東京は、飽きない街である。

東京都の人口は、約1,400万。47都道府県ある中、1割以上の日本人は東京に住んでいるという計算だ。

その分、人との出会いが多く、刺激的な仕事も多い。だがもしそんなとき、“東京以外に住む”という選択肢を提示されたら…?

これはそうした経験をした(している)人の、リアルな体験談である。

東京以外での生活は、アリだった?ナシだった?

前回は、戸惑いながらも北海道での暮らしを満喫する転勤妻を紹介した。今回は?



<今週の地方在住者>

名前:亜矢子さん(仮名)
年齢:35歳
住居:茨城県守谷市


「…主人も子供も、ここのドーナツをお土産に買って行くと、すごく喜ぶんです」

守谷駅近くの大型ショッピングモールにある、某ドーナツチェーン屋で、彼女はそう言って笑った。

上品なグレーのニットにジーンズというラフな格好だが、首元には、一粒ダイヤのネックレスがきらりと光る。その洗練された雰囲気は、この場所では少し浮いているように見えた。

「私は実家が代々木上原なんですが、近所にすごくお洒落なドーナツ屋さんがあって。でも主人は『ここのチェーンのドーナツの方が絶対美味しい』って言うんです。無添加で自然な甘みが売りの、美味しいドーナツなのに…」

東京出身の彼女が茨城に嫁いだのは、ちょうど7年前のこと。

「結婚を機に、ここ守谷に移り住みました。2005年につくばエクスプレスが開通したので、都心には大分出やすいんですよ」

茨城県守谷市は、茨城の南部に位置し、人口は約6万8千人(2019年9月1日現在)。東京都心までは約35キロ、つくばエクスプレスの快速を利用すると、秋葉原までは約32分で行ける。

「引っ越した当初はこの土地に馴染めないような気がして居心地が悪かったです。特にそう感じたのは通勤のときですかね。ブランドの大きな鞄を抱えて、マノロブラニクのヒールで40分弱かけて通勤している自分が、すごく滑稽に思えました」

東京出身で大手企業に勤めていたという彼女が、なぜ茨城在住の男性と結婚にまで至ったのだろうか?

「実は私、20代のときにお付き合いしていた人に騙されていて…。主人とは、お見合い結婚なんです」


彼女が20代で経験した悲恋とは…?その後、守谷に移り住み経験した葛藤

亜矢子さんは、小学校から一貫の女子校に通い、有名私大を卒業後、丸の内にある金融機関のバックオフィスに勤務。

外資系の会社ではあったが、アットホームな社風で仕事は楽しく、充実した社会人生活を送っていたと言う。

「フロントの人たちは激務ですが、私はバックオフィスだったので、プライベートもきちんと確保できましたし、お給料もそれなりにいただいて…。本当に楽しい社会人生活でした」

社会人3年目になり、代々木上原の実家から赤坂で一人暮らしを始め、東京生活はますます充実していった。

「そのときちょうど、ちょっとしたチーム異動があって…。そこで彼…智之と出会ったんです」

亜矢子さんの勤めていた会社はかなり大手のため、彼のことはほとんど知らなかったと言う。

「仕事ができて、話も面白い人でした。当時私が26歳、彼が33歳だったかな。短期間のプロジェクトだったのですが、仕事帰りにたびたび飲むようになって、お付き合いを始めました」

だが2人で会うのは、もっぱら赤坂にある亜矢子さんの家だったと言う。

「離婚したてで、まだ奥さんの荷物があるから…ってなかなか家に呼んでくれなかったんです。それに彼の家は成城の方だと聞いていたので、通勤には少し不便で」

もちろん社内で2人の仲は秘密で、離婚したことは直属の上司にしか報告していない、と言っていたという。

「ちょっとおかしいなと思うことはあったのですが、プライベートの友人には“彼女”と紹介してくれていたんです」

そこまで言って、彼女は言葉を詰まらせた。

「付き合い始めてちょうど1年になるくらいの時でしょうか。彼と同じチームの同期とたまたま飲む機会があって、そのとき『智之さんの家、今度赤ちゃん生まれるんだって!』と聞かされたんです」

驚いた亜矢子さんは、もちろんすぐ彼に問い詰めた。すると彼はこう言ったという。

「『離婚を考えていたのは本当だ。ただ、時間がかかってしまっていて…』と言い始めたんです。もちろんそれ以来、彼を信じることはできませんでした」

その後すぐに別れたものの、亜矢子さんはひどく落ち込んだ。何とか仕事はこなせるものの、食欲はなくなり、睡眠不足に悩まされる日々。

あまりのショックでやせ細っていく娘を心配し、母親が彼女を代々木上原の実家に連れ戻した。そのときちょうど、亜矢子さんは27歳。

「私、ずっと女子校育ちだったし、男性ときちんと付き合った経験もほとんどなくて…。見抜けなかった自分が本当にバカだったと思います」

実家に帰り精神状態はどうにか回復したが、酷い男性不振に陥った。



「両親にも迷惑をかけたし、結婚自体はしたかったのですが、どんな男性とデートしても『奥さんがいるんじゃないか』『彼女がいるんじゃないか』と考えてしまって…」

そんな娘を心配した父親が、いくつか縁談を持ってきたという。

「絶対独身だという確証が持てる男性に出会うには、入会に独身証明書が必要な結婚相談所か、お見合いですよね。そのときちょうど結婚相談所に入ろうかなと思っていたのですが…」

