「この恋は、やめるべきでしょうか」

誰だって、きっと考えたことがあるはず。

彼が嘘をついていると気づいたのに、
彼女が浮気していると知っているのに、
一緒にいてつまらないと、お互いにわかっているのに、
それでも見えない、この恋のやめどき。

あなたは、この恋、どう思いますか?

前回はホワイトデーに波乱を迎えた女を紹介した。



涙が枯れるほどの恋をした



ー今週も頑張ったし、祥太郎が帰ってくる前にお風呂に入ろう。

付き合っている祥太郎の家に合鍵を使って入ると、麗奈は真っ先に風呂に向かった。

シャワーを浴びながら、強張った身体がほぐれるのを感じる。

4月にチームリーダーへの昇格が決まり、今まで以上に打ち合わせの数が増え、ここ最近は常に緊張状態が続いていたのだろう。

お風呂を出ると、濡れた長い髪にヘアオイルをつけ、洗面台の棚に置かれたドライヤーに手を伸ばす。そして、ドライヤーを持ち上げた瞬間だった。右手に感じるその違和感に、麗奈は思わず手を止めた。

コードが丁寧に束ねられたドライヤー。

大雑把な麗奈はいつもドライヤー本体にコードを巻きつける。祥太郎はもっとガサツで、そもそもコンセントに挿したまま放置するから、コードなんて纏めるはずがない。

ドキドキと心臓の鼓動が早くなるのを麗奈は感じた。

きっと、祥太郎が気まぐれで束ねただけ。そう思いながら、ふと目の前のゴミ箱に目を落とした。


もしも他に証拠があったら...?麗奈の不安が現実となる


ーもしも他に証拠があったら?でも、ゴミ箱を探ってまで疑うなんて気持ち悪いと思われたらどうしよう。それに、半同棲とはいえ、私が前回泊まったのはこの前の日曜。

ーその間に男友達が泊まりに来てることだってあるはず。でも何か嫌な気がする。きっとここに何かある気が...

しばらくゴミ箱と睨めっこを続けると、麗奈は恐る恐る洗面台の下にあるゴミ箱に手を伸ばした。

ゴミ箱から今にも溢れ出しそうなティッシュや、歯ブラシのパッケージ。その下に、ほんのりとピンク色のついた何かが視界に入った。手を震わせながらそれを指で摘み上げると、麗奈の息が一瞬止まった。

ピンクのラメがついた、化粧落としシート。

美容にお金を厭わない麗奈が使うのはコスメデコルテのクレンジングミルクで、旅行の時でも化粧落としシートは使わない。

力が入らずゴミ箱の横に座り込むと、思わず涙が頬をつたう。

−やっぱり、遊んでるんじゃん。

友人の紹介で出会った祥太郎。付き合う前は、典型的な広告マンらしくモデルやCAなど華やかな女子たちをはべらせていたことは、友人の間でも有名だった。

「今までは遊んでいたけど、もういい歳だしそういうのやめたから」

2年前に麗奈と付き合い始めてからは、祥太郎自身も女遊びをやめたと言っていたし、周囲からも「あいつは変わった」と聞いていた。もう29歳、お互いに結婚を見据えていたはずだった。

指先で掴んでいる化粧落としシートを見つめながら、麗奈は呆然としていた。

信じていたはずの祥太郎に、騙されていたのか。そう思った途端、麗奈の目から一気に涙が溢れ出す。

その時、ガチャガチャと玄関の鍵が開く音が聞こえてきた。ドアがバタンと勢いよく閉じ、祥太郎が足音を立てながら廊下を歩いてくる。


帰宅した祥太郎に証拠を突きつけた麗奈。祥太郎の反応は?

麗奈が急いで涙を拭って立ち上がると、ちょうど廊下に立つ祥太郎と目があった。泣いていたことを隠そうと咄嗟に下を向くと、祥太郎は気にも留めず、麗奈を避けるように洗面台の前に進む。

「今日は帰るの早かったんだね」

手を洗いながら祥太郎は麗奈に話しかける。



「うん。今週は打ち合わせ多くて疲れちゃったから、早く帰ろうと思って」

心臓がどんどん早くなるのを感じながら、麗奈は泣くのを堪えようと、唇をキュッと噛む。

−落ち着け、私。

そう自分に言い聞かせながら、麗奈は恐る恐る祥太郎に問いかけた。

「ねぇ、今週誰か泊まりに来たりした?」

「うーん、なんで?」

明るいトーンのまま答える祥太郎だったが、その声の中に麗奈は少しだけ緊張感を覚えた。

「ドライヤーのコードが、いつもと違ったから」

「あ〜飲み会終わりで男友達が来たりするから、勝手に束ねたのかも」

振り返ることなく答える祥太郎の背中を見つめながら、麗奈は右手に掴んだ化粧落としをぎゅっと握り、唾を飲み込む。

「じゃあ、この化粧落とし、誰の?」

震えるような声で眉間にしわを寄せて聞くが、祥太郎はチラッと振り返ると、すぐに横にかけてあるタオルの方を向き直して手を拭く。

「飲み会終わりに何人か泊りに来たときのやつじゃない?覚えてないよ」

−覚えてないって...

