“思い出”はときに、“ガラクタ”に変わる。

ガラクタに満ちた部屋で、足を取られ、何度も何度もつまずいて、サヨナラを決意する。

捨てて、捨てて、まだ捨てて、ようやく手に入る幸せがある。


合言葉は、ひとつだけ。


「それ、あなたの明日に必要ですか?」



徳重雅矢は、お片づけのプロ。カリスマ整理収納アドバイザーだ。

“お片づけコンシェルジュ”を名乗る雅矢は、新人アシスタントの樋口美桜とともに、まるで魔法のように依頼人の部屋を片づけ、過去との決別を促し、新たな未来へ導いていく。

今回の依頼人は…川村美紗子(65)・家事代行サービス経営者。

夫の不倫により離婚した過去があり、子供とも離れ離れに。一念発起し、家事代行サービスを起業し、成功するが…

▶前回:元カノの痕跡まみれの同棲生活。キレた彼女の怒りを鎮める方法とは



「美桜さんと、一緒に乗り越えたい試練があります」

バーカウンターにはいつものようにブランデーとキスチョコが並べて置いてあるが、雅矢はなかなか手をつけないでいた。

「僕はこれまで美桜さんに、偉そうなことばかり言っていました。やけになって、この仕事をやめるように示唆したこともあります。でも、気づいたんです。僕はそんなに強くも正しくもない人間だって…。美桜さんのおかげです」

そう言うと雅矢は、視線を手元に落とした。美桜は、ただひたすら黙って、その言葉を受け止めていた。

雅矢がどんなことを言い出そうと、受け入れる覚悟はできている。それほどに、美桜の雅矢に対する想いは強かった。

雅矢は、おもむろにビジネスバッグからタブレットを取り出し、美桜に見せる。

「…家事代行サービス?なんですか、これ?」

タブレット上のホームページには、美桜も名前を聞いたことのある大手家事代行サービスの業者と、敏腕女性経営者のプロフィールと挨拶が示されていた。

「この女性…川村美紗子社長…。僕の母親です。彼女から、お片づけの依頼がありました」

「…え?!」

想像もしていなかった展開に、美桜はそう言ったきり黙り込んだ。


雅矢の母親の真意が明かされる?

「依頼人を選びたくなる気持ち、よくわかりました」

雅矢はため息をつきながら「片付けができなかったがために離婚に至った本人が、家事代行サービスを起業するなんて皮肉ですね」と言った。

「雅矢さんは、どうするんですか?」

「もちろん、引き受けますよ。仕事ですから。夫だけではなく息子も置いていくような母親です。あまり会いたいとは思いませんが、仕事は、仕事です」

雅矢は、何度も「仕事です」と呟いた。自分自身に言い聞かせるように。そして、少し弱気な視線を美桜へと向けて、言葉を続ける。

「でも、弱音を吐くと、一人で乗り越える自信がありません。あなたと一緒に、乗り越えたい」

雅矢の視線をまっすぐに受け取りながら、美桜はゆっくりと頷いた。

「雅矢さんに、ついていきます」


美桜の同意の言葉を聞き、ようやく雅矢はブランデーのグラスに口をつけた。


迎えた当日。

起業家として大成功している美紗子だったが、その生活はシンプルかつ質素だった。こじんまりとした庭付きの一戸建に、2匹のラブラドールレトリバーの子犬と、3匹の猫と暮らしていた。

「仕事はもうほとんど社員に任せていて、私はここでパピーウォーカーをやっているの。立派な盲導犬になれるようにしっかりとしつけをするまでが私の役目。反対にこの猫たちは全員身寄りのない老猫。温かい家で、看取ることが役目なのよ」

雅矢はその言葉を聞き、視線を落とした。

「自分の子供すら手放したくせに、犬や猫の世話…なんて思われるでしょうね。でもね、10年、20年という長い時を共にすることのできない子犬や老猫ばかりを迎えているのは、罪悪感のせいかもしれない。あなたに対しての…」

