アッパー層が集結する街・東京。

その中でも特に裕福な、純金融資産“1億円”以上の富裕層はどのくらいの割合か、ご存知だろうか?

ある統計によると 「日本の全世帯のうち2.5%程度」というデータがあるらしい。

なかなか出会えない、2.5%の富裕層たち。

レアな生き物である彼ら"かねもち"たちの、ちょっと変わった生態を覗いてみよう。

▶前回:中卒の経営者が、まさかの年収1億に…。そんな男が惜しみなく金をつぎ込むモノとは



ブランド立ち上げ直前のアパレルデザイナー・一花(29)


ハワイをテーマにした代官山のセレクトショップを出ると、真夏のムワッとした熱気が私たちに襲いかかる。

「やっぱり、ハワイと東京は暑さの質が全然違うわよね〜。うちの製品を身につけることで、お客様たちが少しでもハワイ気分になれるといいけど」

Ericoさんはそう言うと、トム フォードのサングラスをかけて大きく伸びをした。

こうして彼女と一緒に仕事するのも、今日が最後。来月からはいよいよ独立して、私のランジェリーブランドがスタートする。

― 私、Ericoさんみたいに立派なデザイナー兼経営者になれるのかな。

灼けつくような夏の日差しが、足元へ闇のように暗い影を落とす。

気を抜くと不安に呑み込まれそうな私に向かって、Ericoさんが少しずらしたサングラスの隙間から優しく微笑んだ。

「不安なのね。でも一花なら大丈夫。忘れないで、ホ・オポノポノよ!」

独自のニュアンスで励ましてくれるEricoさんは、太陽よりもまぶしく輝いている。

“ニューエイジアパレル界の新星”と呼ばれ、欧米を中心に4億ドルもの売り上げを誇る彼女の前では、きっと困難の方から逃げ出してしまうに違いなかった。

「うう…。ありがとうございます」

励まされてもなお不安げな私に、Ericoさんは何かを企むような瞳で言葉を続ける。

「ねえ一花。オフィスへ戻る前に、ちょっと寄りたいところがあるの。一花の明日がより素晴らしいものになるためのおまじない。ジュエリーを買ってあげるわ」


世界的評価を得るデザイナーが、ジュエリーショップでまさかの…

「そんな…。きちんと退職金だってくださったのに、申し訳ないです」

そう言って遠慮する私の声など聞こえていないかのように、Ericoさんはズンズンと歩みを進めていく。

まっすぐ伸びた背筋と、しなやかで丸みを帯びたスタイル。その健康的な体を包むのは、自身のデザインによる洗練されたフィットネスウェア。

小麦色に日焼けしたEricoさんの肌には、いくつものシミがある。でも今の服装では、そのシミまでもがありのままの美となり、かえって彼女らしい魅力を伝えていた。

「あなたをもっと、あなたにする」というブランドコンセプトと、今季のテーマである「アスレジャー in Hawaii」を自ら体現するEricoさん。

その美しい後ろ姿を見ていると、ブランドが日本国内よりもむしろ、NYやパリなどで人気を集めている理由がわかる気がした。

― Ericoさんって、やっぱりかっこいい。私、この人の下で服作りを学べて本当に幸せだったなぁ。

そんな想いをしみじみを噛み締めながら彼女について行くと、辿り着いたのは新進気鋭のジュエリーブランドだった。

最近、ここ渋谷にフラッグシップストアを構えたばかりのブランド。天然石を生かしたデザインが話題を呼び、業界内でも注目されていると聞いたことがある。

「一花へのプレゼントを買いがてら、チェックしておきたいなと思って。ちょっと付き合ってちょうだい」

そう言ってEricoさんは、堂々とした様子で店舗に入って行く。後に続いて店内に入った私は、その煌びやかなジュエリーの数々を目の前にして、思わずため息をついた。

どこか植物的なナチュラルさがありながらも、ハイブランド然としたラグジュアリー感が両立したデザイン。

― わぁ、かわいい。なるほど、Ericoさんのデザインと通じるところがあるかも。

ガラスケースを見つめる彼女の目も真剣そのもの。もしかしたら、いずれコラボレーションなどを考えているのかもしれなかった。

じっくりと商品を見ていたEricoさんは、1つのリングに目をつけると店員さんに声をかける。

「すみません、ちょっとこのリングを見せていただけます?」

でも…。事件はそのとき起こった。

気だるそうにこちらに寄ってきた店員は、頭の先から爪先までEricoさんをジロジロと見たかと思うと、ありえない言葉を口にしたのだ。



「えっと…。お客様にはちょっと、こちらのお品はあんまり合わないかもしれないですね。こちらのシリーズでしたら、お求めやすくなってございますよ」

鼻で笑うような不躾な態度に、私は思わず唖然としてしまう。

Ericoさんが見てみたいと言ったグレーダイヤモンドのリングの値段は、約50万円。

それに対して店員が勧めてきたのは、たった2万円程度の石のないシルバーリングだったのだ。

― この店員、まさかEricoさんのことを貧乏人扱いしてるの!?

