恋は焦りすぎると、上手くいかないもの。

だから、じっくり時間をかけて相手を知っていくべきなのだ。

結婚に焦り様々な出会いと別れを繰り返す、丸の内OL・萌。

“カルボナーラ”をきっかけに失恋した女は、恋も料理の腕前も上達していく…?

◆これまでのあらすじ

朝日が語る悲しい過去の事実を知り、突然泣き出してしまった萌。その涙のワケとは…?

▶前回:「妻は1年前に…」気になっていた男の口から語られた、衝撃の過去とは



2019年7月


「ちょっと萌ちゃん!なんで泣いてるの?」

「朝日さんは何も悪くないんです。奥様が亡くなってしまった悲しさと、今でも奥様のことを大切に思われている朝日さんの切なさが入り混じってしまって…。本当にごめんなさい」

ある日の料理教室を終えた帰り道、萌は朝日から「なぜ料理教室に通っているのか」という理由を聞きだした。

どうやら彼は最愛の妻を亡くし、大好きだった妻の味を再現するべく、彼女が通っていた料理教室に通い始めたようだ。

それを聞いた瞬間、萌は不意に涙があふれ出してしまったのだった。

「萌ちゃんって本当に優しい子なんだね。そこまで考えてくれて、ありがとう」

ちょうど表参道駅に着いた2人は、少しギクシャクしながら別れの挨拶を交わして、それぞれの帰路についた。

駅構内のトイレでアイメイクを直しながら、萌はさきほどの涙の真意を考える。

― 私、本当は朝日さんが既婚者だったことにショックを感じていたのかも…。

これまで朝日には恋愛対象というより、どこか憧れに似た感情を抱いていたつもりだった。

欠点の見つからない彼に対して「自分なんかが釣り合うわけない」と、恋愛感情を無意識的に押し殺していたのかもしれない。

「私、朝日さんのこと好きなんだな…」

しかし、そう気づいてしまったところで、今の自分にその想いを伝える資格も器量も、到底ないことはわかっている。そして一晩中考え、萌が出した結論はこうだった。


一晩考え込んだ萌が、出した答えとは…?

― やっぱり新しい恋、探そう。

今の自分にできることは、朝日にもらったアドバイスを噛み締めながら、一歩一歩前に進むこと。

そんなふうに考えると、不思議と心が軽くなった気がした。

というよりも、このどこにもぶつけようのない気持ちを抱いたまま何も行動しないでいることが、どうしても耐えられなかったのだ。

そこで萌は引野とのデートで痛い目を見てから使っていなかったマッチングアプリを、久しぶりに開いてみる。しばらく見ていなかったものの、そこには男性からの“いいね”がいくつか残されていた。

直近で来ていたメッセージから読んでいこうと、上から順にチェックしていたとき。萌は一瞬、自分の目を疑ってしまった。

数枚あるプロフィール写真のうち、笑っている顔が朝日に似ている人物がいたのだ。

似ているのは横顔だけなのだが、それでも胸の高まりが収まらず、思わずメッセージに返信してしまう。

…それが、斎藤裕二との出会いだった。

彼はIT企業に勤めており、年齢は萌よりも8歳ほど上。メッセージの文面は落ち着いた雰囲気で、博識なところも伝わってくる。

萌は3日後に食事へ行く約束をし、新たな出会いに期待を寄せながら当日を迎えた。



仕事を定時で切り上げて向かったのは、日比谷にあるイタリアンレストラン。

そこで初めて顔を合わせた彼は、写真通り清潔感があり、色白の肌にサラサラのマッシュヘアスタイルだった。

「初めまして。斎藤裕二です。よろしくね」

彼は飛びぬけてハンサムというわけではなかったが、優しそうに笑う顔はどことなく朝日の面影を感じる。

年齢差を感じさせない気さくな態度や、自分と誕生日が近いという偶然が、萌に親近感を抱かせた。

「斎藤さんって色々詳しくて、お話ししててすごく楽しいです。お休みの日は何をされてるんですか?」

「僕、中目黒に住んでて。休みの日は近所のカフェで本を読むのが好きなんだ」

読書が趣味というだけあって話題も豊富で、会話がとぎれることなく続いた。

しかもエスコートが完璧で、店の予約から支払いまでをスムーズにこなす余裕っぷり。店を出て駅に向かう間、萌は「また会ってもいいかな」と考えながら歩いていた。

実際に会ってみて、特に怪しいところや気になるところもなかったし、何より一緒にいて楽しかったのだ。

萌がそんなことを思っていると、斎藤が突然立ち止まり、驚きの言葉を口にしたのだった。


帰り道で急に立ち止まった斎藤が、その後言い放ったこととは?