それまで仕事モードだった雅矢は、ついに本音を吐露する。

「ずいぶんご活躍みたいですね。よかったです、お元気そうで。よりによって家事代行サービス?とは思いましたが」

「起業したキッカケはきっと、整理収納アドバイザーをめざしたあなたと同じ理由だと思うわ。家が片付いてさえいれば幸せになれる。そう思い込んで、暴走したの。今ではそれが全てではないってわかるけど、こうして事業が成功して、困ってる方々の力になれているのだから、結果としては良かったのかもしれない」

雅矢は小さく頷いた。感情は複雑だが、思うところもあるのだろう。

「それで、依頼とは?家は綺麗に片付いているように見えますが」

雅矢が本題を切り出すと、美紗子は手元に落としていた視線を上げて言った。

「家出するときに持ち出した写真の整理をして、家族の思い出を再構築したいの。心にけじめをつけて、辛い思いをさせた息子にしっかりと謝りたい」

美紗子の声は小さく震え出す。雅矢はただうつむき、自分の手元を見つめていた。


母の本心を聞いた雅矢の答えは?

「僕のことなら大丈夫ですよ。試練のおかげで、自分の人生を自分で切り拓いた自信がありますし、この仕事のおかげで巡り会えた人もいます」

雅矢はそう言うと、ちらりと美桜に目線をやった。何かを察したのだろう。それを見た美紗子は、少し安堵したように微笑む。

そして雅矢はこう続けた。

「ただ、今回は特別な段取りで進めたいと思います。あなたが持ち出した家族写真を整理する作業は、整理収納アドバイザーとしてではなく、あなたの息子として行いたいと思います。この方と一緒に。…美桜さん」

美桜は急に話を振られ一瞬たじろいだが、すぐに雅矢の真意を理解し、力強く頷いた。

「アシスタントの樋口美桜と申します。よろしくお願いいたします」

「こちらこそ。美桜さんは、雅矢の奥さんなのかしら?もしくは、そのご予定?」

「いえ。違います!」

美桜は慌てて否定した。これまで雅矢の女避けのために「恋人だ」と方便を使われたことを急に思い出したのだ。

しかし、そんな美桜の行動に対して雅矢が言ったのは、意外な言葉だった。

「…そんなに否定しないでください。急に目の前に母親が現れたので、色々と段取りが前後してしまいましたが…」

ふてくされた口調を聞いた美桜は、目を丸くする。

「だって、私たちそんな関係じゃ…」

「わかってます。だから、嫌なら、取り消しますけど…」

「嫌じゃありません!むしろ嬉しいです!」

雅矢と美桜の慌てる様子を見て、美紗子が笑った。

「よかった…。雅矢が幸せそうで。私のせいで、一生結婚なんて…って思っているんじゃないかって、いつも気がかりで…」

「いえいえ、だから結婚なんて…」

美桜が再び否定すると、雅矢がうんざりしたようにため息をついて独り言のように言う。

「美桜さんにはちゃんと伝えたかったのに、うまく段取りできないなんて…俺らしくない」

母と美桜を前にしてどこかフランクな口調の、これまで見たことない雅矢の“人間らしさ”に、美桜は少しほっとしていた。

―お母さんとの関係再構築も、私と雅矢さんの第一歩も、全部、うまくいきますように…!



親子のわだかまりは、想像以上に深い。”和解したい”という気持ちはこれまでなかったし、プライベートで連絡があったとしても、母親と会うつもりさえなかった、と雅矢は語った。

「仕事としてオファーをしてくるだなんて、あなたもよく考えましたね」

雅矢は、写真を次々に手に取りながら、淡々とした口調でそう告げる。

「こうでもしないと会えないと思ったのはたしかよ。でもね、あなたの仕事にすごく興味があったの。家事代行のお客様には、私のように部屋が片付けられずに追い詰められて行く人も多いわ。一時的なハウスキーパーも便利だけど、結局根本的な解決にはならないことがほとんどよ。

だからね…。事業の一環として、お客様にもお片づけコンシェルジュを紹介したいって考えているの」

「仕事のオファーですか?僕は今いるクライアントで手一杯ですが」

雅矢の子供時代の写真を愛おしそうに見つめている美桜に向かって、雅矢は咳払いをする。

「業務提携なら、もうすぐ独立する僕のパートナーを紹介します。アシスタントとしての功績もありますし、何よりお客様の心に寄り添い、一緒に喜び、一緒に涙し、手を取って共に前に進める素晴らしい整理収納アドバイザーです。僕と違って」


雅矢の提案を聞いた2人の反応は?