全身の血が沸騰したような怒りが込み上げる。

確かに今日のEricoさんのファッションは、ジム帰りのようなフィットネスウェア。メイクもほとんどしていないし、髪もひとくくりにしただけと、少々ラフな印象だ。

でもそれは、今季のテーマが「アスレジャー in Hawaii」なだけ。むしろこの美しさを見抜けないのは、美的センスが壊滅的にないと自己紹介しているようなものなのに。

それに、フィットネスラインはEricoさんにとって初の試み。真骨頂はミニマル&リッチなドレスだ。

1着20〜30万円はする彼女のドレスは、海外のセレブがこぞって欲しがる最先端アイテム。

日本どころか世界のファッション界で注目を集めるEricoさんがこんな扱いを受けるなんて、とてもじゃないけど許されることではなかった。

「ちょっと、あなた。この方を誰だと…!」

黙っていられなくなった私は、店員に向かって声をあげようとする。

でもそのとき、憤る私の肩をEricoさんが背後から叩いた。

「一花。大丈夫よ、ありがとう。私に任せてちょうだい…」


あまりに失礼な態度の店員に、Ericoが放った一言は

「私に任せて」

そう言って一歩前に踏み出したEricoさんは、さぞ激しい叱責をするかと思っていたのに…。店員をじっと見つめたかと思うと、ニッコリ微笑んで言ったのだ。

「そうですね。場違いなところに来てしまってすみません。失礼しました」

世界のEricoだと言ってやれ!ギャフンと言わせてやれ!そう考えていた私は、思わず拍子抜けしてしまう。

「ちょ、ちょっと!?Ericoさん!!」

しかし戸惑う私のことなど気にせずに、口元に微笑みをたたえたまま、さっさと店を出て行ってしまうのだった。

私は、憐れむような顏でこちらを見下す店員をキッと睨みつけると、慌ててEricoさんの後を追う。そして、収まらない怒りと困惑の気持ちをそのままぶつけた。

「なんで自分の正体を言ってやらないんですか?ていうか、相手がたとえEricoさんじゃなかったとしても、あんな態度は失礼すぎます!クレーム入れましょうよ!」

でもEricoさんは、そんな私を嗜めるようにケラケラと笑うと、こう言ったのだ。

「クレームぅ?なんで私が、そんな優しいことしてあげなきゃいけないの?」



「え…?」

言葉の真意がわからない私は、混乱しながら歩みを止めた。

Ericoさんはそんな私の方を振り返ると、優しく言葉を続ける。

「よーく覚えておいてね。クレームはお客様からのラブレター。お店に『もっと成長してほしい』と願う愛。それこそが、お客様からのクレームなのよ。

一花も独立したら、どんなにひどいことを言われても、ありがたく真正面から受け止めるのよ」

含蓄のある言葉。きっとEricoさんもブランドが軌道に乗るまで、様々な苦い経験をしてきたのだろう。

でも私は気づいていた。ニッコリと微笑みながら、優しい声色でそう語るEricoさんの目が…。まっっったく、笑っていない。

「だからね、ああいう店は愛情を注ぐ価値もないじゃない?労力だって有限。もったいないもの。

クレームなんかつけてあげない。二度と行かない。それだけ!…その結果、どんな未来が待ち受けているのかしらね〜♡」

その言葉を聞いて、私は背筋が凍るほどゾッとした。

クレームすらもらえない店を待ち受けているのは、自滅。

それだけではない。ただでさえ影響力のあるEricoさんが、理由も話さず「あの店には絶対行かないことにしてるの」と言ったなら。

ファッション関係のセレブの間で「ブランド価値が低い」という認識があっという間に広まることは、たやすく想像できる。

この業界でEricoに見捨てられるとは、そういうことなのだ。

― うわあ。おかねもちの怒り方って、怖すぎない…?

恐ろしさのあまり立ちすくむ私を、Ericoさんが促す。

「一花へのプレゼントは、やっぱりポメラートにしましょう。イコニカより、夏の生命力そのものみたいなグリーンのヌードリングが似合うと思うのよね〜」

フィットネスウェアの身軽さも相まってか、彼女はスキップするような軽い足取りでズンズンと進んでいく。

そのヘルシーな後ろ姿を追いかけながら、私は心に固く誓った。

決してEricoさんのようなおかねもちの逆鱗に触れることがないよう、自分のブランドはどこよりも接客を徹底することを…。


■かねもちのへんな生態:その7■

クレームを入れずに「二度と行かない」と周囲に宣言する方法で、店を攻撃するかねもちがいる


▶前回:中卒の経営者が、まさかの年収1億に…。そんな男が惜しみなく金をつぎ込むモノとは

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まるで姉妹のような富裕層ピーナッツ母娘。超ド級・お嬢様親子のありえない秘密