彼氏やパートナーがいる人が幸せって、誰が決めたの?

出会いの機会が激減したと嘆く人たちが多い2021年の東京。

ひそかにこの状況に安堵している、恋愛に興味がない『絶食系女子』たちがいる。

この連載では、今の東京を生きる彼女たちの実態に迫る。

▶前回:恋愛経験ゼロの女を、3回目のデートで家に誘ったら…。男が衝撃を受けたあるコト



出会いの機会が減って安心する女・今泉梨香子(32)


『今日も真夏日です。皆さん水分補給はこまめに行い、万全の熱中症対策を…』

可愛らしいお天気キャスターの声が、静かな部屋に響く。私は仕事の手を止めることなく、耳だけでその情報を受け取った。

― 前は、こんな暑い日でも汗だくになりながら出社していたっけ。

コロナ以降、私の勤める広告代理店は完全在宅勤務に移行した。

以前は利便性を重視して会社に近い豊洲のマンションに住んでいたけれど、今年の2月に憧れだった麻布十番へ引っ越した。広々とした1LDKのメゾネットタイプで、白い壁とアイボリーの床が気に入っている。

ふと手元のスマホを見ると、時刻は14時半。そろそろランチにでもしようかと、私はデスクから立ち上がった。

冷蔵庫からふるさと納税の返礼品で届いた有頭エビとアサリ、定期便で購入している有機野菜のトマトを取り出し、さっと簡単にペスカトーレを作る。

ノリタケの食器にパスタを盛り付け、仕上げにパセリと、たっぷりのパルミジャーノ・レッジャーノを削りかければ、ちょっとしたイタリアンレストランのようなランチができあがった。

大理石のダイニングテーブルにメタリックカラーのランチョンマットを敷いて、パスタと常備菜のピクルスを小皿にのせて添える。何度か画角を変えながら写真を撮り、最も美味しそうに撮れた1枚を自身のお料理Instagramにアップした。

「いただきまーす」

昼帯のバラエティ番組を眺めながら、涼しい部屋でまったりとしたランチ。口いっぱいに広がる上質なエビの味わいに舌鼓を打っていると、スマホの画面に1件の通知が届いた。

『梨香子さん本当に料理上手!大尊敬!彼氏さんが羨ましい〜』

投稿したばかりのInstagramに、親しくしている取引先の営業の女性からコメントがついたようだ。私は少しだけ後ろめたさを感じながら、ワンレングスの長い前髪をかき上げて、高い天井を仰ぐ。

「彼氏、か……」

実は、私には秘密がある。


仕事ができる美人OLには、秘密があった…

7年以上彼氏がいない女


「で、いまだにホンモノの彼氏を作る気はないのね?」

慶應大学時代から仲の良い、エステサロンを経営する友人と恵比寿でランチ。厚切りのローストビーフを噛みしめながら、私は首を軽く縦に振る。

「うん。今の私には必要ないかな。好きになれるような人もいないし、なんといっても一人が快適で、この暮らしに満足してるの」

私には、もう7年以上彼氏がいない。正直に言えば、恋人を作る気もあまりない。

でも、20代前半くらいまでは、そこそこ派手に過ごしていた。

医学部生や、ミスターコン出場者、10歳以上離れた経営者、たまには芸能人とも遊んだりして。

当時の私は、まだ恋に恋ができる年頃だった。適当な男性と“なんとなく”で付き合えたのだ。

しかし、第一希望だった大手広告代理店に入社してからは、激務に追われる日々。“なんとなく”の恋愛に、自分の貴重な余暇を割くことは絶対にしたくなかった。

出世街道をひた走り、プライベートは自分の好きなように過ごしていたらあっという間に30代。

年収は1,000万まで届いた。それに加えて、投資なんかもやってる。このままいけば、老後を十分に過ごしていけるだけの金額を手にすることができるだろう。

いい部屋に住んで、趣味の料理を楽しみ、好きな友達とはいつでも会えて、値段を気にせず高級レストランで食事ができる。

しかも結婚願望も今のところはないから、人生に焦りや不安はない。

恋愛なんて、本当に好きになれそうな人ができたときにでもすればいい、と思っているのだけれど…。

「……なんでみんな、パートナーの有無にこだわるんだろう。余計なお世話なのに…」

“彼氏がいない”と素直に打ち明けていた頃を思い返す。

「誰か紹介しようか?」と食事会をセッティングしてきたり、「理想が高いんじゃない?」と勝手に彼氏がいない理由を分析されたり。人によっては「選べるうちが華なんだから、今のうちに彼氏を作っておかないと」なんて失礼なことを平気で言ってきたりする。

