“思い出”はときに、“ガラクタ”に変わる。

ガラクタに満ちた部屋で、足を取られ、何度も何度もつまずいて、サヨナラを決意する。

捨てて、捨てて、まだ捨てて、ようやく手に入る幸せがある。


合言葉は、ひとつだけ。


「それ、あなたの明日に必要ですか?」



徳重雅矢は、お片づけのプロ。カリスマ整理収納アドバイザーだ。

“お片づけコンシェルジュ”を名乗る雅矢は、新人アシスタントの樋口美桜とともに、まるで魔法のように依頼人の部屋を片づけ、過去との決別を促し、新たな未来へ導いていく。

今回の依頼人は…仁科峰子(84)。大富豪の未亡人の“終活”への決意。

大学教授で大地主だった夫を5年前に亡くし、穏やかにくらしてきた。いつか来る旅立ちへ向けて、すべてのものを手放し決意をする。

▶前回:「俺なしじゃ生きていけないだろ?」弁護士の夫とのモラハラ生活から、妻が目を覚ました瞬間



美しい洋館に、バラが咲き誇るイングリッシュガーデン。ガーデンテーブルには、ティーセットと手作りの焼き菓子。

「素敵なティーカップですね」

あまりにも素晴らしいシチュエーションにうっとりしながら、美桜は目の前に座る美しい老婦人にそう言った。

「ありがとう。うれしいわ。これは私の祖父から受け継いだものなの。もう150年以上前の、イギリスのアンティークよ。おじいちゃまはロイヤルファミリーから受け継いだなんて夢見たいなことを言ってたけど、信じてあげているの。そのほうが楽しいでしょう」

この館の女主人・峰子は少女のようにいたずらな笑顔を見せると、口元に手を当て、ふふふと笑った。

美しい白髪と、淡いブルーのワンピースが、この庭の緑によく映える。きれいに整えられた爪には淡いピンク色のマニキュアが施され、豪華なサファイヤの指輪が木漏れ日に反射していた。

「立派なお庭ですね。バラを見事に咲かすのは大変なことだと聞いたことがあります。峰子さんがお世話をしているのですか?」

雅矢の紳士的な振る舞いと、天性のレディーである峰子のやりとりは実に麗しい。峰子はしゃんと姿勢を正し、愛おしそうに庭を見つめた。


庭に込められた峰子の思いとは?

「主人が生きていたころは、毎日一緒に庭いじりをするのが楽しみだったわ。私ね、実は結婚するまでおうちでピアノを弾いたり本を読んだりする方が好きだったのよ。汗だくになって花の世話なんて…と思っていたのに、今ではこれが生きがい」

峰子は懐かしそうに目を細める。

「あの人が旅立って…一人になって5年が経つわ。でも、どうにでもなるものね。花を育てていると、今でも主人と一緒にいるような気持ちになれるの」

峰子は、気を取り直すように、手作りだというクッキーを雅矢と美桜に勧める。

「僕は甘党なんです」と、雅矢が喜んでクッキーを頬張ると「主人も甘党だったの」と峰子は朗らかな笑顔を見せた。そして、ふいに視線を落とした峰子は、覚悟を決めたように決心を告げるのだった。

「あなたたちに来てもらったのはね、死に支度をするためよ」

美桜は、そのショッキングな言葉と、峰子の真剣な表情に息を飲んだ。その空気を察したのか、峰子は慌ててこう付け加える。

「大丈夫よ、差し迫っている事情があるわけでもないの。今のところ病気もなく健康だし、庭いじりできるくらいには体も動くし、頭もはっきりしているつもり。でも、もう84歳。いつお迎えが来てもおかしくないでしょう。だから、元気なうちに、取り掛かりたいの。いわゆる“終活”っていうのかしら」