雅矢は、美桜の背中にそっと手を触れた。美桜はその温もりを背中に感じながら「ありがとうございます」と声を絞り出した。

「雅矢。さすが私の息子。商才あるわね!最高じゃない、その話。整理収納アドバイザーと家事代行業者の提携事業。乗ったわ」

美紗子は興奮気味に声を弾ませると、「さっさとお片づけをすすめましょう!」と言いながら写真を手にした。

少年と両親が写る少々古びた家族写真は、どれも幸せそうな笑顔だ。雅矢も美紗子もその頃の表情に少しずつ近づいているのを、美桜は感じていた。



「“これで許されたと思うなよ”くらいの捨て台詞は言いたいですけどね。母さんに」

美紗子の写真整理は無事に済み、親子のわだかまりは、雅矢曰く“多少は”溶けたとのことだ。

そのカラッとした口ぶりに怒りや憎しみは感じず、表情も晴れやかだった。

「私も、雅矢さんの小さいころの写真を見られて、嬉しかったです。楽しいお片づけでした」

雅矢の運転で、2人は再び葉山を訪れていた。

海が見えるカフェで2人はビールで乾杯したあと、夕暮れどきの波打ち際を散歩していた。

「良いんですか?お酒飲んじゃって」

美桜がいたずらっぽい笑みで問いかけると、雅矢は美桜の頰に手を触れた。

「嫌なら、どうぞ電車でお帰りください。車で送れず申し訳ないですが。飲んじゃったので」

美桜がわざといじけたように頬を膨らますと、雅矢は美桜の肩に手を回し、そっと抱き寄せた。美桜も体を委ね、雅矢に寄り添う。

「あの…葉山のサロンはお預けにしてもいいですか?」

雅矢の肩に頭をもたれさせながら、美桜は言った。

「雅矢さんの近くでもっと勉強させてください。美紗子さんの会社との業務提携、責任もって取り組みます」

雅矢も、美桜の目をじっと見つめて、頷いた。

「葉山はいつでもドライブでお連れしますから、ずっとそばにいてください。…母さんの写真を整理しながら気づいたんです。辛い過去ばかりだと思って封印していたのに、写真のおかげで笑顔の自分と再会できました。

だから、いつか僕も、家族写真を撮りたいんです。美桜さん、そのときは一緒に写ってもらえますか?」

美桜は「はい」と頷くやいなや、真っ赤になって勢いよく体を離した。

「それ、って、プ…プロポーズ?!だ、だってまだお付き合いも始まったばかりで…」

完全にしどろもどろになっている美桜を見て、雅矢は明るい笑い声を立てた。

「プロポーズの本番は、もっと良いタイミングでかっこつけさせてください。美桜さんの前では情けない姿ばかり見せてしまっているので」

美桜はホッとしたような、肩透かしを食らったような、不思議な安堵感で胸を撫で下ろした。

「ただ、一つ言えることは…」

雅矢は、これまでに見たことのないほど柔らかな表情で言った。

「あなたは僕の人生に、必要です」

こみ上げるような愛しさが、言葉に満ちている。美桜はその思いを受け取り、同じ気持ちで雅矢の手に自分の手をとった。

砂浜に映る2つの影が、やがて1つに重なる。

2人はいつまでも、お互いの温もりを感じながら、波の音に身を委ねていた。

Fin.

▶前回:元カノの痕跡まみれの同棲生活。キレた彼女の怒りを鎮める方法とは