—理性と本能—

どちらが信頼に値するのだろうか
理性に従いすぎるとつまらない、本能に振り回されれば破綻する…

順風満帆な人生を歩んできた一人の男が対照的な二人の女性の間で揺れ動く

男が抱える複雑な感情や様々な葛藤に答えは出るのだろうか…

◆これまでのあらすじ

商社マン・誠一は、婚約者・可奈子が仕向けた刺客だということを知らずに、魔性の女・真珠にのめり込んでいく。一線を越えてしまった誠一と真珠が選んだ道とは…?!

▶前回:「実は私…」身体を重ねた直後、26歳女の“ある発言”に男が一瞬で冷めたワケ



「哀愁」


身体を重ねた後、男という生き物は一気に興奮が冷め、冷静になる。

俗にいう“賢者タイム”というものが訪れ、あらゆる煩悩から解き放たれ無我の境地に至るのである。

気持ちがない女性と身体を重ねた場合、さっさとシャワーを浴びたりスマホをいじったりタバコを吸ったり一人で寝たくなるのはそのせいだ。

しかし、今の僕は興奮が冷め止まぬどころか、真珠に対する気持ちが以前より熱を増していくのを実感している。

「真珠、好きだよ」

行為の最中も、終わった後も、僕の口からは自然に愛の言葉が漏れ出した。彼女が愛おしくて堪らなくなり、何度もキスをしてぎゅっと抱きしめてしまう。

それは性欲だけでなく愛情が存在するという何よりの証拠だった。

僕はベッドに寝転びながら熱を帯びた視線で彼女を見つめ、窓辺で夜風に揺れる艶やかな黒髪やシルクのガウンを纏った色っぽい後ろ姿に見惚れていた。

そんな愛が溢れる天国のような穏やかな雰囲気を、
真珠は突然ぶち壊した。

「私、可奈子の友達なのよ」

真珠が、婚約者の可奈子の友達だと言うのだ。僕は天国から地獄に一気に突き落とされた。


真珠は全ての真相を明かしてしまうのか?!真珠のカウンターパンチを食らった誠一の反応は?!

「え…?可奈子の友達ってどういうこと?」

「どうもこうも可奈子の友達なの。婚約者が女にだらしない男か検証してほしいって頼まれたのよ」

真珠は僕に背を向けたまま、冷めた声で言い放った。

「嘘だろ?おかしな冗談を言うのはやめてくれないか」

「冗談なんかじゃないわ。残念でした、まんまと引っかかっちゃったわね」

言葉が出ない僕をあざ笑うような口調で続ける。

「でも可奈子が可哀想だから秘密にしておいてあげる。一夜限りの過ちってよくあることよね。だからもう帰ってくれる?」

真珠は僕に嫌われようと、わざと嫌な女を演じているように思えた。

性欲以上の感情が存在しているかどうかくらい、男の僕には良くわかる。これは決して“一夜限りの過ち”なんかではない。

「僕は君のことを本気で好きになってしまったから…深い関係になったんだ。真珠は違うの?」

彼女はこちらを一度も見ることなく無言で窓の外を見つめている。

「僕を騙して、たぶらかして、楽しんでいただけなのか…?」

唇を重ねた時の気持ちが、身体を重ねて確信に変わった。恋をしているのは僕だけではないはずだ。

「真珠言ったよな、人の言葉は信用できないって。行動しかみないって。だったらなんで、一線を超えたんだよ。いくら可奈子の頼みだからって最後までやる必要ないだろ。気持ちがあったからだよな…?」

そうであって欲しいという願いも込めて、僕は必死になって彼女の背中に言葉をぶつけた。



「………」

真珠はこちらを少しだけ振り向いた。そして、しばらくの沈黙の後、ようやく口を開く。

「……貴方があまりにも私に夢中になるから、こうでもしないと終わらないと思ったのよ」

まるで、自分に言い聞かせるような口ぶりだった。

「男って欲が満たされれば冷静になるでしょ」

「あぁ、たんなる性欲なら冷めただろうね。でも違った」

僕は真珠の側に行き、彼女の目を見つめながら力強く答えた。

「ますます君を好きになった。それに、僕たちはどうしようもなく惹かれ合ってるって確信したよ」

「…冷静になって!男って簡単に手に入らない女を追いかけるでしょ。やりたいのに簡単にやれないと燃えるでしょ。だから夢中になっていただけのことなのよ」

真珠は、語気を強めて静かに畳み掛けてくる。

「それは、違う。冷めるどころか、好きという気持ちが増している」

「私のこと何も知らないのに…?」


思いをぶつける誠一とうろたえる真珠。二人の間に響いた可奈子の声とは…

確かに、僕は真珠のことを何も知らなかった。

しかし、何も知らないのにこれ程までに惹かれているというのは、本能が求め合っているという何よりの証拠。僕たちのあいだには、理屈ではない何かがあるのだ。

どんな生い立ちか、どんな友達とどんな関係を持っているか、親が納得するような学歴か、年収がいくらか、輝かしいスペックを持っているか…

そんな品定めをすることもなく、他人の視線を気にすることもなく、ただ純粋にその人そのものを好きになった。人間にまとわりつく様々な柵や装飾を全て取っ払って丸裸で恋に落ちた。

これこそ本物の恋ではないだろうか。

「僕は真珠そのものが好きなんだ。真珠と過ごす時間が好きなんだ。その他のことなんてどうでもいいって初めて思えたんだ」

暗闇の中で真珠の肩が微かに震えていることに気付いた僕は、彼女に駆け寄り身体を引き寄せた。



真珠の目は赤く充血し、一筋の涙が頬を伝っていた。

「……」

涙を拭って無言で下を向く真珠を、僕は抱きしめた。先ほどの真珠は虚勢を張っていただけで、この涙が彼女の本音だと思ったのだ。

恋と友情のあいだで板挟みになり自分を責め続ける真珠を見て、やり場のない気持ちの矛先が可奈子に向かった。

「元はと言えば、僕を試すような真似をした可奈子がいけないんだ。自業自得だよ。こんな魅力的な女性をダシに使って…何考えてんだあいつ」

「可奈子は…誠一のことを信じきっているの。だから、やっぱり彼女を傷つけるわけにはいかない。私たちが全て悪いのよ。今日のことは全部忘れてなかったことにしましょう」

真珠はそう言うと、スマホをタップし、呼び出し音が漏れ聞こえてきた。

—真珠は全てを終わらそうとしている。もう二度と会えなくなる…

こんなに夢中になれる相手にはもう二度と出会えないはずだ。だからこそ僕は真珠という貴重な存在を失いたくなかった。本気で好きになると人はこんなに必死になれるものなのかと、自分で自分に驚くほどだった。

全てを察した僕は、咄嗟に手を伸ばした。

「真珠、待って…」

床に落ちたスマホから可奈子の声が響く。

『真珠ちゃん…?あれ…?もしもし?誠一さんと一緒にいるの…?』


▶前回:「実は私…」身体を重ねた直後、26歳女の“ある発言”に男が一瞬で冷めたワケ

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全てを勘付いた可奈子の恐ろしい行動とは…