「初対面でこんなこと言うのって、すごくおかしいかもしれないんですけど…。僕、萌さんに一目惚れしました。付き合ってほしいです」

萌は、突然の告白に目を丸くしてしまった。

「…ごめんなさい。お気持ちは嬉しいですし、私もとっても楽しかったです。でも、出会ったその日に付き合う勇気はなくて。お返事は待っていただけますか?」

「ありがとう。突然ごめんね。僕、萌さんとはなぜか自然体でいられたからさ。これから何回かデートして、楽しいと思えたら付き合ってほしい」

それからというもの、斎藤はこまめに連絡をくれたり、デートのときには車で送り迎えもしてくれたりする、細やかな気遣いを見せた。

人混みが苦手だという彼とは、仕事終わりにレイトショーを観に行ったり、少し足を延ばしてドライブデートをしたりと、少しずつ距離を縮めるようにデートを重ねていったのだ。

そして迎えた3回目のデート。斎藤は夕暮れ時の山下公園を歩きながら、改めて萌に告白してくれた。

「僕、やっぱり萌ちゃんが好きだよ。付き合ってほしい」

「…はい。こんな私でよければ、よろしくお願いします」

その日のディナーは、みなとみらいの夜景を一望できるレストランの個室で、ゆったりと2人の時間を楽しんだのだった。



こうして斎藤との交際をスタートさせた萌。

これまでは少し遠出をするデートもあったが、付き合ってからというもの、実はインドア派という彼に合わせ、萌の自宅で映画を観たりすることが心なしか多くなった。

仕事終わりで会う日には、勤め先の恵比寿から大崎にある萌のマンションまで、わざわざ足を運んでくれる。

「夜遅くに、ひとりで外を歩かせるのは心配だから」と、少々過保護なのは年齢差のせいなのだろうか。

しかし家デートばかりなのは寂しかったが、よかったこともある。料理教室に通っている努力が、やっと実を結びはじめたのだ。

彼に煮物を出したとき「萌ちゃんって、料理上手なんだね。ますます好きになったよ」と言われたことで、ようやく手料理を振る舞うことに自信がついた。

そういったプラスの感情が、料理の上達スピードをさらに高めていく。そして最近は、会社に弁当を持参するようにもなったのだ。

休みの日には一緒にキッチンへと立ち、萌のカルボナーラ作りの練習にも付き合ってくれる斎藤。その包容力や思いやりのある姿勢を見て、萌は「彼と付き合えてよかった」と心から思った。

そして、ある日のデートでのこと。近所のスーパーから萌の自宅に向かう道中、夕方の公園横を通ると子どもたちの楽しそうな声が聞こえてきた。

「ねえ、裕二さんは子ども好き?」

萌はさりげなく、彼に結婚の意思があるのかを確かめようとした。すると彼は、こう言ったのだ。

「子どもは可愛いよね〜。僕は女の子が欲しいなあ。萌ちゃんは?」

「私も女の子がいいな」

「一緒だね。…やっぱり、僕が萌ちゃんと出会えたのって運命だと思う」

そんなクサい台詞をサラッと言える斎藤が面白くて、萌はクスッと笑ってしまった。

近頃の萌は料理教室でも先生に褒められることが多く、すべてが順調に進んでいる。…ただひとつ、朝日とのことを除いて。

あれ以来、萌は朝日に対して少し距離を置いている。実らなかった恋ほど、忘れられないものなのだ。

そんな朝日への想いをなかったものにしようと、斎藤との関係を深めていた萌。そこに新たな壁が立ちはだかるだなんて、このときの萌はまだ気づいていなかった。


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萌がぶち当たった、新たな壁とは…?