“思い出”はときに、“ガラクタ”に変わる。

ガラクタに満ちた部屋で、足を取られ、何度も何度もつまずいて、サヨナラを決意する。

捨てて、捨てて、まだ捨てて、ようやく手に入る幸せがある。


合言葉は、ひとつだけ。


「それ、あなたの明日に必要ですか?」



徳重雅矢は、お片づけのプロ。カリスマ整理収納アドバイザー。

“お片づけコンシェルジュ”を名乗る雅矢は、新人アシスタントの樋口美桜とともに、まるで魔法のように依頼人の部屋を片づけ、過去との決別を促し、新たな未来へ導いていく。

今回の依頼人は…綿貫冴子(42)。大学病院の最前線で働く内科医。

私生活は、バツイチ、独身、買い物依存症で…?

▶前回:「これまで、女性と縁がないんです」六本木タワマン在住の成功者の、切実な婚活事情



整理収納アドバイザーとしての雅矢の仕事は、多岐にわたる。

仕事の軸は、依頼人の家のお片づけだ。それ以外にもテレビや雑誌などのメディア出演。書籍の執筆。講演会。プロデュース商品の開発、宣伝。インテリアコーディネートに、時にはモデルの依頼など、売れっ子“お片づけコンシェルジュ”の毎日は多忙を極めている。

南青山にオフィスを持ち、マネージメントや経理を担当するスタッフはいるが、これまでアシスタントは募集していなかった。

その事実を知った美桜はニヤニヤと頬を緩めると、嬉しそうに声を弾ませる。

「私が、雅矢さんの一番弟子ってことですね」

オフィスに戻ったばかりで美桜のハイテンションな出迎えを受けた雅矢は、声の主をチラリと一瞥すると、やれやれといった様子で言葉を返した。

「独り立ちできるように、しっかり勉強してください。資格の勉強は進んでいますか?」

「はい。試験勉強は得意なんですよ。会計士試験、一発合格でしたから!」

「公認会計士兼、整理収納アドバイザーっていうのも良いかもしれませんね。どうぞ売れっ子になってください」

冗談とも本気ともつかないことを言いながら、雅矢は上着を脱ぎ、ソファーに腰を下ろした。気だるそうに足を投げ出し、ワイシャツの第一ボタンを開ける。

その姿が放つあまりの色気に、美桜は直視できなくなり慌てて目をそらすと、あいさつもそこそこにオフィスを飛び出した。

―ダメだ…。心臓が爆発しそう。

依頼人に向ける、ビジネス用の柔和な笑顔も美しい。しかし、それ以外の、自分だけが知っている雅矢の表情を見つけるたびに、美桜の胸は締め付けられるのだった。


美桜のときめきとは対局にある、今回の依頼人の闇とは…

「仕事とプライベートは完全に切り分けています」

待ち合わせ場所の『ザ・ラウンジ/ウェスティンホテル東京』で、依頼人の冴子は言った。

見た目は、テレビドラマに出てくるような”デキる女性医師”の風貌、そのものである。モデル体型の美人で、口調も表情も厳しく、かなり近寄りがたいタイプだと、美桜はさっそく怖気付いた。

「僕も、同じです。公私混同したくない気持ち、よくわかりますよ、冴子さん」

雅矢は、いつもにもまして柔らかく、まるで天使のように微笑んで、冴子に同意した。すると、みるみるうちに、冴子の頰が赤くなり、表情がゆるむのだ。

「仕事では、当然すべてきちんとしています。医師として人の命を預かっているのですから、物や数値の管理は、寸分の狂いも許されません。ただ、どうしても家では…」

冴子は気まずそうに視線を落とし「…部屋を見てもらえればわかります」と言い、席を立った。

―雅矢さん、本当に依頼人の本音を引き出すの上手…。

美桜はそんなことを思いながら二人の後を追い、恵比寿の街を歩く。前を歩く雅矢と冴子は、すでに談笑すらしている。さっきまでの厳しい表情は今は見る影もなかった。

10分ほど歩いただろうか。

瀟洒な低層マンションへと案内された雅矢と美桜は、エレベーターを上がり玄関ドアの前で止められた。

「驚かないでくださいね」

重苦しいオーラをまといながらドアノブを握りしめていた冴子は、恥じらうような表情を浮かべると、ついに勢いに任せてドアを開けるのだった。


ーうそ…でしょ…!?

