女の幸せは、チヤホヤされること?貢がれること?

いいえ。私の幸せは、そんなんじゃない。欲しいものは自分で勝ち取るの。

「若くたって、女だって、成功できるんだから。私にかまわないで」

これは、銀座の一等地でランジェリーショップを経営する、勝気な女社長の物語。

◆これまでのあらすじ

コウタとの想いが通じ合い、幸せの絶頂にいたメイコ。「今から部屋に来て?」とコウタから呼び出されたメイコは、2人で作ったランジェリーを身に着けて彼の家に向かい…?

▶前回:別れたはずの男から、いきなりプレゼントを渡され…。女が驚愕した、その中身とは



「あれ、もう朝か…」

コウタの家で、初めて朝を迎えたメイコ。目覚めてすぐにコウタの寝顔が目に入り、メイコは幸せを噛みしめながら微笑んだ。

「…ねえコウタ、起きて。寂しい」

こんな風に思いっきり素直になる恋愛は、何年ぶりなんだろう。目を擦り「おはよう」と言うコウタを見ながらメイコはそう思った。

20代半ばで自分が“社長”という肩書きを持つようになってから、意識はしていなかったが、いつもどこかで緊張していたようだ。

周りにいる人間は、いつも自分を品定めするように見てきたし、隙を見せれば足を掬われるような世界だったから。

長い間付き合って、心を許していた俊也に対してだってそう。

結局、同じビジネスの世界で生きている人と過ごすのは、メイコにとって気が張ることだったのだ。

コウタと出会ってなんでもない毎日を過ごす中で、メイコは自分がひどく疲れていることに気付いたのである。

「コウタ…。私、幸せだなあ」

メイコが言うと、コウタは溶けそうな目をして手を伸ばす。

―この人となら、生きていけるなあ。

メイコはその瞬間、ぼんやりとそう思った。それに、こんな幸せがいつまでも続くものだと思っていた。

しかし、コウタと付き合い始めて3か月ほどが経った頃、コウタは突然「話したいことがある」とメイコに切り出してきたのだ。


コウタが困り顔でメイコに告げたこととは

「…よかったら、ついてきてくれないかな?」

コウタは、意を決したようにテーブルの上を見つめたまま言った。

その視線の先にあるのは、またもや手作りしたという、シルバーの指輪だった。



コウタの話とは、メイコにとって突拍子もないものだった。

「トルコに引っ越して、あっちで本格的な活動をすることになったんだ」

メイコが、その話を聞いた時「えっ」と気の抜けた声を出すことしかできなかった。全く想像していない展開だったからだ。

ここ最近、コウタの作品は国内の若者を中心に、じわじわと人気が出てきているところだった。

メイコの店でのランジェリーデザインの仕事は、その人気に一役も二役も買っていたのだ。

―なのに、なんでトルコ?

メイコが聞くまでもなく、コウタはシンプルに説明した。

「あっちに、作品を買ってくれる人がたくさんいるから」

メイコはこの時、初めて聞くことになったのだが、コウタは中東の一部の富裕層から人気のあるアーティストだったらしい。

メイコは離れたくないと子どものように思った。行かないでよと駄々をこねたい気持ちだった。

でも、ついていくという選択肢は、全くない。

「ごめんなさい。ついていくのは…。できないわ」

メイコの絞りだした声に、コウタは「うん」と微笑んだ。

「知ってたよ。ダメもとで聞いた」

コウタの存在を惜しいと思った。一緒にいるとこんなに楽しく、素でいられる。

そして何より、こういうタイミングで手作りの指輪を用意するような男だ。そんな男には、この先一生、出会うことはないなとメイコは思う。

それでもメイコは言った。

「本当に、ありがとうね。今まで」

俯いたままのコウタに、メイコは付け加えるように言う。

「これからの、次の10年を頑張ろうね。40歳になって、今じゃ想像もつかないような大きな仕事をしよう」

そう言った瞬間、メイコの中の恋しさは、すぐにエネルギーに変わった。



離れて行ってしまうのはコウタだけではなかった。

コウタとの別れを決めた数日後。今度は仕事終わりの莉子が、緊張した面持ちでメイコに「話があります」と伝えてきたのだ。

「私、自分の会社のために本格的に動いてみます。いろいろ迷惑かけてすみませんでした」

少し気まずそうだが、真剣な顔の莉子にメイコはうなずく。そしてうなずきながらも、今までの莉子の“不安定さ”を思い返していた。

莉子は、未熟な子だ。

愛嬌も人当たりも、地頭の良さだって問題ないのに、根本的に自分に対する自信が全くない。

―本当に、大丈夫なのかしら。

メイコは決して言葉には出さずに、莉子を見つめる。…そして、思いついたのだ。

―いつものバレンシアガのブティックに、莉子を連れていこう。

「莉子、今からスーツを買いに行きましょう」

まだ若く未熟である彼女が、ひとりで戦っていける強い女に見えるように。そして何かあった時、自分と、この店のことを思い出してくれるように。

そんな思いを込めて。


そしてメイコは、ひとりになったが…?

コウタが去っていくことが決まり、数か月のホテル暮らしにも疲れ果てた頃。メイコは、ちょうど銀座のはずれに素敵なマンションを見つけた。

そうしてメイコは、ひとりでいそいそと引っ越しをしたのだ。

「心機一転。それにしても、なーんにもなくなっちゃったなあ」

メイコは、新居にポツンと置かれたソファーに腰掛け、高い天井を仰ぐようにして脱力する。

おばあちゃんに支えられて店を開き、俊也と出会ってたくさんの刺激と学びを得た。

お客さんとして通ってくれていたところから仲良くなった莉子は、色々あったが、店を愛してくれていた。

そして、コウタ。コウタは、メイコの世界を確実に広げてくれた。

他にもメイコはここまで来るのに、本当にたくさんの人と関わり、たくさんの助けを受けてきた。でも結局今、メイコのそばには誰ひとりいない。



メイコは、寝室にあるクローゼットの扉に手をかける。このクローゼットが気に入って、メイコはこの部屋を選んだのだ。

そしてメイコは、段ボールの中から大切な宝物たちを丁寧に取り出していく。

―あ、これは…。

メイコはひとつひとつの段ボールを開けては、微笑んだり、時に涙ぐんだりを繰り返した。じっくりと、その逸品にまつわる自分のストーリーを思い起こしていたのだ。

初めて3桁するバッグを買った時の興奮。会社が軌道に乗るようにと願い、背伸びして買ったスーツ。20代の折り返しの日に買ったピンヒール。

メイコはそれらを並べながら、心強さで胸がいっぱいになった。

慌ただしく目の前を過ぎていく毎日。

気付けば、環境なんてすぐに跡形もなく変わっていたりする。

でも、今だって、なにもなくなったように見えて、こんなにも大切なもので溢れている。

それだけで、メイコは強くなれるのだ。

―これからもっと、どこまでも行けるわ!

誰もいないマンションの一室、メイコはひとりで堂々と微笑むのだった。


Fin.

▶前回:別れたはずの男から、いきなりプレゼントを渡され…。女が驚愕した、その中身とは