女の幸せは、チヤホヤされること?貢がれること?

いいえ。私の幸せは、そんなんじゃない。欲しいものは自分で勝ち取るの。

「若くたって、女だって、成功できるんだから。私にかまわないで」

これは、銀座の一等地でランジェリーショップを経営する、勝気な女社長の物語。

◆これまでのあらすじ

メイコがコウタとプロデュースした下着は、爆発的な売り上げを記録した。そして仕事を通してお互いに惹かれ合っていった2人は、ついに結ばれることになる。

しかしイイ雰囲気になったそのとき、メイコのスマホが鳴ったのだった…。

▶前回:早朝6時、別れたばかりの元カレに電話をかける女。悲痛な声で叫んだ、その内容とは



コウタの部屋で、彼に「好きだ」と告白され、幸せの絶頂にいたメイコ。

それなのに突然、まるで2人を邪魔するかのように、メイコのスマホが鳴ったのだ。…画面を見ると、着信相手は俊也だった。

コウタに断ってから電話に出ると、俊也はなぜだか「会いたい」ばかりを繰り返す。

メイコは仕方なく、3日後の夜に銀座の『ラール・エ・ラ・マニエール』で会うことを了承したのだった。

別れた男と会うということは、メイコ自身なんの違和感もなかったが、ドレスコードのあるきちんとしたお店を指定されたことには少々戸惑った。

付き合っていたときも、このようなクラスの店で食事をするのは、記念日や誕生日などの特別な日くらいだったからだ。

そして迎えた、約束の日。

お気に入りのバレンシアガのワンピースに身を包み、緊張した面持ちで案内されたテーブルに向かうと、すでに俊也は着席していた。

「メイコ、久しぶり」

そう言って、グレーのスーツに身を包んだ俊也が優しく微笑む。

その瞬間、俊也と過ごした日々が一気によみがえってきて、懐かしさがメイコの胸にこみ上げてくる。

そんなメイコを見つめながら、俊也はゆっくりと口を開いて、こう言ったのだった。


俊也がメイコを呼び出してまで、伝えたかったこと

「謝らせてほしい。確認もせずに、メイコの店の商品をCMに使ったりして。電話一本入れればよかったのに、それをサボった俺が悪かったよ」

メイコの目を見て、真摯に謝罪する俊也の言葉に、メイコはゆっくりと首をふった。

「いいのよ。全部莉子がやってしまったことだし」

メイコはその件について、俊也には全く非がないと思っていたから、謝られたことは少し意外だった。

「それに結局トシさんの会社の力があったから、こんなに売れてるんだもの。感謝するしかないわ」

しかし俊也とは4年も付き合った仲だ。メイコは、彼がもっと大事な話をしたくて呼び出したのだろうと気付いていた。

「ねえ。その謝罪が、今日会いたいって言った理由?…違うよね?」

メイコの質問に、俊也は「まあ」などとはぐらかしながら、話を変えた。

最近の仕事のことや、業界の景気のこと。真面目な話を終えたかと思えば、先日チェックしたという面白い本やドラマのことを、饒舌に話す俊也。

恋人だった頃のように、普通の話をしながらコース料理を堪能した。

しかしデザートが出てくる頃。俊也は思い出したかのように、メイコにこう尋ねたのだ。

「…もうメイコには、新しい人できた?」

なんだ、そんなことが知りたかったのか、とメイコは思いながら、軽くうなずく。

「うん、素敵な人に出会ったよ」

「そう、だよね…」

その口ぶりから、俊也のガッカリしている感情が透けて見える。こんな風に俊也が自分に対して未練をあらわにしてきたことに、メイコは驚いた。

―トシさん、今さらどうしたんだろう。

メイコがどうしようかと思いながら窓の外を見ていると、目の前にトンと、小さな箱が置かれた。



「…え?」

テーブルの上には、メイコがいまだに持っていない、ハリーウィンストンの箱が置かれていた。

メイコは思わず俊也を見つめて、その表情を確認するが、俊也は穏やかな顔で「開けてみて」と言うだけ。

言われるがまま、メイコは丁寧にその箱を開ける。そこには、ブレスレットが入っていた。

「綺麗…。でも、どうして?」

