修羅場。

それは血みどろの激しい戦いや争いの行われる場所、またその場面のことを指す。

恋人との別れ話や、夫婦関係のいざこざ。

両者の主張がもつれたとき、それは恐ろしいほどの修羅場にまで発展してしまうのだ…。

これは東京に生きる男女の間で、実際に起きた修羅場の物語である。

▶前回:彼のパソコンが丸見えになっていたから…。誘惑に負けた女が画面を覗いた瞬間、見てしまったモノ



Vol.7 やり残したロマンスに走った女


名前:村井綾子(仮名)
年齢:39歳
職業:専業主婦


「相手の浮気を疑う人は、高確率で自分にやましいことがあるらしい、か…」

夫の寝室をゴソゴソと漁りながら、綾子はひとりつぶやいた。

どこかで聞いたそんな言葉を、ふと思い出したのだ。

―その説は一理あるわね。

綾子には、今まさにやましいことがある。この1か月、夫がいる身でありながら、小野田という同世代のIT企業経営者とデートを重ねているのだ。

自分がそうなってみると、なぜか夫も同じように浮気しているのではないかと感じるようになった。

彼が出張で家を空ければ「本当は女と旅行なのでは」と疑ってしまうし、残業が増えれば「どうせ女と会っているに違いない」と考えてしまう。

そんな気がしたから、こっそり部屋の中を漁っているのだ。

でもそれは、夫の不貞を成敗したいからではない。証拠を見つければ“お互いさま”として、自分の行為が正当化されると思っているからなのだった。


綾子がここまで狂ってしまったワケ

綾子は20歳で娘を産んだ。

結婚前に妊娠したことで両親には相当咎められたし、大学も中退することになった。しかし不動産会社を経営していた夫の収入を伝えた途端、何も言われなくなったのだ。

そして月日はあっという間に流れ、2年前に娘は海外留学へ。子育てが終了した綾子を襲ったのは、言いようのないほどの退屈だった。

家事と夫の世話をして過ぎるだけの毎日。

―私、まだ若いのに。

綾子は、夫の収入で通う美容クリニックの賜物で美貌を保っている。それでも、夫から女として見てもらえなくなって10年近く経った。

だから小野田に声をかけられたあの夜、自分が急速に潤うのを感じたのだ。

「ワインお好きなんですか?じゃあこれから、軽く飲みに行きませんか」

ワインショップで声をかけてきた彼の笑顔に心を奪われ、すぐに関係を持つまでに至った。しかし、小野田も既婚者。越えてはならない一線だとわかっていたが、ある“言い訳”が背中を押したのだ。