雅矢は大きく頷くと言った。

「思い出の品を手放すのは辛いことです。でも、残されたご家族にとっても、それは辛い作業です。だったらそれを自分が請け負うという峰子さんの決意は、潔く、美しいです」

峰子は満足そうに頷いた。

「おっしゃる通り。うちは娘が一人だし、継いでもらうものもないのよ。でもね、本当はこの土地も館も全部引き払って施設に入るのが理想だったのに、娘に泣いて止められちゃった」

そんな話をしていたところ、小さな赤ん坊を連れた家族が門をくぐって庭に現れた。



「え?お孫さんですか?」

美桜は若い女性が抱っこした赤ちゃんを見て、目を輝かせる。美桜の発言に、家族と峰子が笑い声をあげる。そして、赤ちゃんを抱いた女性が言った。

「峰子おばあちゃまの孫は私で、この子はひ孫ですよ」

「ひ孫?!わあ。すてき」と美桜は声を弾ませると、峰子は目を細めた。

「子供も孫もひ孫も、全員女の子よ」

「華やかで羨ましいです」と、雅矢も微笑む。

そして、いよいよ家族を交えての“終活”お片づけが始まった。


雅矢プロデュースの終活とは?

「母の決意は尊重したいのですが、この生まれ育った洋館を手放すことは、とても考えられなくて…。古い家ですが、父と母のおかげで手入れも行き届いていますし」

峰子の娘の響子は、そう語るだけで涙をにじませた。

「私も、おばあちゃまの家が大好きです。子供が生まれたらこの広い庭で一緒に遊ぶのを楽しみにしていました」

孫の繭子は、腕の中にいる赤ちゃんに「ね。依子」と声をかけた。孫の笑顔に目尻を下げる娘・響子の夫は、決意を伝える。

「家族みんなが、いかにこの家に愛着を持っているかはよく理解しています。だから、私が引き継ごうと決意をしました。いずれはここに住まいを移したいと思います」

この大豪邸を相続するのは、並大抵のことではないだろう。お片づけの作業も単に処分というわけにはいかない。

そこで雅矢は提案を持ちかけた。

「一室を、ギャラリー風にするのはどうでしょうか。思い出の品は全部そこに集め、絵画や陶器を飾り、みんながアルバムを手にできるようにしましょう」

リフォーム済みの広いリビングダイニングのほかに、応接間がある昔の豪邸だ。家族や来客が美術品を楽しみ、思い出を語り合うギャラリーを作ることに、全員が賛成した。

「応接室に入りきらないものは、手放しましょう。アンティークの陶器や絵画は世界中に愛好家がいるので、役目が終わることは永遠にありませんから」

響子は、繭子と嬉しそうに目を合わせて言う。

「私のように価値がわからない人が持っていることは気が引けて…。ぜひ喜んでいただける方の元へお届けしたいです」

繭子も続けて「おじいちゃまたちもその方が喜ぶよね。おばあちゃま」と峰子に寄り添った。



豪邸の片付けはトータルで100時間を超えた。峰子の衣類や生活品は一部屋に収まるまで処分し、これを期に、娘・響子が残していたものも片付けた。

急ぐ理由のない“終活”だ。峰子のペースに合わせてゆっくりと進め、美桜ひとりで立ち会う日も増えていた。丸一日滞在し、片付けてはおしゃべりを楽しみ、ランチやお茶を共にし、時折夕食やワインまでふるまわれることもあった。

美桜は恐縮したが、峰子は「おもてなししたいの。おねがい。わがまま言わせて」とかわいく言うものだから、美桜も喜んで気持ちを受け取ることにした。

お片づけも最終段階となった日の夕暮れ。峰子は「そろそろ遺言を書くわ」とペンを取る。ただ、相続の段取りや葬儀や樹木葬の墓石まで片付いているので、記すのは、愛のこもった感謝の言葉ばかりだ。

「美桜さん、私、あなたと雅矢さんに出会ってお片づけした100時間、とっても楽しかった。人生の最後でこんなに幸せな出会いがあったなんてね。悔いなく、いつでも旅立てるわ。向こうで夫と会ったら、あなたたちの話してあげなきゃね」

その言葉を聞き、美桜は慌ててハンカチで目元を拭う。


涙する美桜に、峰子は?