その一言で麗奈は感情の高ぶりを堪え切れなくなった。

「先週の日曜、私帰る時に洗面台のゴミ捨てたし、今週みんなで飲んでたって言ってた日ないじゃん!ヘタな嘘つかないで!」

勢いよく言い返しながら、麗奈は頬をつたう涙を拭った。感情的になると、昔から涙が出てしまう。そして、そんな自分が情けなくなって、余計に涙が止まらなくなるのだった。

肩を揺らしながら何度も深く息を吸って呼吸を整えようとする麗奈を見つめて、祥太郎はため息を吐くようにボソボソと話し始める。

「女友達を呼んで家で鍋しただけ。けど別に手出してない」

「そんなの信じられない」

キュッと締まった喉から一生懸命声を絞り出すと、祥太郎は麗奈をそっと抱きしめる。

「他の女の子に手出すんだったら、わざわざ麗奈と付き合ってないよ」

麗奈は眉間にシワを寄せたまま、ぎゅっと目を閉じる。

「今週麗奈忙しかったし、一人で家にいるのが寂しくなっちゃっただけ。ごめんね」


「アラサーにもなって、泣く女はずるいよな」祥太郎の台詞のワケとは

『ウエスト青山ガーデン』で、ぼんやりとした頭を覚まそうと、麗奈は紅茶をすすっていた。

−祥太郎の言葉は、どこまで信じられるのだろう。

麗奈は昔から一人遊びが得意だった。週末だって誰とも会わなくても平気だし、友達からのLINEもなかなか返せないタイプだ。でも、祥太郎は常に誰かと連絡を取っていたいし、週末だって誰かに会っていないと気が落ち着かないらしい。

だからきっと「寂しかった」というのは本当なのだろう。

ぼんやりしていると、麗奈の前に注文したホットケーキがそっと置かれた。丸くて、やわらかい、甘い香りを放つホットケーキ。



−そうそうこれ、懐かしい。小さい頃、お母さんがよく作ってくれてたなぁ。

そう思いながら一口めを口に入れた途端、麗奈の目からは涙が溢れていた。

ーどうして祥太郎は、あんなに寂しがりやなんだろう。

涙をぬぐいながら、パンケーキを食べ進めていると、ふと祥太郎の一言を思い出した。

「俺、親が離婚してて、小さい頃からひとりぼっちになるのが怖かった」

祥太郎は、小学校に入る前に両親が離婚したと言っていた。その頃の寂しさを強烈に覚えていて、いまだ拭えていないのかもしれない。

だから、寂しさを埋めるように、一人でいることを避ける…。もしそうなのであれば、祥太郎の寂しがりは、きっとそう簡単には治らないのだろう。

自分は十分頑張ったのだと、麗奈は自分に言い聞かせる。

ー頑張ったけど、もう限界…。

そう思いながら携帯を手に取り、祥太郎に電話をかける。

「......」

無言を貫く祥太郎に、麗奈は必死で言葉を口にしようとする。すると、泣き出す時に感じる、キュッと喉が閉まる独特の感覚に襲われた。

「ごめんね」

今にも消えそうな声で一言絞り出すが、祥太郎は相変わらず口を開かない。

「やっぱり昨日のこと、納得がいかない」

麗奈が言うと、またしばらくの沈黙の後に、一言だけが返ってきた。

「...それで?」

ようやく電話口から聞こえて来た、短い一言。

麗奈は、ふーっと息を吐き、用意していた言葉を口にしようとするが、なかなか出てこない。

もう一度大きく息を吸い呼吸を整えてから、キュっと口角を上げてゆっくりと口を開いた。

「別れよう」

自分で言った言葉なのに言った瞬間に眩暈がして、目の前が一瞬、ぐにゃりと曲がって見えた。

「そっか」

そう言うと祥太郎は、一つため息をついて、言葉を続ける。

「アラサーにもなって、泣く女はずるいよな」

祥太郎の捨て台詞を聞いてから、麗奈はそっと電話を切った。


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