に笑い出す。そして、言った。

「こんないい男でもフラれるんだな。別に恋愛は個人の自由だ。それにうちは社内恋愛も禁止してない。若いうちは、多いに色に惑えばいい。それが経験を深めることもある」

―…フラれた?


智が動揺してしまったその時、トラブルが発生。そのトラブルを救うのは、まさかの…?

2人の笑い声が混じり、場が和んだことよりも、その「フラれた」という言葉の方が気になってしまう。今日、富田は別のプロジェクトの準備でここには来ていないけれど、彼女はそんなそぶりを少しも見せていなかったのに。

小川さんを問い詰めたい気分になったその時、耳にはめていたイヤフォンから私を呼ぶ声がし、私は父と小川さんに挨拶をして、慌ただしくその場を離れた。

連絡してきたのは、ゲストからの要望やクレームをまとめる役割の男性社員で、私は小声で対応する。

「どうしたの?」

「トラブルです」

「4番のテーブルにお座りの斎藤様に、どうやら因縁の相手がいらっしゃったようで。2番テーブルの三上様なんですけど。自分より彼の方が良い席なのはなぜか、とお怒りになってしまって」

私は、タブレットで、席次表を開いた。

斎藤様はNYと日本を行き来する著名なファッションと美容のジャーナリストで、三上様は新進気鋭のメイクアップアーティスト。席を決める時に、十分に関係性なども調べたはずだったけれど、2人が不仲だという情報は入っていなかった。なぜこんなことに。

4番テーブルに目をやると斎藤様らしき女性が、スタッフに何やらまくし立てている様子が遠目にも分かった。スタッフの制御を振り切り、立ち上がらんばかりの勢いだ。

―ここで騒がれてはまずい。

「なんとか上手く斎藤様を、会場の外に連れ出して。控え室に私がお話に行く。私が戻るまでの間、会場のことは各部署のリーダーが対応してください」

返事を確認すると、私はインカムを切った。

その瞬間、会が始まるアナウンスと音楽が流れ、プロジェクションマッピングが新商品のプロモーション映像に変わる。



私はそのどよめきと拍手に紛れながら、スタッフに連れられた斎藤様の後を追うように、会場の外に向かった。

「…何かあったのか?」

会場を出る直前、出口近くの席に座っていた父に見つかってしまった。

「いえ、次の段取りの確認に出るだけです」

動揺を悟られぬようそう答えると、私は会場の外、トラブルの元が待つ場所に向かった。



「がっかりだわ。兼六堂さんからしてみれば、私の方が、あの礼儀知らずの若造より優先順位が低いってことよね!はぁーもう、so disappointedよ」

トレードマークである白髪混じりの銀髪ボブをかき上げながら、英語を交えて興奮する斎藤様を、数人のスタッフで取り囲み、会場から数十メートルは引き離すことができた。

控え室でお話を、という申し出はヒステリックに断られてしまったので、何とかここで説得するしかない。

私は、このイベントの総責任者であることを名乗り、名刺をお渡ししてから、覚悟を決めて口を開いた。

「ご気分を害されたことは申し訳なく思いますが、私共は、ゲストのみなさまに優先順位をつけたりは致しておりません。

席は、そのテーブルのゲスト様同士がお知り合いであったり、あとはお食事のアレルギー、宗教などをお伺いしていますので、食材別のテーブルということもございます」

クレーム処理の鉄則として、謝りすぎてはいけないことを私は学んでいる。非を必要以上に認めることは、時にトラブルを大きくしてしまうからだ。

私の言葉が止まると、斎藤様は、ボルドーのマニキュアが塗られた細い指で挟んでいた私の名刺を、まるで汚いものかのように投げ捨てた。ヒラヒラと舞う名刺に呆気にとられた私に、心底面倒くさそうにため息をつくと、言った。

「あのね…あなたみたいに、私は正論を述べておりますって感じの理屈っぽい喋り方の人、私大嫌いなの。私がなぜあの若造が嫌いかも知らないくせに…。全くpassionが感じられないわ。Passionが。もう帰りたいんだけど。車、回して。一緒に来た皆で帰るから」

携帯を取りだし、中の同行者に連絡をしようとした斎藤様を、数人のスタッフが、お待ちください、と静止する。そのやりとりの間に、斎藤様のボルテージはどんどん上がっているように見えた。

私は、気づかれぬよう腕時計を見た。会が始まってもうすぐ15分。つまり、この説得を始めてから15分が経つのに、一向に状況は好転していなかった。

確かこの斎藤様といらっしゃったのは、今絶大な人気を誇るトップモデルと、ファッションメディアやハイブランドに大きな影響力を持つ大御所スタイリストだ。もし今回のトラブルの噂が業界内に出回ってしまうと…広告効果どころか、新商品に悪い影響を与えてしまう。

―何か上手い方法は…。

私が焦りを感じ始めた時、私たちの背、会場の方から急いでこちらに向かってくる足音が聞こえ、声が飛んできた。

「お客様、私が対応させていただきます」


現れたのは救世主!?智も、怒っていた客も翻弄されてしまう!