父親が見せてくれた当時のご主人の写真を見て、亜矢子さんは直感で「いいな」と思ったらしい。

「職場で見る男性とは180度違う、嘘のない、誠実さが滲み出ていたんです。朴訥な雰囲気ではありましたが、当時の私には救世主に見えました。まさか自分が、地方在住のサラリーマンと結婚するなんて、思ってもいませんでしたが…」

その後、筑波にある老舗ホテルで2人はお見合いをし、とんとん拍子に結婚が決まった。

ちなみにご主人は、大手メーカーの研究機関勤務。地元は守谷で、かつその研究所が筑波にあるため、住むところは守谷がいいと言われたという。

「主人の実家は守谷で、辺りに結構な広さの土地を持っているんです。義父がいくつかアパートやマンションを経営してるのですが、何年か前に“住みやすい街ナンバーワン”と取り上げられたこともあり、人気はあるみたいですね」

こうして守谷へ移り住むことが決まったというが、東京から離れることに抵抗はなかったのだろうか?

「そのときはまだ完全に傷が癒えていなくて、東京から離れたいという思いの方が強かったですね。あとは、主人の地元愛があまりにも強かったというのもあって…」


大失恋のあとに移り住んだ茨城だったが、東京生活が恋しくなり……。

だが結納から結婚式、そして引っ越しまで一連のイベントを済ませ茨城に住み始めると、やはり東京が恋しくなったと言う。

「悔しかったから、失恋後も会社は辞めずに、守谷から通勤していたんです。でも先ほど話したように、初めての長距離通勤、初めての土地になかなか慣れなくて…」

独身時代のように、会社帰りにふらっとお洒落なお店でディナーをすることも、買い物できるわけでもない。

「とは言っても、守谷はど田舎という訳でもないし、便利ではあるんです。ショッピングモールやホームセンターがあって生活に不便はない。ただいくらそう言い聞かせても、どんどん自分が色褪せていくようで…焦りました」

慣れない生活にストレスが溜まり、通勤時には蕁麻疹が出るときもあったと言う。しかしそんなとき、ご主人との間に新しい命を授かった。

「妊娠を機に、それまで勤めていた会社を辞めたんです。悪阻がかなりひどくて通勤するだけで一苦労だったし、妊娠初期に不正出血もあって」

会社を辞めると、都内に出る機会はほとんどなくなったが、妊娠して初めてこの土地の良さに気づいたと言う。

「主人は小学校から大学までずっと茨城なので、地元愛がかなり強いんです。友人も、行きつけの病院も、美容室も全部守谷で完結している。それが最初は正直、『世界が狭いな』と思ってしまうこともあったのですが、助けられた部分も多くて」

まず、妊娠中から体調を崩しがちで、生まれてきた息子さんも病気がちだという彼女にとって、個人クリニックから総合病院まで、医療ケアが充実していたのが有難かった。

「主人が赤ちゃんの頃から通っている内科が近くにあって、そこに息子も通わせています。息子は病気がちなので、本当助かっています。あと公園も多くて、中心地に10個くらいはあるので、子供を育てるのにとても良い環境ですね」



また地元愛の強い人が多いため、そのネットワークに助けられることも多い。

「休日は主人の幼馴染とバーベキューしたり、家に遊びに行ったり…。親戚も大体この辺りに住んでいるので、核家族、という感じがしないですね。何かあったあときはお互い様、という雰囲気です。この間ついに主人が3歳の頃から通っている美容室に息子を連れて行ったら、全く同じ髪型になっていて、思わず笑っちゃいました」

こうして、ようやく茨城の良さを受け入れられた彼女は、あることに気づいたと言う。

「私は東京出身なので、それが当たり前だと思っていたのですが…。東京って自分が“何者”かになっていると思わせてくれる街なんです。だって多少自由になるお金があれば、お洒落なレストランに行けるし、トレンドの服もすぐ買えるし、人脈を少し辿れば有名人にだってすぐ会えますから」

東京という街のおかげで自分が成り立っていた、と話す亜矢子さん。実は最近、息子さんが小学校に入り、仕事を再開したと言う。

「大学の先輩が結婚して同じ沿線に住んでいて、教育関係の会社を立ち上げたんです。私はそこで、PRとマーケティングの仕事をしています」

その女性経営者は、亜矢子さんと同じく出産を経て会社を辞めたという。そして東京でのキャリアを活かし、いま住んでいる土地に貢献しようと起業したのだとか。

「これからは東京の刺激に頼るのではなく、家族を大切にしながら自分の人生をしっかりと生きたいと思います」

どうやら茨城での生活で、自分の“軸”を見つけたようだ。

「まぁそんなきれいごとだけじゃなくて、子育てがもう少し落ち着いたら、都内でショッピングや食事をもっと楽しみたいですが(笑)」

そう締めくくった彼女は、今日一番の笑顔を見せた。


▶NEXT:10月20日 日曜更新予定
東京人が、思わずコンプレックスを感じてしまう土地とは・・・


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