「あとは、まったく興味ない上の立場の男から言い寄られたりね。昔働いてたサロンの経営者が、本当にしつこくてうんざりしたけど。

3年前に独立してからは、男女関係のストレスはなくなったかな……。梨香子はセクシー系の美女だし、そういうことも多いでしょ?」

“セクシー系の美女”というパワーワードで吹き出しそうになるが、実際は心当たりがある。

でも、彼氏がいると嘘をつき始めてからは、その数もだいぶ減った。

「そういえば、梨香子はまだ独立しないの?前に相談してくれたこともあったよね?」

友人の言葉に、私は「あぁ」と小さく声を漏らす。ゆるく巻いた髪を耳にかけると、ディオールのピアスが揺れた。

「色々考えたんだけど、今はまだこの会社で頑張ろうかなと思っているの」

“あの頃のこと”が否応なしに頭をよぎり、少し胸がざわつく。私はノンアルコールカクテルに口をつけて、そっと目を伏せた。



彼氏がいないだけで、かわいそうな女だと思われる…


2020年2月28日

「ちょっと、卓也飲みすぎだって」

その月の締め日は、部署ごとに飲み会をやるのが会社の恒例行事だった。私はチームのリーダーを任されているため、どんなに面倒でも毎回必ず出席しなくてはならない。

私は酔いつぶれている同期の卓也をたしなめつつ、銘柄のわからないグラスの赤ワインをちびちびと飲んでいた。

― 早く帰って、取り寄せたペールエールを飲みたいなぁ。おつまみは、この前カルディで買ったスモークオイルサーディンにしよう……。

「そういえば梨香子さん、最近は彼氏さんと会えてます?」

不意に、後輩から飛んできた質問にハッとする。私は少し戸惑いながらも、いつも通り「最近忙しかったけど、先週末も会ったよ」なんて適当な返答をしようとしていた、その時……。

「おい。お前、彼氏なんていないだろ。みんなとっくに気づいてるんだよ」


同期の男性から投げかけられた言葉に、梨香子が取った行動とは…

卓也の言葉に、一瞬にして場の空気が凍った。私も突然のことに何も言い返せず、あ然としてしまう。

「ちょ、ちょっと、卓也なに言ってんの!」

卓也と同じチームの女性が、彼の肩を小突いた。流石にこの発言はまずいと思ったのか、みんなが慌てふためいている。

私は呆然としたまま、まるで他人事のようにその光景を眺めていた。

「いやいや、お前も言ってたじゃん。誰も彼氏の顔写真さえ見たことないから怪しいって。ていうか、後輩もほぼ全員わかってるよ。みんなに気ぃ使わせてさ、恥ずかしくないの?」

全身の血の気が引いていくのを感じた。すぐに何か言わなければ、彼の言葉がどんどん真実味を帯びてしまうと頭では分かっているものの、返す言葉が見つからない。

「まあ、そんなかわいそうな梨香子には、今度俺の友達とか紹介してやるからさ!彼氏いないことはあんまり気にしすぎないほうがいいぜ」

今度は、カッと頭に血が上る。私が何か言おうと口を開いた瞬間、後輩の男性が卓也からジョッキを取り上げた。

「もう、卓也さん飲みすぎですって!」

彼が“笑い”に持っていってくれたおかげで、緊張状態だった場が一気に和む。

話はそこで終わり、二度と蒸し返されることはなかった。しかし、その後も私の心は全く落ち着かず、頭の中で卓也の言葉を反芻していた。



翌日の土曜日。

早朝に卓也から「酔っぱらってて何も覚えてないけど、失礼なこと言ったみたいでゴメンね!」という雑な謝罪がきた。

周りにいた同期からは「気にしなくていいよ」「そんなこと誰も思ってないよ」「卓也は昇進の早い梨香子のこと妬んでるんだよ」等と連絡をもらった。

でも……。

― 私“かわいそうな女”って思われていたんだ…。

良い大学を出て、好きな仕事で結果を残し、憧れていた生活を手に入れた。それで私自身は十分満足しているのに、32歳で恋人がいないというだけで不完全な存在とみなされてしまう。

「もう、何もかも嫌だ…」

思わず漏れた言葉は、打ち放しコンクリートの壁に吸い込まれていった。



「来週から全社的にリモートワークとなります。VPNへの接続は後ほどメールにて連絡があると思うので、必ずチェックしておいてください」

2020年3月13日

それは、今の会社を退職し、本気で起業しようと考えていた矢先の出来事だった。

以前から興味はあったものの、先の事件をきっかけに気持ちが大きく独立へ傾いていた。経営を成功させている友人にも相談し、準備を始めようとしていたところだったのだが…。

「今泉さん、リモートワークは勝手が違うから色々大変だと思うけど、チームのことをよろしくね」

「は、はい…」

役員の言葉に、空返事をする。

リーダーシップが必要とされるこの状況下で、私が抜けることなんて絶対に不可能だろう。独立が遠のいたことに、私はがっくりと肩を落とした。

しかし、リモートワークが始まってから環境は一変。会社での煩わしい人間関係や無意味な飲み会が一掃され、私は今まで以上に仕事に精を出すことができた。

そして、人と会うことが禁じられるという未曽有の状況下。

“恋人がいなければいけない”というプレッシャーからも解放され、身も心も本当の意味で自由になれた気がした。

そして、2021年9月。

『今泉さんチーム、14ヶ月連続の目標達成おめでとうございます』

月末の数字締め会。現在はZoomで行われており、拍手をする社員たちが画面いっぱいに映し出される。その中には、面白くなさそうな表情をした卓也の顔もあった。

私はそんな彼を一瞥し、心の中で笑ってやる。

「ありがとうございます。これからも業績に微力ながら貢献できるよう、精一杯頑張ります」

その言葉に嘘はない。起業への想いを完全に捨てたわけではないが、この環境なら、自分の力を試すことができそうだと思っている。

仕事が終わり、PCを閉じる。ディナーは、高級鮨店でテイクアウトした握り寿司に、自家製のぬか床で漬けたきゅうりと大根。せっかくだから、先日取り寄せた新潟県産の大吟醸も開けてしまおう。

― 私は、これでいい。

アレクサから流れる大好きな洋楽を聴きながら、眼下に望む東京の夜景を眺める。明日のスケジュールを頭に浮かべながら、「毎日忙しいなぁ」と私は満足げに微笑んだ。



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高望みする女が登場!