「私も、峰子さんみたいに素敵な旦那さんと出会いたいです。お嬢さんもお孫さんも温かい家庭を築いていて…私、毎回皆さんにお会いできるだけで幸せでした」

「あなたも、辛いことを乗り越えたのよね。…わかるわ。だって、人の痛みを受け止めるのが上手で、とても優しい人だもの」

峰子はそう言いながら、美桜の手をそっと握る。その温もりに、美桜は急に涙が止まらなくなり、戸惑いながら言った。

「峰子さん、すみません。…私、実は婚約破棄されて…」

なぜか峰子に辛い過去を明かしている自分がいた。峰子の凛とした佇まいと潔い生き方、そして滲み出る優しさ。人生経験を積んだ憧れの女性の前で、不思議と素直になれるのだ。

峰子は、美桜の話をひたすら聞き、慰め、全てを認めてくれた。

「ありがとうございます。峰子さんに話したら、なんだかすっきりしました。私も、過去のお片づけができました」

峰子は満足そうに微笑むとこう言う。

「浮気相手に感謝してみるのもいいわね。だって、別れたおかげであなたは運命の人と出会えた…」

「え?運命の人?」

「もう、とっくに出会っているじゃない。私にはわかるわ」

ずっしりと心に響く、「運命の人」という響き。顔を赤らめる美桜に向かって、峰子は「お二人はとてもお似合いよ」と囁く。

「彼も…そう思っていてくれたら嬉しいです」

峰子の包み込むような優しさを前にして、美桜はようやく、雅矢への思いを言葉にしたのだった。



数回のレッスンを経て迎えた、最終日。

片付けを終えた屋敷には再び家族全員が集合し、小さなガーデンパーティーが開催された。

撮影係に徹した雅矢と美桜は、美しい庭と片付いた館の中で家族写真を何枚も撮った。

「ほら、お二人も並んで」と雅矢と美桜は峰子に促され、咲き誇るバラをバックに、なぜか2ショット写真を撮る流れになる。

二人は戸惑いながらも、その提案を受け入れ、並んで写真を撮った。照れ臭くて、目を合わせて笑った。

「この写真、ホームページに使いましょうか」

と、冗談とも本気ともつかないことを雅矢は言い、美桜はやめてくださいと甘えた調子で言った。

そして家族に見送られる去り際、雅矢は峰子に伝える。

「お会いできなかったですが、僕は本当に峰子さんの旦那さんが羨ましいです。亡くなってからもこんなに奥様に愛されて」

峰子は、笑顔で頷く。

「あなたは、若い頃の主人に良く似ているの。背が高くて、声が低くて、甘いものが大好きなところも。だから必ず幸せな家庭に恵まれるわ」

雅矢は「幸せな家庭…」と小さく繰り返した。

「そのときが来たら、ぜひガーデンパーティーにお招きください。家族も一緒に」

「もちろん。私はもう、長い旅支度が済んだのだから、少し急いでちょうだいね」

雅矢は穏やかに微笑み、頷いた。

帰り道、運転中の雅矢は、よほど機嫌が良いのか、いつもより饒舌だった。

「今日はもう事務所に戻らなくて良いので、自宅まで送りますよ」

「ありがとうございます。雅矢さんはまだ仕事ですか?」

「まあ、そうですね」

雅矢がそう答えた瞬間、美桜のお腹が鳴った。

「あ」

「お腹空いたアピールですか」

雅矢は明るい笑い声を立てると「何が食べたいですか」と言い、ハンドルを切る。

美桜は峰子の言葉を思い出しながら、温かな幸せに浸った。

―少しだけ、期待してもいいよね。雅矢さん…

甘い気持ちが、美桜の胸に満ち溢れる。

まさか、次回の依頼が二人の間にとんでもない亀裂を入れることになるなんて…

この時は、想像すらしていなかったのだ。

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美桜を驚愕させるまさかの依頼人に、雅矢は…


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