その声は、私が止める間もなく、私と斎藤様の間に入ってきた。

小川さんだった。



「…あなた、誰?」

突然の新たな登場人物に呆気にとられた様子の斎藤様が問うと、小川さんは彼女に名刺を差し出した。

「申し遅れました、私兼六堂の、顧問弁護士の小川と申します。お客様がお困りのことに対処するのも私の仕事なので、もし宜しければ私がお話とご不満を、全てお伺いします」

「…あなた…弁護士、なの?」

斎藤様がそう言うのも無理はなかった。タキシードを着こなす小川さんの長身とスタイルの良さ、整った顔は、このような会場で出会えば、モデルか俳優かと思うだろう。

仕事柄、美しい男女には慣れているはずの斎藤様でさえ、彼に見惚れ、名刺を受け取ることを忘れてしまっている。

小川さんが名刺をもう一度差し出すと、斎藤様は、あ、ごめんなさい、と照れたように呟いた。そして、私の時とは違い、随分丁寧に受け取った。

―この人は、一体どういうつもりなの。

勝手なことをされては困る。思い返せば、小川さんには出会った時から今日まで翻弄され続けている。

こうも読めず、こうもかき乱される人に、私は今まで会ったことがない。苛立ちがこみ上げ、小川さん、と大きな声を出してしまいそうになったのを必死でこらえた。

― 人に怒鳴ったことなんてないのに。

そんな私の葛藤など一切気がつく様子はなく、小川さんはいつのまにか、斎藤様と話し込み始めていた。

「実は、僕もニューヨークに住んでいたので、ニューヨークのファッション業界にも友人が多くて。斎藤さんに憧れる友人たちから、パイオニアでいらっしゃる、レジェンドだ、ってご活躍の話を沢山聞いていました」

斎藤様にとっては、言われ慣れている盛大なお世辞にしか聞こえない言葉のはず。それなのに、斎藤様は、あなた大げさね、と言いつつも、満更でもない表情で相槌を打ち、その度に怒りが収まっていくように見えた。

「日本ではつい若い美しさが重要視されがちですが、斎藤さんは、そこにも異を唱えていらっしゃいますよね?」

「そこなのよ!私は歳を重ねた女性に元気になってもらいたくて、その活動を続けてきたのに、それについてバカにするような…女性の人権を踏みにじるようなことを言ってきたのがあの若造なわけ。

なのにあんな男を、このパーティーでは私より良い席に座らせるなんて…」

せっかく収まりかけた斎藤様の怒りが、再燃してしまった。しかし、小川さんは、斎藤様のヒステリックな様子に全く臆することなく、すぐに言葉を繰り出した。

「その問題については、僕も弁護士として大変興味がありますね。エイジハラスメント、ジェンダー、そして男女平等の問題について…日本は随分と遅れをとっている。是非、斎藤様のご意見をお伺いしたいのですが…」

そこで、小川さんは、チラリと会場の方を見た。そして。

「もう、あの会場には戻られたくないでしょう?ならば、僕に討論のチャンスを頂けませんか。もし斎藤様さえよろしければ、控え室ででも…このパーティーが終わるまでの時間を僕にください。是非勉強させて頂きたい」

小川さんが、そう言ってエスコートするように、うやうやしく自分の腕を差し出すと、斎藤様が破顔した。

「…やられたわ。あなたって、面白いわね。色男だからじゃないわよ。こっちは何十年もいい男に囲まれて生きてきてるんだから、ただ美しいだけの男には興味がないんだけど。いいわ、あなたになら騙されてあげる」

そう言った斎藤様が、小川さんの腕に手をかけると2人は控え室の方向へ歩き出し、数歩歩いたところで小川さんが私の方を振り返り、言った。

「神崎さん、控え室に、斎藤様のお食事のセッティングをお願いします」


父に失望された。その思いが、智を暴走させてしまう!

