御三家。それは、首都圏中学受験界に燦然と輝く、究極の伝統エリート校を指す。

男子は開成・麻布・武蔵。女子は桜蔭・女子学院・雙葉。

挑戦者を待ち受けるのは「親の力が9割」とも言われるデス・ゲーム。

運命の2月1日、「真の勝者」は誰だー。

◆これまでのあらすじ

深田 彩はある日、息子の翔から、男子御三家・麻布中学校の将棋部に入りたいと言われ、受験を決意した。

最強スペック母薫子から、「麻布に合格する可能性はある」と励まされ、ママ友・瑠奈の妨害を受けながらも必死で勉強に励む。

しかし、合格発表の2月3日。麻布中学の合格者掲示板に、翔の番号はなかった…。



「真ちゃん、翔のサッカー合宿だから、東京駅まで送ってくるね!そのあと大事な約束があって、帰るのは3時くらいかな。翔、荷物全部持った?」

「持った!パパ、行ってくるー」

「ああ、行っておいで、ケガに気をつけるんだぞ〜」

5月。

新緑が眩しいゴールデンウィーク初日。彩と翔は、車で東京駅に出発した。

マンションを出てしばらくすると、麻布中学校の校門が見えてくる。彩は、うっかりこの道を選んでしまった自分に腹が立った。

―どうしよう…翔は大丈夫かな…?

しかし、助手席を伺った彩が見たのは、「意外な光景」だった。


彩の胸を刺す「あの日」の光景。そして翔の現在は…?

「僕はあれ以上頑張れなかった」


「うわ…今日のチーム分け、よく見たら1年の仲間見事にバラバラだ〜。コーチ全員見てるし、頑張んないとなあ」

翔は、サッカー合宿のしおりに夢中で、麻布のことなどまったく視界に入っていなかったのだ。

受験生時代、翔は学校の前を通るたびに必ず、「まってろ、麻布将棋部〜!」と言っていたことを思い出し、彩の胸はまだ痛むというのに。

結局、翔の中学受験は、2勝1敗。

2校に合格し、第一志望の麻布だけ合格することはかなわなかった。

現在翔が通うのは、都心にある進学校。御三家に次ぐ難関男子校で、小5のなかばで勉強を始め、最下位のクラスからスタートしたことを思えば、偉業だと塾の先生は言ってくれた。

麻布に落ちた日、翔は一晩中部屋にこもって泣いていた。

夕飯も口にせず、その夜、真一と彩も心配で一睡もできず夜が明けた。

しかし翌朝、翔は「僕はあれ以上努力できなかった。精一杯やった。それでも何かが足りなかったんだよね。麻布に挑戦したことに後悔はないよ」と言って、二つの合格校のうち、今通う学校を選んだのだ。



今、第2志望の学校でいきいきと新生活を楽しみはじめた。

その様子を見て、翔の心の傷を心配していた彩と真一は、初めて体から力を抜くことができた。

「行ってらっしゃい。気をつけてね!」

翔を東京駅で見送ってから、彩はその後ろ姿を見て、ふと胸をよぎる寂しさに気がつく。

―私ったら、息子が自立していくのが寂しいなんてだめだな。これからは中学生なんだもん、少しずつ手を放していかないと。

頭をひとつふると、彩は東京駅の構内を、丸の内方面に向かってゆっくりと歩き出した。



「彩!待ってたわよ〜」

丸ビルの『アンティカ・オステリア・デル・ポンテ』の優雅なランチタイムに、いささか賑やかすぎるテンションで迎えてくれたのは、「あの日」以来、初めて会う瑠奈と、さらに久しぶりの薫子だった。


瑠奈と薫子が語る、それぞれの息子の現在とは?

リブート


「改めまして、瑠奈、薫子さん、その節は本当にお世話になりました。そして合格おめでとうございます」

彩がまずはずっと伝えたかったことを口にすると、二人は嬉しそうに笑った。

「うちは第一志望じゃないけどね!でももうこれで大学受験しなくてすむから、これからは今まで無理させた分、好きなことに打ち込ませてあげようと思う」

瑠奈は、それが本心とわかる弾んだ調子で笑った。

結局、瑠奈の息子の春馬も、麻布は不合格だった。

しかし、超難関有名私大の附属校に合格したのだ。結果的に、瑠奈や春馬にとって、とてもいい形になった。

瑠奈は、当初の義実家をぎゃふんと言わせるという目的も達成したしね、と片目をつぶる。

超ブランド校の合格は、一気に嫁の評価を押し上げたようだ。

「そういえば、薫子さん!親子合格インタビュー読みました!」

「先月の受験情報誌に、ご主人も光輝君と出ていらっしゃいましたよね、『三代で開成に学べるのは、息子と妻の努力の証』って」

瑠奈と彩が二人で盛り上がっている一方で、薫子はいつものポーカーフェースを少しだけ崩して、恥ずかしそうに首を振った。

「いや、もう私は今回のことで身にしみたの。人生何があるかわからないから偉そうなこと言うもんじゃないって。それなのに主人が、塾を通して取材のお話がきたら浮かれてペラペラと…」