メイコは、贈り物の真意がわからず首をかしげる。すると俊也は、これまであまり見せなかった照れたような表情を浮かべて言った。

「メイコは、男の人からブランド物を貰うのはイヤだって、いつも言ってたから。あんまりこういうプレゼントはしてこなかったし」

俊也は目の前にある白ワインを一口飲んで、続ける。

「それに、別に未練とかではないよ」

メイコはますます首をかしげる。そんなメイコを見て、俊也は笑った。

「今日伝えたかったのはね、俺はメイコとずっと一緒に生きていきたいって思ってたんだってこと。それは叶わなかったけど、そう思う男が確かにいたってことをメイコに知ってほしくて」

メイコは、おそるおそるブレスレットを手にとった。

華奢な腕に輝く、金色の輪。

「今は分からないかもしれないけど、一度でもそういう風に思われたことがあるってことは、これからのメイコを強くすると思ったんだ。だから、伝えなきゃもったいないなって」

メイコには、俊也の気持ちはよく分からなかった。

見返りを全く求めずに、こんな風に女に物を贈るなんてあるのだろうかと、疑問に感じる。

それでも、男の人からブランド物を貰って心が満ちたのは、このときが初めてだった。


「もし、これを売ったりしたら…」俊也からのプレゼントを見ながら、メイコが思ったこと

ハリーウィンストンの紙袋を手に、メイコは不思議な気持ちでホテルに戻った。

俊也はあの食事の後、あくまであっさりとした態度でメイコをタクシーに乗せ、去っていったからだ。

―俊也は、何がしたいんだろう?

そんなことをぼんやりと考えながら、部屋の窓際に腰掛けて、メイコはブレスレットを見つめた。



デスクチェアの背もたれには、コウタから先日プレゼントされたスカーフが掛けられている。

メイコは、ブレスレットとそのスカーフを比べるように見た。

―もし売ったりしたら、つく価値は全然違うんだろうけど…。私にとっては、どっちも一生の宝物だわ。

そして、メイコは気付いた。

メイコはこれまで、人からブランド物を貰うのが大嫌いだったが、それは愛着がないのにその品を持っているということがイヤだったからなんだ、と。

値段やブランド価値だけではなく、自分にとって大事な意味を持つものだけを大切に抱えていたい。

モノに紐づく“ストーリー”があることが大事なのだと、メイコは思った。

呉服屋の家系で、上質なものを大切に愛することを教えられてきたことも関係しているのかもしれない。

―私のブランドは、誰かにとってそういうモノになってるのかな?

メイコのランジェリーブランドは、先日の一件でまた知名度を上げ、全商品の売り上げが底上げされた。まさに事業は絶好調、といった状況だ。

だけど「流行っているから」や「みんなが持っているから」といった理由で買うものに、人間は一体どれだけの愛着が持てるだろうか。

―このままどんどんメジャーになっていくのは嬉しいけど、私が本当に作りたいブランド像とは、ちょっと違うかもなあ。

メイコは思う。

ストーリーを与え、愛着をうまく作れれば、ハイブランドとか値段とかを超えた宝物が作れる。

そして、そういう一品をたくさん持っているということは、人が生きる上で確かな強さをくれると思う。…今の自分が、それを体現していると思うから。

そのときふと、スマホを見ると「今からうちに来ませんか?」という連絡がコウタから入っていた。

「会えるよ」

そう返事をしたメイコは、クローゼットを開けた。

ここには、メイコの人生に紐づく逸品がたくさんある。愛着の薄いものなんて、メイコの持ち物にはひとつもないのだ。

そんなメイコがクローゼットから取り出したのは、コウタと2人で作ったあの下着だった。メイコはそれを身に着けて、鏡の前でニッコリと微笑む。

―早くコウタに見て欲しいなあ。

メイコは、積み重ねてきた自信をまとって、満たされた気持ちのまま身支度を始めたのだった。


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