―まだ東京で消耗してるの?

2014年、あるブログから投げかけられた問いに、いま人々はどう反応するだろうか?

オンライン生活が日常になり、東京にいる必要もないと言われるが、一方で東京にこだわる者もいる。彼女の名前は、莉々ー。

◆これまでのあらすじ

30歳になり、仕事をセーブして婚活に邁進しはじめた莉々。しかし、彼氏ができる代わりに、婚活がきっかけでコラムの執筆を頼まれるようになり、知名度が徐々に上がっていく。

▶前回:「アプリで100人の男性と・・・」婚活中の30歳女が、デートで言ったらドン引きされたこと



「…これ、なんかの間違いじゃないよね?しかもよりによって…。」

努力すれば、夢は叶うという人もいるし、叶わないという人もいる。

でもひたむきに頑張っていれば、例えひと時だけでも叶う瞬間、というものは存在するのではないだろうか。

そんなことを考えながら、私はかれこれ10分近くスマホの画面をにらめつけながらフリーズしている。

『どうも、初めまして。莉々さんのコラム面白くて、毎回楽しみに読んでます。良かったら直接お話してみたいです』

実名で恋愛コラムの執筆を初めて1年。

知名度が上がるごとに、応援メッセージを受け取ることは増えてきた。しかし、自分のSNSのアカウントにこんな著名人からメッセージが届くなんて、夢にも思わなかった。

青色のチェックマークがついたそのアイコンを、私はじっと見つめた。

某週刊誌の「抱かれたい男ランキング」では、常に上位をキープしつづけているこの男…。

私は、一度だけ彼に会ったことがあるのだ。


莉々に応援メッセージを送ってきた、思わぬ相手とは?

「あなたが莉々さんですか!コラムいつも読んでますよ」

トントン拍子でメッセージのやり取りが進み、数人で飲みに行くことになった。

はじめまして、そう付け加えて握手をもとめてきたのは、紛れもなくあの俳優・Yだった。

話題になっていたテレビドラマにも主演、いくつかのCMでも顔なじみこの男と、私は5年前、一度会っている。

港区で夜な夜な繰り広げられている飲み会に、私はひょんなことで一度だけ呼ばれ、彼と出会ったのだ。

これといって特筆すべきことのなかったただの女を、彼が覚えてないのは当然だと思う。

しかし、モデルのような煌びやかな女たちに囲まれ、ギラっとしたオーラを放っていたYの残像は、私の記憶の中にはずっと焼き付いたまま。

そして5年という時を経て、私は彼と真っ当な出会いを果たせた、しかも彼のほうから求めてきてくれたという事実が、私はただただ嬉しかった。

あの時は、決して触れることさえなかった、彼の記憶の片隅にさえ残らなかった私が、今こうして彼から握手を求められているのだ。

「嬉しいです!はじめまして、莉々です」

“何でもないただの女”から“ちょっとは興味をそそる女”に昇格した、そんな気分。

握ったその手から伝わってくる温度に、じわじわと実感が込み上げる。

―…いや、でもまだまだ。…もっと。もっと仕事頑張ってやる。

偉い人から仕事に対する評価を受けたわけじゃない。何か、具体的な新しい目標を見つけたわけでもない。

だけど、なぜだろう。俳優・Yから伝わるこの温度に、私はさらに駆り立てられた。





仕事は一度軌道に乗ってしまうと、どんどん良い方向へと転がっていく。

高い評価をもらい、それが次の仕事への活力につながり、また評価をもらえる。

仕事に対する実績と信頼が雪だるま方式に蓄積され、そして、それがまたひょんな方向に自分を導いたりする。

「莉々、小説書いてみない?」

こんな風に。本当に突然に。

「また、変なこと言わないでくださいよ」
「いや、大真面目よ。莉々にはどんどんファンがついてきているし、実際あなたが書いた小説を読んでみたいっていう読者もいる。経験してきたネタをベースに、まずちょっと書いてみない?」

まさか自分が、こんな仕事をするようになるなんて夢にも思わなかった。

執筆を続けていた婚活コラムの編集者より、突如お声がかかったのだ。

いよいよ婚活どころじゃなくなってきたが、それでもこの、思ってもみなかったところに辿り着く感覚が楽しくてしかたない。

30歳を超え、良くも悪くもちょっとやそっとのことで心は動かなくなったけれど、冒険心にも似たこの好奇心は、いつになっても私の心をくすぐる。


恋愛コラムの人気に火が付き、小説を書き始めた莉々に訪れた更なる転機とは?

それから。

私は何かに取り付かれたように、小説を書き続けた。ああでもない、こうでもないと、1人パソコンに向かいながら、必死にキーボードに思いを込めた。

そんな風に没頭できる時間が、楽しくてしかたなかった。

もしかしたら、この小説がきっかけで、飛躍的に有名になれるかもしれない。そんな野心もあったことはいなめない。

けれど、周囲の結婚ラッシュが一通りおわり、出産ブームへと移行してもなお、心のうちで収まらないこの熱意のようなものに突き動かされ、私は夢中だった。

まだ執筆だけで食べていけるほどには稼げていないし、フリーになってずっと続けていたマーケティングコンサルの仕事も、引き続き請け負っていかなければ、今の生活レベルはキープできない。

それに、そもそも恋愛コラムを執筆するきっかけとなった婚活は、時間のゆるす限り続けていたが、何の成果も出ないまま。

むしろ、縁もゆかりもない、うまくいかなければ他人に戻るだけの人たちと、丁寧にコミュニケーションを取り続けることに疲れ果てていた。

小説執筆という新しい仕事に対する緊張感、フリーランスという身の不安定さ、終わりの見えない婚活。

さまざまな感情や不安を抱えながらも、それでも必死に踏ん張った。

「莉々、あんた何目指してるの?」

友人からそんな言葉を掛けられたことも1度や2度じゃない。

自分でも何を目指しているか分からないし、いちいち受けこたえすることも煩わしくて、いつからか自分のことを話すことを控えるようにもなった。

こんな風に必死に戦っていたからこそ、だったんだと思う。突如私の目の前に現れた彼の存在に、心が救われるような思いがしたのは。



その日、私は忙しい仕事の合間を縫って、五反田の閑静な住宅街にある『ヌキテパ』にいた。

やらなくてはならない仕事、迫りくる締め切り、読みたい本…。山積みのタスクを一旦置いておいてでも、私は会いたかったのだ。…この男に。



「久しぶりだね。変わってないね、莉々」
「そうかな?なんか私、やつれたりしてない?」
「そんなことない、きれいだよ」

「…元気だった?」

しばらく間を置き、包み込むような声色でそう発した彼に、思わず心が波たつ。

30歳を越えれば、男女ともに、外見にも中身にも差がでてくる。

うっすらと生えた髭が妙に大人の色気を醸し出しているのに、彼のその肌艶はどこか若々しくも感じる。

きっと充実した20代を過ごしたのだろう、なぜかそんなことを思った。

「ねぇ、私と付き合わない?」

奥手なタイプではなかったけれど、ここまでストレートにものを言うタイプの人間でもなかった。

でも、気づいたときには、そんな言葉が口から出ていた。


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消耗し続ける莉々の前に突如現れた男性の正体とは?