毎週金曜日に、ひっそりとオープンする“三茶食堂”。

この店のオーナーの直人(45)曰く、ここで繰り広げられる人生相談を聞いていると、東京の”いま”が知れるのだとか…。

さて、今宵のお客さんは?

▶前回:「男性からの誘いが断れなくて…」なぜか毎回ダメ男に捕まる女が、無意識のうちにやっているコト



Case 6:過去の女を美化している男・龍太(28歳)


人通りが少なく、静かな金曜日。

日が落ちる前の明るい時間だったが、裏通りにひっそりと佇む『三茶食堂』のドアを開けた。

「龍太くんいらっしゃい。どうしたの、浮かない顔をして」

開口一番、まるで僕の心を見透かしたような直人さんの発言に、思わず目をそらす。

「何もないですよ〜…。とりあえず、ビールください」

嘘だった。

ここ最近結婚願望が強まっているため、マッチングアプリや友人からの紹介など様々な方法にトライしているが、一向に彼女ができないのだ。

経営している会社は軌道に乗っており、“注目の若手経営者”としてメディアにも度々顔を出している。条件は悪くないはずだ。

なのにデートをしても次に続かない。

…なぜなら一度会うと冷めてしまい、その女性に興味を持てなくなってしまうのだ。

「いい出会いがないんですよね…。少しいいなと思う子がいても、お金目当てなんだろうなぁと考えてしまって。やっぱり元カノと別れたのがダメだったのかな…」


最高の条件の男の心を掴んで離さない、魔性の女とは

ビールを飲みながら話しているうちに、何かを揚げているような音が聞こえてきた。食欲をそそられる。

「奈緒と別れて以来、誰に会ってもピンと来なくて。綺麗な子も素敵な人も、いっぱいいるのはわかっているのになぁ」

揚げ物の手を止め、直人さんが大きく頷く。

「そっかぁ。龍太くんの前の彼女さんって、そんなに素敵な人だったんだね」
「そうなんですよ。最高にいい女で、彼女以外無理なんじゃないかと」

そう話している僕に、直人さんが無言で出したのは「とんかつ」だった。

衣のサクサク感と、厚切り豚肉の柔らかさ。そして噛んだときにジュワッと溢れ出る肉汁の旨味が、口の中で広がる。

どうやったらこんなにサクッと揚げられるのだろうか、不思議なほど美味しい。

元カノ・奈緒と別れてからもうすぐ1年が経つ。

だが彼女ほど僕のことを理解してくれて気の合う女性が、なかなか現れない。お金目当てでもなく、必死で追いかけたくなるような女性が。

「龍太君にそこまで言わしめる女性の顔、見てみたいねぇ」

僕の話に、直人さんが茶々を入れてくる。

直人さんのことを、実はよく知らない。

とにかく渋くてカッコよくて、出てくる食事も酒も旨いことだけは確かだ。

三茶食堂以外にも事業をしており、この店は趣味のようなものだと噂で聞いたこともある。(既に会社を売ってセミリタイアしているという説もある)。

「龍太くん、ちなみにそれ、美味しい?」

そんなことを考えていると、直人さんが急に僕の食べかけのトンカツを指差した。



「すっごく美味しいです!衣もサクサクで」
「多分だけど、その彼女は、もうとっくに次の男にいってるよ」
「え…?」

唐突過ぎて、どう答えていいか分からない。

「男だけなんだよ。過去を美化して、縛られているのは。彼女、多分もう結婚しているんじゃないかな」

…何も言えなかった。

なぜなら、直人さんが言っていることは事実だったからだ。

元カノの奈緒は、この間結婚した。

正確に言うと彼女のSNSで、結婚と同時に“妊娠しました”という報告があったのだ。

気になるのは、僕と会っていた期間を考えるとどうも計算が合わない。

実は別れたあとも彼女から積極的に連絡が来ていた。

だからその度に良いレストランに連れて行き、彼女の心を取り戻そうと必死だったし、体の関係も何度かあった。

俺は、騙されていたのだろうかー?

