−この結婚、本当に正解だった?−

かつては見つめ合うことに夢中であった恋人同士が結婚し、夫婦になる。

非日常であったはずのときめきは日常となり、生活の中でみるみる色褪せていってしまう…。

当連載では、結婚3年目の危機にぶち当たった夫婦が男女交互に登場する。

危機を無事に乗り越える夫婦と、終わりを迎えてしまう夫婦。その違いは一体、どこにあるのか−?

これまで、起業した妻に自分の年収を超えられてしまったサラリーマン夫・健吾に話を聞いた。

今回は、“良妻の呪い”に取り憑かれ爆発した妻・未央に対する、夫の言い分。



危機事例⑧ 我慢の限界に達した妻の爆発−夫の言い分−


【岡崎家・結婚3年目の事情】
夫:範久(仮名)
年齢:32歳
職業:弁護士

妻:未央(仮名)
年齢:29歳
職業:フリーライター


新しい年を迎えた『ザ・ラウンジbyアマン』は、いつにも増して凛とした空気を纏っている。

大きな松が飾られたセンターピースに思わず感嘆の声を漏らし、そのまま奥に目を向けると、ゆったりとした広いソファ席に、いかにもエリートらしい清潔感ある男が浅く腰掛けていた。

先週話を聞いたフリーライター岡崎未央の夫・岡崎範久だ。

彼は大手町にある某法律事務所に所属するアソシエイト弁護士で、仕事の合間に少しばかりオフィスを抜けてきたという。

「いやぁ、驚きました。普段は穏やかで感情を表に出さないタイプの未央がいきなり激昂したものだから…。でも僕は、こう思っているんです。今回の衝突は、起こるべくして起きたって」


突然の、妻の激昂。弁護士夫・範久が「起こるべくして起きた」と語る理由とは


「そもそもね、未央は家で夫に尽くすようなタイプじゃないんですよ」

運ばれてきたブラックコーヒーに口をつけた後で、範久は両手を組み、少しばかり身を乗り出して語り始めた。

「出会った頃の彼女は損保OLでしたが、文章を書くのが好きだ、いつかは文筆業を仕事にしたいと目を輝かせて語っていました。そして僕は、そんな彼女を好きだと思ったんです。

ポジティブに夢を語れるところ、そして語るだけじゃなく、マメにブログを書いて発信したり読書をしたり、そういう努力家なところも。彼女は絶対、家事なんかより仕事が好きなんですよ」

妻のことをそんな風に語る範久は、どこか楽しげだ。未央の昔の姿を思い出しているのか、懐かしむように頬を緩める。

そして再び、言葉を続けた。

「結婚したら妻には家にいて欲しいとか、料理も掃除も完璧にしてもらいたいとか、そういう男も多いのかもしれない。

でも僕はまったく違う。僕自身の母も働いていて家にいないことが多かったし、食事も外食やお惣菜が当たり前だった。それに対して不満もありませんでした。だいたい手料理の方が美味しいとか健康的とか、ただの思い込みですよ」

きっぱりと言い切った範久。

異論のある人もいるだろう。しかし、これほどまでに外食産業の発達した現在においては、選ぶものと栄養バランスにさえ気をつければ、必ずしも手料理でなくても健康的な食生活を送ることは確かにできそうだ。

そしてそういう価値観を、範久は未央に結婚前から話していたという。

「だから結婚後、未央が仕事をセーブしたのは意外でした。とはいえ僕は別にどちらでもいいと思っていたので、特に何も言いませんでした。仕事をするもしないも未央の自由。好きなようにすればいい。結婚したら“奥さん業”がしたくなったのかもしれないし、それはそれでありがたい話ですから」

実際、いつも整然と片付けられたリビングは快適で心地よかったし、早く帰っても遅く帰ってもすぐさま手際よく並ぶ手料理は、疲れ切った範久を心身ともに癒してくれた。

意外ではあったものの、絵に描いたような“良妻”となった未央に、範久も心から感謝していたという。

妻の頑張りをしっかりと認め「ありがたいことだ」と繰り返した上で、範久は「ただ…」とかすかに表情を曇らせた。

「最近になって、彼女がしきりに恩を着せるような言動をするようになったんです。私はこんなに頑張っている、こんなにもあなたに尽くしている、と。それはその通りで、ありがたいんですよ?