―私は早くに結婚したから、他の女性より恋愛を楽しんでこなかったもの。

そして今。夫の部屋から、ふたつ目の言い訳が見つかった。

デスクの引き出しに入っていた、セリーヌのレシート。印字された日付は先週の金曜。お会計金額は33万5,000円と書いてある。

「この日は残業って言ってたじゃない。…嘘ばっかり」

もし夫が不倫なんかしたら、あらゆる手を尽くして懲らしめたうえで離婚すると決めていた。…若い頃は。

でも綾子は今、ホッとしている。

―これでおあいこ。私を引き止めるものはもうないわ。

そしてすぐに、小野田へメッセージを送った。

『ねえ。明日にでも会いたい』



“例のレシート”を見つけ、夫婦で同じことをしているならいいかと後ろめたさが消えて数日。今日も小野田の元へ出かける。

夫はここのところ帰りが遅く、家では会話もほとんどない。彼も鈍くはないから、綾子の浮かれた様子に気付いているのだろう。

お互い目を逸らして、とりあえず一緒に生活をしている、という感じだ。

―でも離婚して娘を悲しませたくはないし、こんな形の人生もアリかもな。

そんなことを思いながら、いつものように小野田とバーで飲んでいた時のこと。彼のパスケースのポケットに、女の写真が入っているのを見つけたのだ。

「…それ奥さん?」

「ああ」

「そう。…そんなところに写真入れてるんだ」

写真の中の女は、50歳くらいに見える。幸福そうな笑顔だ。

「今でも二人で旅行したり、笑い合ったりするの?…今でも、仲良しなの?」

思わず責めるような口調になってしまう。その瞬間、彼は困ったように小さく微笑んだのだった。

そして、その夜。帰宅すると、すでに夫は自宅でくつろいでいた。何も言わずに洗面所へ向かおうとすると、うしろから声をかけてくる。

「風呂は?」

「…自分で沸かして入ってくれない?」

首をかしげながら浴室に入っていく夫を横目に、綾子は思う。

小野田はきっと今頃、あの女と談笑している。夫は今シャワーを浴びながら、きっと浮気相手のことでも考えているんだろう。

―なんか、私だけ損してない?

そう思うとたまらなくなり、小野田へ電話をかけていた。しかし3回かけても繋がらない。諦めようと思ったその時、『どうした?電話は困るよ』というLINEが届いた。

―別れればいいのに。

自分と夫はたやすく別れられるだろうから、それで彼と一緒になりたい。

そして衝動的に、こう思ったのだ。

―奥さんに、会いに行こう。


そして綾子の暴走がスタートする…

小野田はゴルフへ行くと言っていたので、家にはいないはずだ。

知っていた自宅の最寄り駅と「駅から1分もかからない」という情報を頼りに、周辺の家を見て回る。すると、小野田と書かれた表札はすぐに見つかった。

チャイムを押すと、インターホンから柔らかな声が聞こえてくる。

「どなたでしょうか?」

「ちょっとお話があって」

不思議そうな顔で出てきたのは、麻のワンピースが良く似合う、上品な女だった。

「あの。私、小野田さんとお付き合いをしてるんです」

「…え?」

「離婚してくれませんか?」

すると彼女は目を丸くして固まったあと、深々と頭を下げた。

「…夫と話してみます。ごめんなさいね、あの人がご迷惑をおかけしました」

綾子は不本意だった。…彼女に、怒ったり取り乱したりして欲しかったのだ。



「離婚してほしい」

夫から突然そう言われたのは、その3日後だった。もう小野田からは、連絡を無視されるようになっていた。

「…綾子、他の男とデキてるんだろ?どうりで最近、様子がおかしいし冷たかったわけだ」

小野田の妻は、この家を探し当てて夫に会いに来たのだという。そして言ったそうだ。「お宅の問題でもあると思うので、ご主人にもお伝えしておきます」と。

「…あなただって、他に女がいるんでしょう!?そうじゃなかったら私、不倫なんてしなかったわよ!あなたのせいよ」

どれだけ喚いても首をかしげるだけの夫に、セリーヌのレシートを突きつける。

「じゃあ、これは何なのよ!?」

すると、夫はため息をついて立ち上がり、しばらくしてクローゼットからセリーヌの紙袋を持ってきた。

「来週、結婚記念日だろ。20年目の」

夫は震える声でそう言った。だが、彼が自分にそんなプレゼントをするなんて、にわかに信じ難かったのだ。

「…嘘よ。どうせ、よその女のために買ったんでしょう!?」

叫ぶように言うと、もっと大きな声が返ってきた。

「もういい…。出て行ってくれないか?」



―なんで、こんなことになっちゃったのかなあ。

あれからどれだけ連絡を試みても、小野田とは音信不通だ。そして、逃げるようにやってきたホテルの狭い一室に、先ほど夫の署名が入った離婚届が届いた。

それを睨みながら思う。

―あのセリーヌ、私へのプレゼントなんて絶対嘘よ。よその女に贈って、そのうち再婚でもするんじゃないでしょうね?

そんな風に疑ってみる。…そうでもしなければ、自分が悪いみたいで息が苦しくなるからだ。

綾子は震える手で、離婚届を握りしめるのだった。


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