美桜は、思わず口に出そうになった驚きの声を、必死で噛み殺す。

目に入った光景は、衝撃的だった。

玄関に投げ出されたバーキン。片方ずつ散乱しているルブタンに、ジミーチュウのパンプス。シャネルのクラッチバッグ。TASAKIのパールのアクセサリーまで、いたるところに散乱している。

まるでゴミのように投げ出されている物・物・物。玄関から見えるものだけでも、おそらく300〜400万円は優に超えるのではないだろうか?

「踏んでも、蹴っても大丈夫です。足の踏み場がなくてすみません」

と、冴子は小声で言った。そして、さらに足の踏み場のないリビングに立ち入るなり、こう続けたのだ。

「私、買い物依存症なんです。仕事のストレスやプライベートの寂しさが募ると、ブランド品を買いあさってしまいます。手に入れたときの高揚感がピークなので、手に入れた後はもう、この通り。何を持ってるのかも把握できていません」

リビングには、未開封のエルメスやシャネルのショップバッグが転がり、テーブルの上にはウブロやロレックスの高級時計が散乱していた。

「医療の最前線で働いているので、収入は高いです。実家が病院をいくつか経営しているちょっとした資産家なので、私名義の不動産も多数運用しています。ただ、この状態なので…貯金は一切ありません。恥ずかしくて…情けなくて、涙が出そうです」

冴子は声を震わせながら語り出した。聞けば、医師になりたてのころに一度結婚し、バツイチなのだと言う。


片付けようと思った冴子の決意とは?

「たった数年の結婚生活でした。離婚はショックでしたけど、『医師である私は、自分の力でなんでも手にすることができるんだ』と、気持ちを奮い立たせたんです。

女だって、男性の収入に頼らずに、生きていける。そんな決意表明のように、はじめてのバーキンを買いました。30歳のときです」

2人は、ただ頷きながらその独白を聞いていた。冴子の声を聴きながら、美桜は不思議に思う。

資産家の家にこの美貌で生まれ、医師という素晴らしい職業につき、金も名誉も手に入れた。誰もが羨むようなプロフィールがあっても、それでも心には埋められない穴があるのだ。

「すみません…。本当は身の上話をするつもりはなかったんですが、雅矢さんにはなんだか見透かされているような気がして…こんな恥ずかしい話まで白状してしまいました。このブランド品を売り払って、部屋を片付けて欲しいって、それだけをお願いするつもりだったのに」

そう言って恥ずかしそうに俯く冴子に、雅矢はゆっくり近づくとこう言った。



「話してくれてありがとうございます。冴子さんはご自身で問題点がわかっているので、すぐに解決しますよ。安心して、僕に任せてください。

今回できることはただ一つです。まず、ブランド品の買取業者を呼ぶので、売りましょう。一つ一つ手に取って、愚痴や思い出話をしながら、楽しく送り出すのです。1人では気が滅入る作業でも、僕たちも一緒ですから、恐れることはありません」