…けれど押し付けがましく言われたり不機嫌な態度をとられるくらいなら、むしろ何もしてくれなくていい。クサく聞こえるかもしれませんが、僕は本当に、未央が幸せそうに笑っていてくれれば、それが一番なんです」

一方的に不満を募らせる妻に、範久はさりげなく助言をしたらしい。

無理をする必要はない、未央の時間は未央の好きなように使えばいい、と。

範久としては、妻のためを思えばこその言葉である。ところが未央は聞く耳を持たぬばかりか、余計に苛立ちを募らせている様子だったという。

「だからあの日の大喧嘩も…まあ、きっかけは僕が妻の予定を把握していなかったことで、それは悪かったと思っています。でも、どちらにせよ遅かれ早かれ衝突していたと思うんです。きっともう彼女自身が限界だったんですよ。自分を偽って、無理をし続けることに」


「衝突は必然だった」と語る夫・範久。そしてこの喧嘩の後、二人の夫婦関係は一変する

—僕は別に、合わせてくれなんて頼んでいない−

激昂した妻に対し、売り言葉に買い言葉でつい漏らしてしまった本音。

範久もすぐに「しまった」と思ったらしいが、一度口に出した言葉を引っ込めることはできない。

夫の心無い言葉を聞いた妻は、怒りで唇をワナワナと震わせ、瞳に涙を溜めたまま黙り込んでしまったという。そしてその後1週間はろくに口もきいてくれなかった、と範久は苦笑いで語った。

しかし結論から言うと、この範久の失言が、結婚3年目の危機を救うことになったというのだ。



「大ゲンカの後、『頼んでいない』と失言した僕への当てつけのように、妻はこれまで完璧にこなしていた家事をやらなくなりました。仕事を増やしたらしく、取材に出かけているのか、外出することも多くなりましたね」

どうやら未央は、これまで我慢に我慢を重ねた不満をついに爆発させ、自己犠牲をやめるという結論に達したらしい。

しかしそんな妻の変化について、範久は意外にも嬉しそうに語った。

「妻が家事の手抜きをしたからって、僕としては別に不満なんかないですよ。それどころか、今だからこそ言いますが、毎日家で手料理を作って僕の帰りを待っているの…ちょっと負担だったんですよね。早く帰らなきゃと焦ったり、同僚に誘われても断ったり。

いや、もちろんありがたいんですよ?でもたまにはふらっと飲みに行ったり、一人でカップラーメンすすりたい夜もあるんです、男は(笑)。正直、今の関係性の方がよっぽど気楽で居心地良いですね」

最近は、お互い無理をせず、平日夜は別々に食事をとるようになった。たまに範久の方が先に家に帰った際は、お風呂掃除をしておいたり、洗濯をしてあげることもあるという。

「これまでは妻がすべてを完璧にこなしてくれていて…それゆえ自ら家事をしようという気にもならなかったのですが…今はお互い忙しいし、家事分担というほどでもないですが、気づいたことはしてあげたらいいかなって」

そうして少しばかり家事を手伝うようになった範久は、より一層、これまで自分を支えてくれた妻に対し感謝の念を抱くようになったという。

「いや、仕事しながら家事をこなすって本当に大変ですよ。妻が恩を着せたくなった気持ちもわかる。今後彼女の仕事がさらに忙しくなるようなら、家事代行を使えばいいと考えています」

結婚3年目。我慢に我慢を重ねた不満をついに爆発させた妻は、そこでようやく“良妻の呪縛”から解放された。

一時は険悪ムードで危機に陥った二人ではあったが、お互いに無理をやめたことで、関係性は以前よりずっと軽やかで心地よく変わったという。

夫のために、妻のために。パートナーとして、その心がけはもちろん大切だ。

しかしお互いまずは自分の人生を楽しむことこそが、永く夫婦円満を続けるコツなのかもしれない。


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