「りゅうちゃんのことは大好きだけど、もっと相応しい自分になりたいの。今の私だと、自信が持てなくて…」

1年前、そう言って涙を流しながら別れを切り出した奈緒。

その涙はとても美しいものに見えたが、あれも全て演技だったのだろうか?

そもそもお腹の中の子供は本当に、結婚相手の子供なのだろうか。僕が最後に奈緒と体を重ねたのは、いつだっただろうか。

そしてどうして自分から別れを告げてきたのに、ズルズルと連絡をよこしてきたのだろう...。

そんなことを考えているうちに、トンカツはすっかり冷めてしまった。そして、それを一口食べて驚いた。

「かった…」

さっきまでサクサクして柔らかかったトンカツが、冷めた途端に固くて、ただの油の塊みたいだ。

「冷めた途端に、美味しくなくなる料理もあるんだよね」

直人さんの言葉が、僕の心に深く突き刺さる。


男が抱いていた幻想vs本当にあざとい女の本性

直人:過去に縛られ過ぎると、人は前に進めない


どうして男は、思い出を美化するのだろうか。そしてなぜ、過去に縛られやすいのだろうか。

龍太の話を聞きながら、僕は男と女の違いについて改めて考えずにはいられなかった。

過去を美化することを否定はしない。美しい過去は時に心の糧になり、そして人生を豊かにしてくれることもある。

だがあまりにも過去に縛られすぎていると、人は前に進めない。

龍太がモテることは知っているが、彼の基準は常に元カノだった。

しかも厄介なのは生身の元カノではなく、美化された元カノである、という点にあった。

「多分その彼女、今頃結婚しているんじゃないかな」

それは推測だったが、龍太の反応を見ると、どうやら図星だったようだ。

そういう女性を、悲しいことに沢山見てきた。

彼女もきっとお金目当てで龍太に近づき、それを悟られぬように振る舞ったのだろう。そして恐らく、今の結婚相手と龍太を同時進行していたはずだ。

ふるいにかけた結果、今の結婚相手を選んだ。それが真実だ。

「龍太くん、ちなみにそれ、美味しい?」

トンカツは、冷めたら美味しくない。揚げたてで食べるからこそ、美味しい。

もちろん冷めても美味しい料理は沢山ある。だが僕はあえて、冷めると魅力が半減してしまう一品を出した。

冷めたトンカツを見て、彼は何を思ったのだろうか…。





「直人さん、トンカツとビールください」

その翌週。再び龍太が店にやってきた。

「あれ?またそれでいいの?」
「はい。今度は、熱々のうちに食べます!」

ビールをグイッと飲みながら、龍太は少し恥ずかしそうに話し始めた。

「実はあの後気になって共通の友人に聞いたら、僕と付き合っていた時から今の旦那と同時進行していたらしいです」

空になったグラスに、僕はもう一杯ビールを注ぐ。

「で、先に妊娠した方と結婚すると決めていたって聞いて、背筋が凍りました」

さすがにそこまでとは想像していなかったので、思わず僕も絶句してしまった。

「す、すごいねその子…」
「でも良かったです、事実が知れて。その友人も、僕があまりにも彼女を忘れられずにいたから、言い出せなかったみたいで」

ちょうど、かつが揚がった。

「僕、今度アプリで出会った子と2度目のデートをするんです。今に集中して、もう過去の幻想は封印します」

“あばたもえくぼ”なんていう言葉が表しているように、夢中になっている時には気づかないことも多い。

もちろん誰かのことを好きになったり、そもそも夢中になれる相手がいること自体、奇跡だと思えるくらいに素晴らしいことである。

だが時としてのめり込みすぎると、本質を見失いやすい。

そして思い出の中の彼女は、7割増しくらいで美化されている。

時がたてば不味くなるとんかつのように、実際にヨリを戻したら大抵うまくいかないのだ。

「そうなんだ、良かったじゃない。じゃあこのビールは、僕からの奢りね」
「いいんですか?ありがとうございます!」

美味しそうにビールを飲む龍太。

次こそ素敵な女性と幸せになれるようにと願いを込めて、そっと揚げたてのとんかつを出した。


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世田谷妻の憂鬱とは