「お疲れ様でしたあ!」

最後のゲストを旅館に送り届けた確認が済み、各部署のスタッフたちの安堵の挨拶が飛び交う。私は疲労感の中で、先に帰っていった父の言葉を思い出していた。

会は大盛況で終わり、父も合格点だ、と褒めてくれたのだが。

「小川くんは勘の良い男だな。お前の顔と客席の様子でトラブルだと気付いて、弁護士が役にたつかもしれません、とすぐに出て行ったぞ。結局席には戻ってこなかったが、役にたったのか?」

―役にたった、と言わざるを得ない。

あの後、会が終わるまで、斎藤様と小川さんの討論はヒートアップしていたらしい。2人のサービスを担当したスタッフによると、話は、ニューヨークの不動産や、ベンチャー企業への投資などにまで及び、斎藤様は、こんなに頭の良い男は久しぶりだわ、と大満足して帰路につかれたという。

自分の力で、トラブルを回避できなかった事が情けない。斎藤様に名刺を投げ捨てられたあの光景が頭に浮かんだが、それをかき消し、私は父に、小川さんには感謝しています、と小さな声で言った。

すると父は、ため息をついてから言った。

「小川くんは、人の心を動かす術に、非常に…いや、異常に長けている。今回は彼がこの場にいてくれて、お前は運が良かったな」

返事ができずにいると、父の二度目のため息が聞こえた。

「お前は、自分にないものを持つ人の能力をきちんと評価して、的確に使うことを覚えるべきだ。何でも自分が出ていけばいい、というものでもない。

私がお前を、ガードの強過ぎる子に育ててしまったのかと反省しているが、少しは人に心を許して頼りなさい。1人で勝てる範囲なんて、たかが知れてるんだぞ」

そう言い残して立ち去った父の背中に、努力します、と頭を下げると、疲労感が増した。

―また…お父さんを失望させたかな…。

もう、早く眠ってしまおう。スタッフの控え室で、私物を慌ただしくまとめる。

旅館へ向かうための車両を回してもらおうと外へ出た時、派手な色の車がクラクションを鳴らした。

「大成功でしたね。お疲れ様でした」



「小川さん、あなた、一体なんなんですか?突然現れたかと思えば、”甘やかす”だか何だか、良く分からない目線からの言動とか、正直不気味で不快です。別に私は、誰にも甘やかしてほしいなんて思わない。

それに、いくら父の弁護士になったからって…このパーティーの責任者は私で、助けて欲しいなどと頼んでも指示をだしてもいません。

あなたが来なくても、私は1人でもやりきれました。だいたい容姿が美しいことを利用して、斎藤様を丸め込んだからって、そんなの…」

一気に言い切った時、ハッとした。小川さんが傷ついた顔でこちらを見ていたから。言い過ぎた。方法がどうであれ、助けてもらった人に、これでは完全な八つ当たりだ。


「嫌われてることはある程度覚悟してたけど…思ったよりも酷いな。あなたを助けたかっただけなんですけど、そこまで、容姿だけの男みたいに言われちゃうと…」

小川さんは、悲しそうに笑ったまま、続けた。

「朝の言動が行き過ぎたのは謝ります。でも朝あなたを見た時…あなたの眉間にグーってシワが寄ってて。緊張が酷そうだったから、あの状況で、ただ頑張ってくださいって言われても効かないだろうし…だから、突拍子も無いこと言ってやろうと思って。

変な男、って笑ってもらって、少しでもあなたの緊張が緩めば良いって思ったんですけど…気持ち悪かったなんて…流石にショックだな」

困った顔のまま、小川さんは続けた。

「傷ついたのは俺なのに、なぜあなたが…そんな悲しい顔をしてるんですか…。分かりました。今日を最後に、金輪際あなたの前には現れません。仕事で会社に伺っても、会わないように気をつけますから」

では、と立ち去っていくその後ろ姿に、私は酷い罪悪感を覚えた。それには既視感もあった。モナコだ。あの時も彼は、自分の容姿の事を気にしていたのではなかったか。私はまた、同じことで彼を傷つけてしまった。助けてくれた人なのに。

『少しは人に心を許して頼りなさい』という父の言葉がフラッシュバックした。

「小川さん!」

決意して叫ぶと、運転席に乗り込もうとしていた小川さんが、止まってこちらを見た。

「最初にお礼をいうべきでした。大人げなく、取り乱してごめんなさい。容姿のことは、完全な八つ当たりです。何度も…傷つけてごめんなさい。あなたが、斎藤様と、株や投資の話で盛り上がって下さったからこそ、斎藤様のご機嫌は直ったのに…」

小川さんは、固い表情のままだ。私は、彼の側まで歩いて行き、言った。

「良かったら、この後…一杯だけ、奢らせてもらえませんか?お礼と…お詫びをさせてください」

小川さんは、子供のようにキョトンとした表情になった後…状況を理解したのか、本当に嬉しそうに笑った。


▶NEXT:9月1日 日曜更新予定
詐欺師が智に初めて見せた、自分でも予想外の言動。そして、智はその意外な素顔に…。


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〜高校卒業後15年。再会した2人の女の人生は、180度違うものとなっていた…。女のプライドをかけた因縁のバトル、続きは明日の連載をお楽しみに!