そう、薫子の息子・光輝は不調にあえぎ、いったんは志望校を落とした。

しかし母は最後の望みをかけ、2月1日の受験校として開成を含む2校に出願し、ぎりぎりまで挽回の努力を重ねたのだ。

直前期にはすべての模試が終了し、実力を測るすべはない。

その局面で、薫子は決断したという。

血のにじむような思いで積み上げた長年の努力、つまり開成対策が、息子の中に結晶していると。

偏差値以上に、これまでの勉強量を信じた母の最後の賭けだった。

そして、光輝は勝った。

開成の合格発表で、光輝はいつまでも、いつまでも合格者掲示板の前に立っていたという。

「光輝君はどう?開成って、どんな子が通ってるの?」

瑠奈が美しく盛られた前菜を口にしながら、興味津々といった調子で聞いた。

「世間のイメージよりもずっと活発で自由な学校なの。光輝は剣道部に入って、ひいひい言ってるわ」

薫子はにっこりと笑うと、彩に尋ねる。

「翔君はどう?元気に通ってる?」

「はい、おかげ様で…。正直言って、あんなに麻布しか眼中にない様子だったから、落ちたらどうなっちゃうんだろうってすごく怖かった」

彩の言葉に、二人はしんみりとうなずいた。

「でも、完全燃焼ってすごいですね。ほんとに燃え尽きたら、新しい何かが始まるって、翔に教えられました」

すると、瑠奈もそれに同意した。

「そうだね。子どもに失敗させたくない、傷つけたくないって、結果をとても恐れていたけど。頑張ったことそのものは、ずっと子どもの中に残るんだよね」

人生は、何度だって立ち上がれる。

結果だけに囚われて、大切なものを見失わないように。

それを忘れなければ、親のサポートの形は千差万別でいいのだ。



「それで、光輝君はやっぱり『あの塾』には入ったんですか?」

訪れた優しい沈黙を破って、瑠奈が薫子に尋ねた。

「もちろん。開成に合格したその瞬間、親に電話するより先に『あの塾』にかけて席を確保したわ」

「あの塾…?」

彩が話についていけずに首をかしげると、瑠奈は素早くスマホで検索し、画面を見せる。

「彩ったら、相変わらずのんびり屋ね。聞いたことくらいあるでしょ?今や東大理Ⅲの大半を、この塾の出身者が占めるの。開成や麻布みたいな、この塾が指定する最高ランクの学校に合格した子は、中1の最初のみ無試験で入塾できるのよ」

興奮気味に話す瑠奈のテンションに面食らっていると、薫子がまあまあ、といった調子で割って入った。

「中1で大学受験のための塾っていうのもどうかと思うわよね…。でもこの塾に途中から入るのは至難の業だから、指定校に合格したらその場で塾に電話するのが定石なのよ。うちの学校でも中1から結構な人数が入ってるわ」

「そ、そうなんですか…全然知らなかった」

「麻布の合格発表の日は、校門の前でこの塾が書類を配ってるけど…そんなのあの時は目に入らないわよね」

ため息をつく瑠奈には、大学受験はもう関係ないという余裕が漂っている。スマホを必死にのぞきこむ彩の肩に、薫子が手を置いた。

「リンク送っておくから、あとで見てみて。翔君の学校も数すくないあの塾の指定校だったのよ、きっと大勢が通っているわ。入塾テストを受けるなら少しでも早いほうがいいわよ」



彩は、二人と別れてから、駐車場に直行するでもなく、東京駅の前をゆっくりと歩いていた。

―もう新しい戦いが始まってるんだ…。

スマホを取り出し、薫子が送ってくれたリンクを開く。そこに並ぶ驚異的な合格実績には、抗いがたい存在感があった。

翔はどう思うだろうか。

果たせなかった第一志望合格を、大学受験でかなえたいと願うのか。

それとも、ばかばかしい、今は自由を満喫すると一蹴するだろうか。

彩には皆目見当がつかなかった。

以前だったら、翔がどう言うか、大概のことは予想できたというのに。

―それでいいんだ。翔は私じゃない。翔の考えは、翔のもの。中学受験を通して、あの子は大人になった。もう自分の足で人生を歩み始めたんだ。

不意に広場のような場所に出て、はっとした彩は足を止めた。

東京駅からあてもなく歩き、いつの間にか東京国際フォーラムまで来てしまったようだ。

あたりを見回すと、案内板が目に入る。

入口には「私立中学校合同説明会」と書かれていて、数百の学校名が並ぶパンフレットをイベント主催スタッフが配布している。

そして周辺には、何百組もの親子が列が長い列を作っていた。

「すごーい、御三家勢ぞろいじゃない!」

興奮した母親の声がすれ違いざまに聞こえる。

御三家。中学受験界に燦然と輝く、伝統エリート校。ここに入れるのは、ほんの一握りの子どもたち。

中学受験という名のデスゲームの「真の勝者」とは、彼らだけを指すのだろうか?

彩は祈る。切実に、心から。

全ての親子が、この戦いの果てに「何か」を掴めるように。

たとえ合格がかなわなくても、その手で勝ち取ったものを見失わないように。

この戦いに身を投じるすべての親子のために、彩は祈り続けた。

Fin.