冴子は、泣き笑いで頷いた。

雅矢が「では、手放す物を選んでください」と言うと、ゆっくり首を振って、「全部です」と答える。

「ただし、離婚したときのファーストバーキンだけ、手元に残します。あのときの決意には、嘘はないんですよ。1人で生きると決めた女の勲章ですから」

決意を語る冴子の目は、涙を堪えているためかほんのりと赤みを帯びている。

その美しい横顔を目の当たりにした美桜は、思わずこんなことを言ってしまう。

「でも、お部屋が片付くと、“天使が立ち寄る”って言うんです。1人で生きる女性もかっこいいですけど、もしかして新しい出会いとかもあるかも…」

冴子は美桜の無邪気なアイディアに、顔をほころばせて笑った。

「嫁入り道具は、バーキン一つね」

再婚なんて、と否定されるかも…と、言ってしまったあとに小さな後悔をした美桜だったが、機嫌を損ねた様子もなく、冴子は声を弾ませた。

お片付けを始めるための大いなる一歩は、決意だ。ブランド品を手放すと決めたことで、がんじがらめになった心が少しずつほぐれていくのだ。

「それ、あなたの明日に必要ですか?は、僕の決め台詞ですが…今回は断言します。そのバーキンは、必要ですよ」

冗談めかして雅矢が言うと、ようやく部屋は笑い声に包まれた。


冴子は予想外の行動に…!?

買取業者は、冴子の部屋を「宝の山だ」と目を白黒させながら、数日掛けて査定をした。

超高級品ばかりが100個も200個もあるので、マンションを、買えるような額の買値が付き、美桜は仰天してしまう。ただ、元々はその数十倍以上の定価で購入しているのだから、当然大赤字であることには違いなかった。

「冴子さん、貯金ないっておっしゃっていましたが、買ったものが財産でしたね!これも立派な貯金ですよ」

興奮気味の美桜がそう言うと、冴子は頷いて意外なことを語り出した。

「そうですね。でも…このお金は全額、子供の医療ケアハウスに寄付します。家族と病気の子供が寝泊まりしながら医療が受けられる施設が増えることが、私が医師として一番望んでいることなんです。少しでも力になれれば…」

雅矢は「素晴らしい。尊敬します」と称賛した。美桜も大きく何度も頷き、言葉を続けた。

「少しでも…って金額じゃないですし、きっと、病気の子供やご家族の大きな希望になりますね」

冴子は、綺麗になった部屋を改めて見渡しながら、満足そうに目を細める。

「正直、買い物依存症自体が完治したとは思っていません。ただ、カウンセリングは受けますし、こうしていざ自分の理想のお金の使い方をすると、ブランド品に掛けていたお金をそのまま寄付した方がよっぽど高額だったし、満足感も高かったと思います。

だから、もしまたお金を使う高揚感を味わいたくなったら、慈善事業に使います。ファーストバーキンが、ラストバーキン。その方が美しいでしょう?」

そう言って目を細めた冴子の顔は、本当に穏やかで晴れ晴れとしていた。

「それでは、今回はご依頼ありがとうございました。綺麗になったこの家で、素敵な毎日をお過ごしください」

雅矢が、いつも通りの挨拶をして頭を下げると、冴子はまたしても予想外のことを急に切り出す。

「美桜さん。単刀直入に聞くわ。お2人は、プライベートでも親密な仲なのですか?」

「え?」と、面食らっている美桜は、わけがわからずうまく答えることができない。すると、雅矢も信じられないようなことを言い出す。

「もしそうだとしたら、何か?」

「雅矢さん、どうしてそんなありえもしないこと…」

おろおろする美桜のことは2人とも眼中になく、冴子はきっぱりと言った。

「雅矢さんのことを、デートに誘わせてください。女から誘うのが恥ずかしいなんて言っている年齢でもないから、なんだか積極的でごめんなさい。でも、さすがに恋人の前で口説くわけにはいかないわ。だから美桜さんに聞いたの」



冴子の表情は真剣そのものだった。その迫力に「ないです。ありえない」と美桜はぼそぼそと言うことしかできず、結局雅矢の言葉を待った。

「僕と、美桜さんの関係ですが…」

雅矢は冴子と美桜の表情を見比べて、急に不敵に笑った。

―え?なにその表情?雅矢さん、早く否定してよ…!

本音とは裏腹に、心の中で美桜はそう叫ぶ。

そして、次の瞬間。雅矢が発したのは、この日一番の意外な言葉だったのだ。


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美桜に対する雅矢の想い。そして、新たな依頼人・引きこもりの女性のコンプレックスとは